虚しい昇進

駒井 ウヤマ

虚しい昇進

「これも・・・おめがねに適ったってことで、いいのかね」

 辞令の証書を弄びながら、オットー・デアシュナイダー元中佐は独り言ちた。

「それでいいんじゃないですか。栄転ですよ、栄転」

 対して、彼の元副官であり良き相談相手と化したニコル・ウェルナー元中尉は興味なさげな顔で嘯いた。

「はあ・・・・・・。気楽に言ってくれる」

「それに、こんな状況の軍人に職を与えてくれるのに、文句なんて言ったら罰が当たりますよ」

「そうかねえ・・・」

 ふと、ガラス張りの廊下から外を見渡せば、そこには武装という武装を取り外された彼らの乗艦、陸上巡行艦シュトッツガルドがその無残な姿を晒している。それがなんとも虚しくて、再び大きな溜息が喉を吐いて出る。

「しっかし・・・まさか俺が、軍務次官とはなあ」

 彼に与えられた辞令には、予備役編入後、軍務次官として中央官庁へと勤めることが明示されていた。初めは何かの間違いだと思ったオットーだったが、直にもう1通届いた退職年金についての書状で、その真を受け止めざるを得なかった。

「お嫌ですか、艦長?」

「元、な。それと、嫌に決まっているだろう!俺はこの年まで現場1本でやってきた男だぞ。それが政治屋の集う伏魔殿になんて・・・向いてると思うか?」

「向いてないからじゃないですか」

「なに?」

「だから、向いていないからじゃないですか、って。下手に政治畑の人間を据えて痛くも無い腹を探られるよりは、いかにも現場叩き上げの元軍人を据えておいて・・・」

「・・・腹芸なんて出来ん、とアピールか。成程」

 なにせ、帝国は色々あったとは言え敗戦国だ。終戦条約ではそれなり以上にキツイ扱いを受けており、彼らの乗艦があんな目に遭っているのも、その一環だ。

「そういや、少尉はどうなるんだ、これから?」

「私?私はこれから艦長代行としてシュトッツガルドを英国まで引き渡して、そこで除隊ですね。艦長と違って、そこから先は真っ暗ですよ」

「そうか。故郷にでも帰るのか?」

「残念ながら、私の故郷は終戦条約でガリア大公国への割譲が決まってまして」

 尚、領土割譲以外の終戦条約の内容としては、巡行艦の全廃艦を含む大幅な軍縮と、締結日より10年間の新造艦の建造禁止である。

「かと言って、今更他国の国旗を仰ぐ気にはならないので・・・思案中ですよ、目下のところ」

 やれやれ、とそこまで困った風でも無い顔で、肩を竦めた。

 最悪、レオポルトの所にでも転がり込むかと考えていたニコルに、オットーは「では・・・」と切り出す。

「何も決まってない・・・と、言うことだな」

「ええ。そう言いましたよね」

「ああ。だったらなあ、少尉・・・・・・・・・俺の下で働かんか?」

 はあ?とこちらを見上げるニコルの顔を、オットーは真剣な顔で見下ろした。

「どういうことです!?」

「どうもこうもない。事務次官は副官・・・と言うより秘書か。まあ、傍仕えが雇えるようでな、ある程度は国から給金も出るらしい」

「しかし、なんでまた?」

 自分?とニコルは困惑顔で自身を指さす。

「深い考えは無い。ただ、一から人間関係を作るのは面倒だからな。既知の人間の方が、楽でいい」

「そんな、また無茶苦茶な・・・」

「それに、自分の部下が路頭に迷うのを見捨ててはおけん。東洋の諺にあるそうだ、『義を見てせざるは勇無きなり』とな」

「はあ・・・」

「で、どうだ?」

 こんな所でする決断では無いとは、思う。だが、今を逃せば次が無いというのも、ニコルには痛いほど分かる。

 数分、数十分、たっぷりと考えて、考え抜いて、その結果。

「・・・・・・私も、艦長のおめがねに適った、と考えて良いんですかね」

 そう、ニヒルに笑ってニコルは右手を差し出した。

「ああ、勿論だとも」

 そして、その手をオットーはガッシリと握り返したのであった。



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