【始動編】社員の心身管理も大事な業務【第九話】

 ダンジョンに入ってすぐのフロアでわたしたちを待ち受けていたのは、既にこちらを警戒しながら木の棍棒を構える少し大きめのモンティ。

 まだ攻撃動作には入ってないけれど、全員すぐさま距離をとって隊列を整えた。

 

「チーム・アローズ1のパトリシアから社長へ。最初のトライアルエネミーはウッドモンティ4体! 既に臨戦態勢!」

『いきなりか……! わかった、『戦闘を許可』する! 油断しないように、着実にね』

「了解! メサ、お願い!」

「任せて」


 相手の隊列は前衛と後衛にそれぞれ2体。ウッドモンティも通常のモンティと同じく『ナイト』に似た役割を持つエネミー。

 メサが飛ばした2本のダガーによる『悪効の投擲』は前衛2体を狙うも、片方は見事に直撃して相手を麻痺させたけど、もう片方は手にした棍棒に阻まれた。


「前衛はパトリシア先輩に任せるであります!」

「モ……モンティなら魔法の通りも悪くないはずですっ……!」


 続いてティナの『射撃』とリドの『炎の矢』による後衛1体への集中攻撃。さすがにこれには耐えきれなかったのか、この後衛ウッドモンティは一方的にやられた。

 これに憤慨したように、麻痺して動けない前衛を除いた計2体がわたしに殺到するけど、わたしは冷静にこれを小盾で受けきる。随分と動きののろいウッドモンティだな、なんて思う。

 とはいえ……さすがにあんな大きな棍棒を振るわれたら、盾で受けても腕がしびれるなぁ。早めに済ませるためにも、やや後退の遅れた前衛に対してわたしは躊躇なく『剣戟』を打ち込んだ。


「これで半分……ッ!」

「すぐに下がってパティ! 『治癒』するわ!」


 ここのところ、依頼として以前よりも効率よく討伐依頼などをこなしていた影響かもしれない。明らかに、入社前よりもいいペースで熟練度が上達しているのを実感する。

 モンティ5体に手間をかけていた頃と比べて、今はその上位種のウッドモンティを一撃で倒せた。敵の体を剣がすんなりと通っていく感触は、少し恐ろしささえ感じるくらいだ。


「もう一度……!」


 今度はダガー1本による『悪効の投擲』が、ウッドモンティの肩へ深々と刺さった。けれど明らかに『麻痺』ではなく、顔から血の色が薄れている。あれは『毒』だね。

 あの状態異常は相手が攻撃を行うたびに効果が身体をめぐり、だいたい10回ほど動いた頃にはこちらが何もしなくても死んじゃうって学校で習ったっけ。でも……さすがにそんな趣味の悪いことをするつもりはないよ。わたしも……みんなもね。


「少しでも早く、楽に逝け!」

「可哀想だけど……せめてっ!」


 ティナとリドの集中攻撃が、前衛に集中。毒のせいでろくに守りの姿勢すらとれてなかったウッドモンティはこれに直撃しダウン。

 残ったのは……後衛ウッドモンティ1体。きっと自暴自棄だということは本人もわかっていながら、それでも戦いの意思を消さないガッツは認めるよ。

 でも……だからこそこっちも全力の『剣戟』で返させてもらう。


「でりゃぁぁぁっ!」

 

 ウッドモンティ4体の討伐は、問題なく完了した。

 




192:名無しなんだ信じてくれ

あーハラハラする……まだかなイッチ


193:名無しなんだ信じてくれ

あれからだいたい1時間半くらいか

こちらとは時間の流れが不規則に違うとはいえ、だいたいこっちの時間に対してあっちの世界では多くの時間が流れてるからな

向こうではどんなに短くとも1時間半以上かかってるはずだ


194:名無しなんだ信じてくれ

これが単なるゲームや妄想ならまだしも、俺らも人命の関わる作戦会議に乗っちゃった立場だからなぁ


195:名無しなんだ信じてくれ

無事に帰ってきてればいいが……


196:異世界社長

すまんみんな、ちょっとした事情でなかなか来られなかった

あと安心してほしい、ちゃんと5人とも無事に帰ってきたよ


197:名無しなんだ信じてくれ

おっ!


198:名無しなんだ信じてくれ

おかえりイッチ!


199:名無しなんだ信じてくれ

なかなか来られなかったってことは、そっちではかなり時間が経ってるのか?


200:名無しなんだ信じてくれ

上のレス見ればわかると思うけどこっちじゃ一時間半しか経ってないんだ、気にすんな


201:異世界社長

あ、そう? よかった。うっかり3か月くらい放置してたから心配だったんだよね


202:名無しなんだ信じてくれ

待てや


203:名無しなんだ信じてくれ

もっと早よ来んかバカタレ


204:名無しなんだ信じてくれ

あんだけスレ民巻き込んで作戦会議して安否報告もなしに3か月も放置してんじゃねーよバカ!!!!


205:名無しなんだ信じてくれ

こいつさては時空の歪みも込みで報告タイミング測ってたな?


206:名無しなんだ信じてくれ

自分の世界の数日数週間がこっちじゃ数分ってわかって報告後回しにしたってこと?

白装束に着替えろオラァ!


207:異世界社長

え、ごめん俺そういう趣味はちょっと……


208:名無しなんだ信じてくれ

白無垢じゃねーよバカ!!


209:名無しなんだ信じてくれ

こいつホンマ……!!


210:異世界社長

ごめんて。そういえば頑張ってもらったのに報酬もなく申し訳なかったとも思ってるんだ

ということでどうぞ

【大量のカレーが入った寸胴鍋を高々と掲げるパトリシアの画像】

【イングリットが抱いている子猫を撫でるパトリシアとマメサクラコの画像】

【プロジェクターで映画を見て号泣するアルベルティーナにハンカチを貸すヴィルヘルミナの画像】

【イングリットの誕生日パーティを行う社員たちの画像】

 

211:名無しなんだ信じてくれ

うおおおおおおお唐突な過剰供給ありがとうございますううううう!


212:名無しなんだ信じてくれ

よせ! 可愛いの過剰摂取は命にかk


213:名無しなんだ信じてくれ

心肺停止確認!


214:名無しなんだ信じてくれ

カワイイ・オーバードーズこわ……


215:名無しなんだ信じてくれ

バカなやつらめ……この程度のガフッ可愛いで満足とは……

だが俺は騙されんぞ! そっちで三か月も経って未だに社員5人なわけないだろう!


216:名無しなんだ信じてくれ

>>215

ハッ!


217:名無しなんだ信じてくれ

>>215

た、確かに……!!


218:名無しなんだ信じてくれ

>>215

そこに気付くとは……


219:名無しなんだ信じてくれ

>>215

天才じゃったか


220:異世界社長

どうやら勘のいいガキがいるようだな……

その通り、このたび我がプリサイスアローズは社員たちの頑張りもあり2名の事務員と3名の実働員、計5名の社員を迎えることになったのだ!!

おかげさまでダンジョン攻略の傍ら一般業務も進み……たぶん予定よりほんの少し早く会社を今よりちょっと大きいところに移転できる見通しだ!

あ、こちら新社員たちです。メンズは事務員の方々だよ

【煌びやかな衣装を着た青髪の少女と大きな段ボールを抱えた無表情の狼男が並んでいる画像】

【大きな水色のライトアイを光らせる機核種のメイドとそれを見て爆笑する鱗肌の女性の画像】

【タバコを咥えながら事務作業をする髭面の男性の背中にイングリットの子猫を乗せようとするマメサクラコの画像】

  

221:名無しなんだ信じてくれ

ついに男性職員も入ったか……


222:名無しなんだ信じてくれ

まぁそりゃそう


223:名無しなんだ信じてくれ

向こうの男ってこっちと比べて事務が得意だったりすんのかな?

フィジカルじゃ女に勝てないし……


224:名無しなんだ信じてくれ

言うてこっちの世界にも事務作業ができない女性社員なんて腐るほど居るしな……人によるんじゃね?


225:名無しなんだ信じてくれ

とはいえこっちと違って力の差が別種族レベルだからな

パティちゃんは男が奴隷だった時期は無いって言ってたけど、力の差は立場の差になりかねんぞ?


226:名無しなんだ信じてくれ

確かエルフは他の種族に比べてもパートナーというか男性をちゃんと大事にしてるんだっけか

なんか理由とかあんのかな?


227:異世界社長

あ、他種族のあれやこれやはこの3か月でけっこうみんなに聞いたぞ

女性エルフが男性エルフに対して敬意を失わない理由は、男性エルフしか子供を育てられないからだそうだ


228:名無しなんだ信じてくれ

子供を育てられない? なんで?


229:名無しなんだ信じてくれ

普通に夫婦で仲良く子育てすればええやん


230:名無しなんだ信じてくれ

女エルフはあんまり子育てがうまくないとか?


231:異世界社長

いや、どうやらそういうわけじゃなさそうなんだこれが

そもそもエルフの繁殖方法がけっこう特殊で、女性エルフは番を作ると定期的におへそから『種』が出るんだそうな

この『種』に男性エルフの魔力を注いで地面に植えると数日後には芽が生えてきて少しずつ大きくなり、最終的にだいたい10歳くらいの子供の見た目になるらしい


232:名無しなんだ信じてくれ

想像してたよりだいぶ神秘的なやつだこれ!!!!


233:名無しなんだ信じてくれ

え、でもここまでならせいぜい男が必要なの最初の魔力注いでるとこだけじゃない?

ぶっちゃけ奴隷として魔力を強制的に注がせればよくない?


234:異世界社長

と、思うじゃん? だがエルフの神秘はここからなんだ

大地に植えた種がエルフになるとは言ったが、実はこの種がそこまで成長するには男性エルフが100日間ほぼ半日以上ずっと魔力を注がなければならない

そして、なおかつエルフは他の種族と比較しても身体的にあまり丈夫ではない。まして男性エルフなんてそれこそそっちの世界のニートくらい貧弱だ


235:名無しなんだ信じてくれ

急に刺してきやがった


236:名無しなんだ信じてくれ

誰が虚弱ニートじゃい!!


237:名無しなんだ信じてくれ

俺は……エルフだった……?


238:名無しなんだ信じてくれ

鏡みろ


239:名無しなんだ信じてくれ

違ったわ


240:名無しなんだ信じてくれ

>>236-238

一連の流れが早すぎて笑う


241:異世界社長

じゃあそんな男性エルフが100日間ずっと半日魔力を注ぐ作業をしてたらどうなるのかミナに聞いたんだが

「そもそも無理やり注がれたストレスまみれの魔力なんかじゃ一年かけてもエルフの形になりませんよ」とのこと

つまり100日間で芽がエルフになるためにはストレスの無い、いわゆる「純愛の魔力」が前提なんだそうだ

だから女性エルフは男性エルフを絶対に虐げないし、いつまでも仲睦まじいんだそうだ


242:名無しなんだ信じてくれ

愛の有無が種族の存亡にかかわるんか……


243:名無しなんだ信じてくれ

純愛の魔力とかいうピースフルなワード初めて聞いた


244:名無しなんだ信じてくれ

望まれて生まれてくる子しかいないのはいいことだ


245:名無しなんだ信じてくれ

そりゃピースなんて苗字の子がいるわけだ


246:異世界社長

あとメサに聞いたところによれば魔族もけっこう純愛派らしいぞ。こっちは種の存亡とかじゃなく嗜好の話だが

 

247:名無しなんだ信じてくれ

そうなの!!!?


248:名無しなんだ信じてくれ

具体的なエピソードを寄越せ


249:名無しなんだ信じてくれ

それも1つや2つではない……全部だ!


250:名無しなんだ信じてくれ

純愛派魔族とかいう二次元にしかない存在


251:名無しなんだ信じてくれ

まず魔族が二次元なんだわ


252:異世界社長

いや、これは割とそんなに深い話とかではないんだが、どうやら魔族は男女関係なく精神的な美しさを重視するそうな

悪や恐怖に屈することなく、他者を慈しみ、他者のために傷付く覚悟があり、己の信念を全うしようとする誇り高い精神が理想なんだそうだ

無論、これに合致する者は人間以外にもいるし、逆に言えば人間にもこれに反した奴はいるだろう。だが他種族に比べ圧倒的に、人間は「こう」らしい

 

253:名無しなんだ信じてくれ

なんかめちゃくちゃ人間の精神性のハードル上がってんねぇ!


254:名無しなんだ信じてくれ

ハハーン、魔族さては空想特撮シリーズの人間みて義務教育を終えたな?


255:名無しなんだ信じてくれ

特撮ヒーローの主人公レベルの精神性なんよそれは


256:名無しなんだ信じてくれ

でも実際そんな人間おらんやろ……


257:異世界社長

俺もそんな人間おらんやろ……と思ったんだが、メサに

「じゃあ社長、もし見ず知らずの誰かが金欠と空腹で道端に倒れてたらどうする?」

って言われて、パティとミナが一気にこっち向いたから

「お菓子くらい分けてあげるかもしれないな」って返したら「それ人間しかしないよ」って言われた


258:名無しなんだ信じてくれ

えっ


259:名無しなんだ信じてくれ

えっ


260:名無しなんだ信じてくれ

いや、お菓子もってるならお菓子くらいやるだろ

乞食とかならまだしも普通に身なりもしっかりしてるなら俺でもやるぞ


261:名無しなんだ信じてくれ

まぁ可愛い女の子なら躊躇いなくやるが、別に齢いったオッサンでもお菓子くらい別になぁ


262:名無しなんだ信じてくれ

それがバレンタインチョコとかなら別だが


263:名無しなんだ信じてくれ

それならそもそも俺らの手元にあるわけないだろ


264:名無しなんだ信じてくれ

うむ


265:名無しなんだ信じてくれ

然り


266:名無しなんだ信じてくれ

それはそう


267:名無しなんだ信じてくれ

言ってて悲しくない?


268:名無しなんだ信じてくれ

よそうスレ民、誰も幸せにならない


269:異世界社長

どうやら魔族に限らず、他の種族たちは敗者や弱者に対して憐れみや敬意を抱くことはあっても手を差し伸べることはないんだそうな

なぜならこの世界は他種族が共存するまでに様々な戦争や苦境がそれぞれの国と種族間を無差別に襲い、誰もが疑心暗鬼だった時代があったからだ

だから今でも"生きる者"ということはそれだけで強者・勝者であり、どんな過程や理由があっても"死にゆく者"こそが弱者・敗者なんだと


270:名無しなんだ信じてくれ

ヒェッ、弱肉強食……


271:名無しなんだ信じてくれ

弱者や敗者が死にゆく過程や理由によって憐れみや敬意を抱くことはあれど、それを救うだけの理由がないってこと?


272:名無しなんだ信じてくれ

非情とも思うが、歴史が人の倫理や道徳を変えるには時間が必要だからな……


273:異世界社長

メサの談によれば「人間は全種族の中で最も早く精神的な進化を遂げた存在」とのこと

つまり弱者や敗者による死に際の報復を恐れず、自らがそうなるかもしれないという恐怖に屈することなく他者を慈み、それに傷付けられても構わないという覚悟がある

そしてそんな自分の信念が相手を助ける結果に繋がるのなら、その過程で多少の損失や後悔はあったとしても自分の心に満足できる

それが魔族の言う理想……即ち「心ある者として当たり前のことを当たり前のようにできる精神」らしい

 

274:名無しなんだ信じてくれ

確かに、まぁ色々仰々しい表現が並んではいたが、人として当たり前のことができる奴はだいたいさっきの条件ぜんぶ満たせそうだな


275:名無しなんだ信じてくれ

正直、恐怖や悪なんてものは大小構わずそこらへんにいくらでも転がってるしな


276:名無しなんだ信じてくれ

人間なんて最たる例だぞ。誰も相手の心の中なんて見えないんだから、行ってしまえば人の数だけ悪と恐怖がある。それが実際どんなにいい人でもな


277:名無しなんだ信じてくれ

慈しむってのも、まぁ言ってしまえば相手を思いやる気持ちだからな。それで相手がどう思うかなんて知ったこっちゃない

ただなんとなく相手が不快にならないだろうなって言葉をかけられるんなら挨拶ひとつだって慈しみだ


278:名無しなんだ信じてくれ

傷付けられても構わない覚悟っていうのは少し難しそうだが……


279:名無しなんだ信じてくれ

痛いのは誰だって嫌だもんなぁ


280:名無しなんだ信じてくれ

でも柵の向こうで怪我した犬とかいたら柵で腕引っ掛けて傷できるかもって思っても犬助けちゃわない?


281:名無しなんだ信じてくれ

あー、なるほどね?


282:名無しなんだ信じてくれ

それは助けたくなるなぁ

まぁ狂犬病とかはさすがに怖いけど


283:名無しなんだ信じてくれ

そう考えるとイングリットちゃんが猫拾ったのって魔族が聞いたらスタンディングオベーションするレベルの大興奮イベントでは?


284:異世界社長

メサが知らなくてよかった話ができてしまったな……

あの子、デモニア帝国出身で両親どっちも人間大好き魔族で魔族しかいない学校を卒業したガチガチの純魔族だから


285:名無しなんだ信じてくれ

そんなんもうイングリットちゃんにベタ惚れになっちゃうじゃん……


286:名無しなんだ信じてくれ

そもそも普通なら怒られるし立場も悪くなるし最悪クビになるかもってわかった上で捨て猫を放っておけなかった子だぞ

大丈夫? メサちゃんこれ聞いて意識保てそう?

 

287:異世界社長

無理じゃねぇかなと思うので今しがたイングリットに事情を説明してメサには黙っておくように言った

言ったんだが、その話を聞いてたらしいアリがメサを連れてどっか行ったからもう手遅れかもしれん


288:名無しなんだ信じてくれ

oh....


289:名無しなんだ信じてくれ

これもうイングリットちゃん明日から出勤できなくなるのでは?


290:名無しなんだ信じてくれ

やだよ翌日からリドちゃんにだけ態度がやたら柔らかいメサちゃんとか解釈違いだよ


291:名無しなんだ信じてくれ

でも好きになった相手にだけダダ甘な魔族って可愛くない?


292:名無しなんだ信じてくれ

私の解釈には合っていますね


293:名無しなんだ信じてくれ

リドちゃん今絶対に滝みたいな汗流してオロオロしてるでしょ


294:名無しなんだ信じてくれ

容易に想像がつく


295:名無しなんだ信じてくれ

ところでその「アリ」って誰のことだ。たぶんだけど虫じゃなくて人名だよな?

 

296:名無しなんだ信じてくれ

そういえばそうだ。虫のアリがあんなデカい子を連れていけるわけがない 


297:異世界社長

あ、ごめん俺もアリの紹介はしたいんだけど今ちょっと事務の方でトラブったみたいだ。また後で来るよ


298:名無しなんだ信じてくれ

あいよー


299:名無しなんだ信じてくれ

事務の方もけっこう大変そうだな


300:名無しなんだ信じてくれ

まぁ最初がアレだったとはいえ今でもまだ少人数だしなぁ





「社長ぉぉぉ! これ絶対どっか収支記録ミスってますってぇ! 何べんやっても実際の金額と計算が合わないッスもん!」

「そんなことは無いはずなんだけど……」


 こういうのは大概、計算ミスというよりは入力する数値にミスがあるか、入力自体にミスがあるかの二択だ。

 前者の場合、後払いの収入を入れてなかったみたいなことがよくあるんだけど、少なくとも私が把握している限り、今月の後払い収入はきちんと計算に入っている。

 軽薄そうな見た目に反して、事務……特に計算に強いフレッドがこういった入力作業でミスをするとは思えない。となると、気になるのは……。


「あっ」

「え、俺なんかミスしました?」

「いや、ここの金額そもそも桁ひとつ足りないんじゃないかな。これの領収書ある?」

「確認します!」


 結果から言うと、領収書の金額は合っているが、資料シートに入力する際にミスがあったらしい。

 工程の手順が増えればミスの確率も増す。データの電子化が進んでも、そこに入力するのは人の手によるものだ。こういうことは少ないほどいいが、ゼロにはならないだろう。

 とはいえ、この入力作業を担当したのは誰だろうか。うちは基本的に事務仕事は私と事務員で、現場は実働社員たちに任せている。

 しかし実働社員たちも事務を一切しないわけではなく、現場で受け取る報酬と領収書のやりとりはその場に居る者が済ませており、基本的にはその領収書をフレッドに渡して資料データに入れてもらうわけだが、私も事務員も席を外していたりすると彼女たちは自主的にその領収書の金額を資料データに入力してくれていて、今回のようなトラブルが起きた時に「誰が資料化したのか」が少し追いづらくなってしまう。これは彼女らの善意に甘えすぎていた私の油断が引き起こした問題とすべきだろう。

 とはいえ、領収書の内容と資料データの金額にズレがあったというのは見過ごせない。フレッドはその領収書を資料化したのは自分ではないということだったので、自然と原因となる社員は実働社員ということになる。なぜなら、もう一人の事務員は経理系には手を出していないからだ。


「日付と取引相手がわかってれば、あとはスケジュールを確認すれば自ずと……あれ?」


 領収証の日付と取引相手を確認した私は、先月のスケジュールシートに書かれた担当社員の名前を見つけた。


 ――パトリシア・カレン。


 珍しい、と思った。

 パティは明るく快活で、ともすれば少し粗雑にも見られることもあると本人は言うけれど、彼女の細やかな気遣いはコミュニケーションという点に留まらず、業務上においても大きなミスをほとんど起こしたことがないほどだ。今回だって、私は社長として全ての社員に対しフラットな視線を持たなければならないとわかっていながら、このスケジュール表を見るまで「パティは大丈夫だろう」と自然に選択肢から外しかけていたほどだ。

 単なるミス、で済めばいい話ではあるが、ここのところ会社の移転も視野に入り仕事も増え、実働員・事務員ともに人員増加などなど、環境の変化が著しい。

 パティがこういう状況に繊細だという可能性も考慮すべきだったかもしれない。もしそうなら、私の配慮が足りていなかったと言わざるを得ないだろう。

 まして、社員はみな平等に私の大切な仲間であり財産だと思う中で、立ち上げメンバーであるパティとミナに対してはどうしてもひとつふたつ頼りすぎてしまうきらいがある。これは自覚しつつ改めようとも思っていながら、未だになかなか改めきれない私の悪癖と言えるかもしれない。

 ともあれ、一度パティと面談をして、彼女の心身のコンディションを確かめる必要があるだろう。





415:異世界社長

だれかわたしのくびをおとしてくれ


416:名無しなんだ信じてくれ

いきなりどうした


417:名無しなんだ信じてくれ

急に来て急にヘラるな


418:名無しなんだ信じてくれ

どしたん、話きこか?


419:名無しなんだ信じてくれ

さっき言ってた事務トラブルでなんかマズいやらかししたとか?


420:異世界社長

いや、まぁその事務トラブルから発覚した問題といえばそうなんだが……早急に女性スタッフを採用する必要ができた

というか今まで対応してくれてたミナに感謝しかない。来月からきちんと別途給料にプラスしようと思う

 

421:名無しなんだ信じてくれ

どういうこと?


422:名無しなんだ信じてくれ

あっ……


423:名無しなんだ信じてくれ

あー……


424:名無しなんだ信じてくれ

もうちょい具体的に言ってくれ。流れがわからん


425:名無しなんだ信じてくれ

いやなんか一部もうわかってそうなヤツらいるな?


426:名無しなんだ信じてくれ

俺もわからん。わかるヤツは説明してくれ


427:名無しなんだ信じてくれ

いや、これはちょっと……


428:名無しなんだ信じてくれ

しかもこれ発覚したってことは誰かしらがイッチにこの状況を説明したってことでしょ、イッチ腹切りな?


429:名無しなんだ信じてくれ

確かに、言われなきゃ気付けるわけないからな。介錯は任せろ


430:名無しなんだ信じてくれ

なになに、めっちゃ物騒な流れになってんじゃん


431:名無しなんだ信じてくれ

いや、でもこれはイッチが悪いよ……


432:名無しなんだ信じてくれ

うむ、配慮とな……思慮がな……


433:名無しなんだ信じてくれ

そもそも女所帯なんだから女性スタッフを早々に入れないとこういうトラブルになるのも致し方ないというもの


434:名無しなんだ信じてくれ

マジでわからんからそろそろイッチちゃんと説明してくれ


435:異世界社長

そうだな……。一応この相手が誰かは伏せるが、さっきの事務トラブルの原因が生理中(重め)の社員で、頭痛とイライラによる不注意で入力ミスしてたっぽいんだ

今まではミナが女子寮で朝晩ちょっとしたメディカルチェックと簡単な会話でのストレス対応をしてくれてたみたいなんだけど、その時はたまたまミナが早番の日で朝どっちもできなかったらしい


436:名無しなんだ信じてくれ

それはお前……お前……


437:名無しなんだ信じてくれ

最近の企業だと女性専用の相談室みたいなところを作るところも少なくないし、ましてやイッチのところは傭兵業もやる便利屋だろ?

今回のことは起こるべくして起きたトラブルだと思うぞ


438:名無しなんだ信じてくれ

俺もこれはイッチが悪いと思うな。女所帯の会社ならなおさら女性の医務スタッフは最初期に採用すべきだったと思う


439:名無しなんだ信じてくれ

ミナちゃんもメディカルチェックとか簡単なカウンセリングみたいなことはしてくれてたみたいだけど、本職じゃないだろうし

むしろミナちゃんが潰れる前に発覚してよかったまであるよ


440:異世界社長

そうだな、今回ばかりは反論の余地もなくみんなの言う通りだ

とはいえ、この相談をしてくれた子に匿名前提とはいえ許可をもらってこの話をしたのはみんなに相談があるんだ


441:名無しなんだ信じてくれ

むしろ相談でもないのにこんなセンシティブな内容を暴露してたらいよいよ丑の刻参ってたわ


442:名無しなんだ信じてくれ

その子もお前のことを本気で信用してくれてるから相談したってこと忘れんなよ


443:異世界社長

今回のことも含め、弊社では女性の医務スタッフを2名採用することが決定した。一人は会社、一人は女子寮で勤務してもらうことになる

だが意外にもこの募集に応じてくれた応募者が多くてな。医療に明るくない俺では採用基準すら少し怪しいところがある

なのでみんなにも知恵・知識を貸してもらいたい


444:名無しなんだ信じてくれ

そういうことなら任せろ


445:名無しなんだ信じてくれ

俺は専門じゃないが、姉が看護師をしてるから間に入って聞いてみる


446:名無しなんだ信じてくれ

医療事務をしていた経験がある、少しは力になれるだろう


447:名無しなんだ信じてくれ

現役小児科医だ。10代特有のメンタルの乱れについても心得がある


448:名無しなんだ信じてくれ

いきなり有識者が湧いてきたな……


449:名無しなんだ信じてくれ

しかもけっこうなガチ勢だこれ!


450:異世界社長

助かる! 俺だけじゃ履歴書とどんなに睨めっこしてもうまくいかなかったんだ

こちらの有名な医療大学や専門学校についてのリスト化はしてある

指標になるかはわからないが、一応張っておこう

【有名な医療系学校のリスト画像】


451:名無しなんだ信じてくれ

ふむ、想像してたとはいえやっぱり聞いたことのない学校ばっかだな


452:名無しなんだ信じてくれ

ひとまず、医師というより医務スタッフとしての採用基準で言わせてもらうぞ

履歴書でわかる範囲なら、まずは過去勤務していた病院・クリニックなどの洗い出しからだ

特に若い女性の多い環境ならメンタルクリニック、産婦人科、小児科などの経験がある人はしっかりな


453:名無しなんだ信じてくれ

病院っていうのは意外と横のつながりが強い。ネットで評判を確かめるのもいいが、社員の中に医療関係の知り合いがいるなら教えてもらうのもありだぞ

場合によっては興信所を使ってみるのもありだ。もちろん面接次第なところもあるが

 

454:名無しなんだ信じてくれ

正直、こういう専門分野のスタッフを入れるなら面接が一番手っ取り早いっていうのはマジ


455:名無しなんだ信じてくれ

いっそ面接の時とかのリストを作った方が早いかもしれんな


456:異世界社長

ありがとう。じゃあまず履歴書からは前の職場の洗い出し、新規は……まぁ面接次第か?


457:名無しなんだ信じてくれ

あ、浪人してるやつとかは年数ちゃんと調べておけ

浪人してでも大学入ってしっかり卒業したやつなら、多少は出来が悪くてもしっかり学ぶ根性があって結果も出したってことだ

決して根性論じゃないぞ、でもメンタルケアってのは根性がないとしんどくて聞く側もやられちまうんだ、だからそういうのは見逃すな


458:名無しなんだ信じてくれ

確かに、ストレートで入学した方が優秀そうなイメージあるけど、言われてみれば浪人してでもしっかり大学いって卒業できたんならその根性は本物だよな


459:名無しなんだ信じてくれ

カウンセラーが患者の話を聞いて病んじゃうってのもたまに聞くな


460:名無しなんだ信じてくれ

俺の友達がカウンセリングに掛かってるけど、その先生曰く「カウンセラーは最終的に自分自身をカウンセリングして続けてるんだよ」って言ってたらしい。ホントかどうか知らんけど


461:名無しなんだ信じてくれ

自分で自分を外科手術する凄腕違法外科医かよ


462:名無しなんだ信じてくれ

>>461

喩えが秀逸すぎる


463:名無しなんだ信じてくれ

>>461

すげーわかりやすい


464:異世界社長

OK、そっちについても調べておく

じゃあせっかくだし面接の時のことも聞いておいていい?


465:名無しなんだ信じてくれ

面接なら聞くことは山ほどあるな……


466:名無しなんだ信じてくれ

最低でも日常的な怪我・病気を把握・対処できなきゃ話にならんからなぁ

いくつか具体例を出して対処法を聞いてみるのは必須だろうな


467:名無しなんだ信じてくれ

あとは対話、コミュニケーション技能も必須だ

どんなに優秀だろうが患者に圧かけて必要な情報を得られず対処を間違うなんて本末転倒も甚だしいからな


468:名無しなんだ信じてくれ

採用人数は2人ってことだったが、それなら情報共有・チーム連携についても確認しておけ

まぁこういうのはイッチの得意分野だと思うから、いざとなれば入社してから叩き込むこともできると思うが


469:名無しなんだ信じてくれ

あとは緊急時の対応能力についてか。たとえば会社が火事になったり社員が大怪我をして病院に繋ぐ必要があったりとか

そういう時に安全確認、状態確認、経緯と状況の把握、救急隊員への迅速な情報伝達だな

まぁこれに関しては医療にかかわるなら真っ先に叩き込まれてるだろうから大丈夫だとは思うが


470:名無しなんだ信じてくれ

あとは体力的・精神的にタフそうな人、かな

医療ってのはとにかく体力仕事なんだ。怪我も病気も周期とかがあるわけじゃないからな。なる時はいつでもなる

だから疲れてようが眠かろうが、緊急時はしっかり対応できる人が欲しいね


471:異世界社長

なるほど……ありがとう、他にも意見や提案があるならどんどん出してくれ

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