第56話

「ぞ…ぞーうさん、ぞーうさん、おーはなが長いのね…」


「..............」


口を開けば死を熱唱する女があんな童謡を歌うから、そのギャップが大きすぎて鳥肌が立ちそうだった。 しかし、残念ながら嘲笑いするには、あまりにも可愛かった。 本人に言ったら殺されるだろうが。 彼女はかなり真剣に童謡を2番まで全て歌いきった。 そして、彼女のギャップの差に生じてしまった可愛さに思わず、俺がへらへらしているのを見たのか、いきなりマイクを投げつけた。


「い、今、笑ったわね? おじちゃん、歌の途中で殺されたい?」


「違うよ。 いい声してるね。 もう一曲どう?」


「もういい! おじちゃんが歌えば。」


彼女は歌ってみると恥ずかしくなったのか、そう言いながら、俺に強制的に歌わせたので、仕方なくしばらくの間、俺一人で歌を歌った。 すると彼女はまるで仕返しのように、とんでもなくゲラゲラと笑い始めた。 あれは絶対にわざと笑っている。 心から染み出た笑いではない。


俺も気分が悪くなって、もうカラオケはあきらめて出たいと話した。 面白いからもっと歌えと言う九空を説得して、やっと外に出ることができた。 いっぱい歌ったからか、のどが痛い。


疲れてカラオケの前の手すりに寄りかかった。 彼女は警護員と何か話を交わすと、俺の前へと歩いてきた。そこで急にカラオケの隣にあるゲームセンターが目に入ってきたのか、それを見ると俺に質問してきた。


「おじちゃん、あれは何?」


「UFOキャッチャーだよ。 見ればわかるだろ。」


「え? 何それ?」


「やれやれ、来てごらん。」


俺は店中に入り、小銭を投入して直接やって見せた。 こういうゲームには絶対的に強い俺。 唯一の特技でもあった。 すぐにぬいぐるみを取ってみせた。 しかし、彼女はぬいぐるみ自体には全く関心がなさそうだった。 機械のアームがぬいぐるみを持ち上げることにだけ興味を見せた。


「私もやってみたい。 どうやってつかむの? 人間もこのように選んで捨てることができたら楽なのにね?」


あきれることを言いながら催促してくるので、俺は適当に説明してやった。 すると、彼女は熱心に機械を操作した。 しかし、初めからうまくいくわけがなく、立て続けに失敗し、俺の小銭だけが空に向かって飛んでいったのである。


「何でこんなに難しいの? ムカつく。」


結局一つも取れなくて、彼女は機械を蹴飛ばして外へ出た。 俺が後を追って店から出ると、俺の方に視線を向けた。 月明かりに照らされた瞳が何だか魅惑的だった。


「おじちゃん、それなりに面白かったわ。 これが遊ぶということ? 確かに、無理矢理に高校に通っていた頃、

カラオケとかなんとかってキャッキャしていた子たちがいたような気もする。」


「そっか。」


幸い、機嫌は良さそうだった。 さっき俺が吐き出した言葉を守れなかったら、どうなるかわからないと脅迫をしていたが、有難いことに、うまく乗り越えたようだった。 すると、かかとを少し上げて俺の耳に凄まじい事実をささやいた。


「おじちゃん、一つ告白するけど…。 実はさっきホテルで私とセックスをしたら、セックスをした後、おじちゃんを殺すつもりだったの。 私の処女を奪ったなら、その見返りくらい支払うべきでしょ? 今日は本気で決心して警護員たちをホテルの部屋の周りに配置しておいたのよ。」


「え? 君、本当に…。 そんなに真剣に計画して殺そうとしたって? 一体どうして? ちょっとひどすぎじゃないか?」


やはり先のあれは罠だったのだ。 何度罠をかけるつもりなんだ、この女は。 心境を予測するのが全く困難だった。 こういう時は、とても恐ろしかった。


「それは…。」


「理由はないんだろ? また自分が楽しむためにだろうな? 退屈凌ぎか?」


俺が少し悔しくて反抗すると、彼女は躊躇っていた言葉を再び切り出し始めた。


「さっきも少し話したけど…。 私、ヘリから降りて家に帰ってから、急にすごくつまらなくなったんだ。 そして、おじちゃんの事が何度も頭に浮かんで、ますますつまらなくなったの。 何だかおかしくない? おじちゃんのことを考えれば考えるほど、つまらなくなるなんて。 普段とは違うつまらなさに堪えられなかったの。 これは全部おじちゃんのせいだと思ったわ。 だから、決心したの。 セックスをしてしまえば違うはずだと。 おじちゃんも所詮欲望の塊に過ぎないとわかったら、おじちゃんを殺せるし、私はこの変な気分から脱出できる気がしたわ。 最近、何度も大目に見てあげていたわけだから、おじちゃんもきっと有頂天になってるはずで、私がセックスをしようと言ったらすぐ受け入れてくれると思ったの。」


変な気分から脱出しようと殺害を試みたって? 大体、変な気分って何なんだよ。 詳しく説明もできない気分のせいで死ぬところだったと考えると、意識がぶっ飛びそうだった。 だから、俺は口を開いた。 思うがままの全てを話すために。


「前から思っていたけど、人の命をあまりにも紙切れのように考えてはいないか? むしろ普段とは違うつまらなさについて相談をして、解決をすることを考えなきゃ。 殺せば全部解決するのかよ?」


「でも、結局殺せなかったじゃない。 そんなに怒らないで。 でも、おかしい。 今は昨日みたいなつまらなさがない。 さっきも言ったけど、ここで言うつまらなさは、普段の私が言うつまらなさとは少し違うの。 私も上手く説明できないけど。 とにかく、とりあえず気が変わったわ。 やっぱり、おじちゃんは殺さない。 だから、もう死ぬ危険はないよ。 そこでどう? 私とセックスしない?  何ならさっきのカラオケでも良いけど。」


「君…。」


「わかった、わかった。 冗談。 じゃあ、代わりにおじちゃんを剥製にして家に持って行こうかな? それをいじめれば、少しは退屈をしのげそうだけど。」


「本当にいい加減に…はあ…。」


俺はそのまま背を向けてしまった。 心の底から言った言葉だった。 ますます酷くなる台詞を聞いていると、本当に剥製させられそうだった。 どう子供時代を過ごしたら、あれほどまでひねくれた性格になるのか気になった。


「さっきの命令口調は気に入らないけど、まあ、いいわ。 おじちゃん、ヘリでも話したように私にさえ逆らわなければ、こんなことはもうしないわ。 今日も楽しかったし。」


幸い、聞いていた中で、一番嬉しい言葉だった。 それで、再び彼女の目を見ながら確認してみた。


「本当? じゃあ、もう変な罠はかけないということ?」


「うん、まぁ、とりあえずは、そういうことにしておく。」


「まてよ、さっき最後の晩餐とかなんとか言ってたのって…まさか…本当に?。」


「あら。 ばれちゃった。 でも殺す前にご馳走させたじゃない。 私、優しいでしょ?」


そう言いながら、舌をちょこっと出した。 こいつをどうすることも出来ない。 頭が痛くなってきた。 どうしてこんな女と係わってしまったのか。 この醜いゲームsystemの神様め。 呪いを浴びせていると、俺らの前に顔見知りの一人の女が通り過ぎた。 それは彩だった。 そういえば、カラオケの隣の建物が彼女が働く食堂だったのだ。 彼女は俺に気づいて会釈をした。


「こんにちは。」


「こ、こんにちは。 お仕事終わったんですか?」


「はい、あ、お連れ様がいらっしゃる…。」


彼女はそう言いながら九空を見つめた。 ところが、少し表情がおかしかった。 突然、鞄を落とすと、大きく驚いた様子だった。


「どうしたのですか?」


俺の言葉に、彼女は気を取り戻しては鞄を拾いあげた。


「な、なんでもありません。 すみません、失礼します。」


彼女はそう言い残して、逃げるようにして道を去った。 しかし、何度も後ろを振り返っているようだった。 それも俺ではなく、九空を見ているようだった。


「何あれ?」


「ん? よく行く食堂のアルバイトの人。 客と店員の関係ってとこかな?」


「そっか。」


何だか不快そうな顔で街を凝視する九空。 しかし、俺の説明を聞いてあごを触ると、再びシックな表情に戻ってきた。 俺は、彩の目つきもおかしかったことが気になった。 驚く様子もそうだし、何だか九空のことを知っているような様子だった。


そこで、九空本人に尋ねた。


「君こそ、もしかしてさっきのバイトの子、顔見知り?」


「初めてみるけど? それより、おじちゃん、私、帰りたい。」


「え? 帰りたいと?」


これは何という朗報なのだ。 いつまで捕まっているだろうと考えていたのに、自ら身を引いてくれようとしている。


「実は、昨日も処理すべき仕事がたくさんあったけど、どうも気が乗らなくて何もしなかったの。 仕事が溜まっていることを祖父が知ったら、大変なことになるだろうから、帰るね。 私、暇な女じゃないから。 フフッ。 じゃあね、バイバイ。」


九空はそのように言いながら、俺の前から歩いて行った。 手を振りながら、迎えに来た車に乗り込む姿。 ふう、あの女のせいで結局、彩の調査もできず、さんざんだった。 明日にするしかない。 いや、今攻め込もうか? [ロード]と[睡眠スプレー]を使って? そんなことを悩んでいると、携帯電話の振動が鳴る。 また九空かと思い確認すると、電話ではなくメールだった。


[私、彩です。 さっきはすみませんでした。 頂いたメールアドレスに連絡しているつもりですが、ちゃんと届いているのか心配ですね。 実は話したいことがあります。 明日の朝、昨日の喫茶店で会えませんか?]


これは急に何事かと思った。 あれほど教えてもらえなかった連絡先をたとえメールアドレスだが知ることができた。 もしかして、俺が他の女といるところを見て、気が変わったのか? いや、そんなはずはなかった。 それより、他に心当たりがある。 先、彩が九空を見つめる時の視線、尋常ではなかったのだ。 何かあるに違いない。


おそらくメールを送った理由は、九空と関連があるのではないだろうか? しかし、そうだとしたら、彩と九空には一体どういう関係が? これだけは、完全に推測がつかなかった。 実際に九空は彩を全く知らないと言っていたわけだ。


確かに九空は関心のない人のことを、いちいち覚えている女ではなかった。 十分、面識があるかもしれない。とにかく会って話せば、わかるだろう。 ならば、彩の家を調査するのも後にしよう。 彩の望んでいることをしってから、調査した方がいいだろうから。


[わかりました。 では、明日9時にあの喫茶店で会いましょう。]


俺はメールを作成して送信した。 意図がわからない以上、余計な言葉は付け加えず、約束の時間だけを決めて、メールを返した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る