【KAC20248】夢色眼鏡

雪うさこ


 学校の帰り道。新しい眼鏡屋ができていた。

 昔から眼鏡っていうものにあこがれていたけれど、どうやら、私には縁がないみたいだった。学校の視力検査の時も、わざと目を細めたり、瞑ったりしてみるけれど、「ちゃんとしてください」って怒られて。結局は、「眼鏡不要のA判定」って言われるのがオチだった。


 眼鏡になった子は、クラスの人気者だ。朝、登校してくると、その子の周りには人だかりができる。「ねえ、かわいいね」「どうしたの?」そんな声が聞こえてくると、うらやましいなって思うんだ。特に熱心に声をかけているのは、クラスメイトのハル。


「おれ、眼鏡女子好きなんだ」


 ハルの好みは眼鏡女子。けれど、私は眼鏡女子にはなれない。いくら夜更かししても、暗いところでスマホみても、テレビ見放題しても。全然視力は落ちない。


「お前は眼鏡なんかかけなくても平気なんだろう? この野生児」


 今日、ハルにそう言われた。売り言葉に買い言葉。


「私だって。眼鏡男子のほうが好きだよ。ハルこそ、おバカなんじゃないの? 私、眼鏡かけてるクールなイケメンが好きなの」


 ハルは黙り込んでいた。ああ、やっちゃった。怒らせた? 今日は、もう踏んだり蹴ったり。


 白いペンキで塗られた、おしゃれな窓枠の中に飾られている眼鏡は、どれもこれもかわいい。赤いフレームもあれば、緑や青もある。みんな色とりどりだった。じっとそれを見ていると、中の店員さんが私に気がついたようで、顔を出した。


「お探しのもの、ありますか?」


 げー。ガチイケメンじゃん。茶色のウェーブがかった髪が、お店の照明に照らされてキラキラとして見えた。見惚れてしまって、一瞬、言葉を失ってしまう。そうすると、店員さんは小首をかしげて見せた。うおおお、もっとイケメン。耳まで熱くなってきた。私はあわてて両手を振る。


「ち、違うんですよ。私。眼鏡の適正なくて。視力ばっちり。両目とも2.5。だから、眼鏡はいらいんです。けど……」


「けど」の後の間を読み取ってくれたのか。店員さんはにっこりと笑みを見せると、私を手招きしてくれた。私はそろそろと店内に足を踏み入れた。眼鏡屋になんて来た事もない。初めての経験だった。眼鏡のフレームがずらりとならんでいた。


 眼鏡のフレームは、色とりどりでキラキラと輝いている。どれもこれも素敵。目移りしてしまうけれども。いやいや。私にはいらないもの。首をぶるぶると横に振る。


「だから。私——」


 すると、店員さんは、首だけのマネキン人形がかけている桃色の眼鏡を取った。


「これはおしゃれ用の眼鏡ですから。矯正レンズ不要で使えます。かけてみませんか」


「え……おしゃれ眼鏡?」


「ええ。そして夢をかなえる夢色眼鏡という商品です」


「夢、色眼鏡? トンボの眼鏡みたいですね」


「そうですね」


 やわらかい笑みを浮かべている店員さんの手から、私はその眼鏡を受け取った。

 生まれて初めてかける眼鏡は、髪の毛に引っかかったり、耳にかからなかったりして難しい。四苦八苦していると、店員さんが後ろから、そのほっそりとした手を差し出して、丁寧に、優しく、私に眼鏡をかけてくれた。


 丸くて、花の模様が施されている鏡の中に映る私は、なんだかいつもとは違う自分みたいで恥ずかしい。


「似合わない、か」


「いいえ。とてもお似合いですよ」


「そうですか。でも、やっぱり変です」


 鏡の中の店員さんは笑って首を横に振った。


「見慣れないだけでしょう。すごくお似合いだ。僕の見立て通り」


 そうかな? そうなのかな? 桃色の眼鏡は、私の顔に春を連れてきてくれたみたいに見えた。


「いかがですか。この眼鏡をかけると、なんでも夢が叶うんです。幸せな光景が目の前に広がるんですよ。どうですか。幸せを手に入れてみませんか」


 夢色眼鏡は幸せを見せてくれるという。私は、すっかり眼鏡の魅力に取りつかれてしまったようだ。


「おいくらになるんですか」


「そうですねえ。今なら開店大セールと、学生さん割引で、二千円でどうでしょうか?」


「そんなに安いんですか。この眼鏡」


「だって、フレームだけですよ。矯正レンズが入るとそうはいきませんけど」


「……わかりました。いただきます」


「お買い上げ、ありがとうございます」


 店員さんはにっこりと笑みを見せた。





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