第8話 勝負の前のひと勝負

二宮にのみや君」


「なに、吉良きらさん」


「言い訳はありますか?」


「なにの?」


 吉良さんと話し、仁凪になと話した昨日から一日経ち、僕は特に変わらない一日を過ごしていた。


 だけど二時間目が終わり休み時間になったところで、吉良さんがやってきて学校モードでそんな事を言う。


「あなたのお膝の上には誰が居ますか?」


「仁凪?」


「そうですね。言い訳はありますか?」


 全然意味が分からない。


 仁凪と仲良くなって、さっきの休み時間で「おひざいーい?」と仁凪が言ってきたので椅子を引くと、僕の膝に横座りで仁凪が座った。


 そういう『説明』は出来るけど、『言い訳』とはどういう意味なのだろうか。


「仁凪が落ち着くみたいなんだよね。今日はその為にお兄さんと話しすぎるのを我慢したみたい」


「がまんした」


 仁凪は今、僕に体を預けてるだけなので、僕が背中に腕を回している。


 危ないからふらふらしないで欲しい。それかせめて掴まって欲しい。


彼女の前で堂々と浮気しますか」


 そういえばそういう『設定』だった。


 だけど。


「浮気になるの? 仁凪は友達……って言っていい?」


 思い返すと仁凪とはちゃんと『友達』になったのかは微妙なところだ。


『仲良し』とは言われたけど、仁凪から『友達』と言われてはいなかった。


「僕の片思いではないと嬉しい」


「になはそうくんとおともだち。りょうおもい」


 仁凪がそう言うと嬉しそうに僕に抱きついた。


「蚊帳の外ですけど失礼しますね。男女のお友達でもそこまでのスキンシップはしませんから」


「でも僕って普通ではないんでしょ?」


 何度か吉良さんは『僕』と『他の男子』で区別する事があった。


 つまり僕は吉良さんの『普通』には当てはまらない。


「屁理屈を。二宮君は確かに普通とはかけ離れてますけど、それでも駄目です」


 なんだかすごい罵倒を受けた気がするけど、自覚があるから否定できない。


 それに普通を認めたら仁凪のお願いを聞けなくなる。


「ゆうちゃんもやる?」


「仁凪、吉良さんがやったら怒れなくなっちゃうでしょ」


「でもそれならになとそうくんはなにもいわれなくなるよ?」


「それもそっか」


 確かに、第三者として見てるうちは怒れるけど、共犯になってしまえば何も言えない。


「仁凪は頭がいい」


「ごほうび」


 仁凪はそう言ってつむじを差し出してきたので、僕はそのふわふわの髪を優しく撫でる。


「いや、なんか二人の空間作って勝手に話を進めてますけど、やらないですから怒り続けますよ?」


「じゃあどうしたら許されるの?」


「なんか私がわがまま言ってるみたいになってません? じゃあせめて一日に一回か、そのご褒美みたいに何か出来たらとか」


 吉良さんが僕が撫でる仁凪の頭を指さしながら言う。


「仁凪はどっちがいい?」


「まいにちずっと」


「だって」


「だってじゃなくて。私が譲歩したんだからそっちもしなさいよ」


 吉良さんの周りのオーラがどす黒くなって口調も変わった。


 表情は笑顔なだけに、ちょっと怖い。


「分かった、こうしよう。枢木くるるぎさん、勝負しない?」


「や」


「不戦勝で私の勝ちって事ね。離れなさい」


「や!」


 仁凪が否定を表す為に僕に強く抱きついた。


太一たいち


 吉良さんがその名前を口にすると、仁凪の体が震えた。


「ちょっとは話を聞く気になった?」


「……ゆうちゃん、てき」


 仁凪がさっきまでとは打って変わった、吉良さんを睨み返す。


「勝負内容はどうする? 勉強とかにする?」


「なんでもかつ」


 仁凪は自信満々に言うが、相手は何でも出来るで有名な吉良さんだ。


 本当に何でも出来るかは知らないけど、そういう噂がある以上出来ないって事はないはずだ。


「聞いたからね。じゃあ三本勝負だ。私と枢木さんで一つずつ決めて、最後の一つを二宮君に決めてもらおう」


「さりげなく僕巻き込まれた?」


「ほとんどは二宮君のせいなんだから仕方ないでしょ」


 とばっちりがすぎる気がするけど、結果的に二人が仲良くなれるならいいけど。


「になが勝ったら、そうくんひとりじめ」


「私が勝ったら、イチャつくの禁止」


「イチャついてないよ?」


「二宮君は黙ってなさい」


 なぜだか吉良さんの僕に対する当たりが強い。


 僕が何かしたのだろうか。


「ゆうちゃんはバイオレンス」


「喧嘩売ってんな。ボコボコにしてやんよ」


「つよいことばはまけたときにじぶんをこまらせるよ?」


「その余裕がいつまで持つかな」


 吉良さんと仁凪の視線がバチバチとぶつかる。


「負けたら一生二宮君に引っ付けなくなるから、今だけは堪能させてあげるよ」


「やすいちょうはつ。いわれなくてもずっとこのまま」


「そこは離れなさいよ」


 仁凪が見せつけるように僕に抱きつき、吉良さんがジト目でそれを睨む。


「吉良さんと仁凪は勝負内容決まってるの?」


 なんだかほんとに仲が悪くなりそうだったので、無理やり話に割り込む。


 僕が勝負内容を決めかねてるのもあるけど。


「私は決まってるよ。次の授業の小テストで点数が高い方が勝ち」


「同点なら?」


「私が有利なのにしてるんだから、同点なら枢木さんの勝ちでいいよ」


「いいの? それだとそうくんのしょうぶはないね」


「すごい自信だこと。ちなみに枢木さんはどんな勝負にするの?」


「そうくんにになとゆうちゃんのすきなところをいってもらうの。たくさんいわれたほうのかち」


 なんだかまた巻き込まれた。


 ちょっと責任重大すぎて困るのだけど。


「いいの? 負けたら恥ずかしいよ?」


「そうくんをめぐるしょうぶだから、そうくんにえらばれたほうがかちなのはあたりまえ」


 言ってることは正しいけど、僕を巡るではなくて、僕のを巡る勝負である。


 しかも吉良さんが勝ったら仁凪がどくだけだから巡ってもない。


「同点の時は?」


「になのまけでいい。そうくんのやさしさにめんじて」


「言い訳乙」


 仲良しなのは分かるけど、喧嘩腰なのはやめて欲しい。


 見ててハラハラする。


「ところで吉良さん」


「なに浮気者」


「呼び方に悪意しかないんだけど。それよりさ、いいの?」


「なにが?」


「口調」


 吉良さんがなぜ怒ってるのか分からないけど、怒ってるせいで結構大きな声になっている。


 つまり、教室中に声が聞こえている。


 学校モードの吉良さんは敬語で静かな声の女の子だ。


 だけど今は素の、自称不良少女モードになって口調が荒くなっている。


 それは大丈夫なのだろうか。


 多分駄目なのだろう。周りの人が驚いたような目で吉良さんを見ているのだから。


「……んっ。私も初めてお付き合いするもので、その相手が可愛らしい女の子と一緒に居て、なおかつ膝の上に乗せているなんて状況を見て気が動転してしまいました」


 どうやら今までのは気が動転しておかしくなっていた事にするらしい。


 都合が良すぎる言い訳だけど、そこはさすが吉良さんと言うべきか、周りから「そういうことか」「それなら仕方ないよね」などの同情の声があがる。


「でも二宮君と枢木さんはあくまでですもんね。私と二宮君はしてますけど」


 吉良さんがなぜかすごい『お友達』と『お付き合い』を強調して言う。


 よく分からないけど、一応の落ち着きを……得なかった。


「こうこうせいのはじめてのおつきあいはすぐにはたんする。ぎゃくににかいめのおつきあいはそれをふまえるからせいこうする」


「仁凪……」


 消えかかっていた火に油を注がれた。


 仁凪が反応するのだ、吉良さんが反応しない訳がない。


「宣戦布告と受け取っても?」


「……ちがう?」


「今のはどう受け取れば?」


 多分今の仁凪の『ちがう』は、吉良さんにではなく、自分に言ったものだと思う。


 自分の発言に何か違和感を感じたような。


「よくわかんない。とにかくになはそうくんといっしょ」


「残念ですけど、時間です」


 吉良さんがそう言うと休み時間終了のチャイムが鳴った。


「早く離れてください」


「にな、きょうかしょわすれちゃった」


「では私のを貸してあげます。だから早く離れなさい」


「ゆうちゃんがみれなくなっちゃう。それよりゆうちゃんがはやくもどって」


「枢木さんが離れるのを見てからじゃないと戻れないんだけど?」


「それはゆうちゃんのつごう。になにはになのつごうがある」


「いいから離れろ」


「や」


「……先生来てるから早くして」


 次の授業は現代文で前田まえだ先生の授業だ。


 そして前田先生に「なんとかして」という視線を送られている。


 元はと言えばあなたのせいと言いたいけど、そんなの言ってる場合でもないので二人の仲裁に入るが、止まらない。


 なので仁凪をお姫様抱っこで仁凪の席に座らせ「言う事聞かない子は嫌いになるよ」と嘘を伝えると、仁凪は大人しくなった。


 それを見た吉良さんが勝ち誇っていたので「そういうのいいから戻って」と言うと、吉良さんが「すいません……」と、しゅんとしながら自分の責任戻った。


 そうしてなんとかしたのに、前田先生が僕をじっと見ていて授業を始めないので「なんとかしたんですけど?」と、少し圧を込めた視線を送ったら慌てて授業が始まった。

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