第7話 浮気現場を見つけた気持ちを答えよ

「……そう、くん」


「どういう状況?」


 仁凪になを泣かせてしまい、とりあえず保健室に連れて行こうと同行したら、保健室とは別の方向に仁凪が向かった。


 保健室なんてめったに行かないから普通はそういう行き方をするのかと何も言わずについて行った。


 でも、おかしいとは思えたはずだ。


 だって保健室は一階なのに、今居る場所は最上階。屋上の鍵が掛かった扉の前なのだから。


 しかも、いきなり仁凪に「ねて」と言われたので制服が汚れるの覚悟で腰を下ろしたら、仁凪が僕に馬乗りになった。


「……?」


「えっと、不思議そうにしてるけど、不思議に思うのは多分僕だよね?」


「よくわかんないの。そうくんになぐさめてもらって、うれしくて、わーってなってるかんじ?」


 なんだかよく分からない説明だけど、多分仁凪も分かっていない。


 何か分からない感情が溢れたから、思うがままに行動した感じだろう。


「そうくん、いや?」


「ううん。仁凪がそうしたいならそうするべきだよ」


 やりたい事があるなら我慢するべきではない。


 やりたい事が制限される学校だけど、今はそんなの関係ない。


 我慢した先にいい事は待っていないのだから。


「仁凪はどうしたいの?」


「こう?」


 仁凪はそう言うと僕の体に寝転がった。


「おちつく。……おもい?」


「正直に言っていい?」


 仁凪が顔は向けずに頷く。


「軽い。さすがに『羽のように』とかは言わないけど、同級生が乗ってるとは思わないぐらいに軽いかな」


 仁凪の身長は、男子の中で真ん中より少し下ぐらいの僕よりも小さい。


 もう少しで衣替えだけど、今はまだ夏服だ。


 だけど仁凪は長袖を着ていて、それでも分かるぐらいには腕も細い。


「ようじたいけいっていう?」


「それは可愛いって意味?」


 意味はなんとなく知っている。


 要は見た目が平均よりも幼く見える事なんだろうけど、それはつまり幼児のように可愛いという意味なのではないだろうか。


「そうくんはちいさいこすき?」


「苦手かな。人によるけど、全体的に見たら好きではない」


 僕自身が小学生の時にあだ名のいじめを受けていたのもあるのだろうけど、そういうのも含めて小学生は特に好きではない。


「じゃあになも……?」


「仁凪? 仁凪は好きだよ?」


 ここで言う『好き』は人として、というやつだ。


 仁凪とは話していて楽しいし、何をされても許せる。


 実際今の状況を吉良さんと妹以外の人にやられたら、叩き落としている。


「にあもそうくんすき」


 ずっとつむじだけを見せていた仁凪が、満面の笑み(ほとんど表情は変わってない)を僕に向けた。


(これがかわいい?)


 おそらく自覚して思うのは妹に対してだけだった。


 だけど妹に感じるものとは別の、無性に抱きしめて頭を撫でてあげたいという気持ちでいっぱいになる。


「仁凪、頭撫でていい?」


「ん? どーぞ」


 仁凪がうつ伏せになって、またつむじを僕に向ける。


 そのふわふわの髪を崩さないように優しく撫でる。


「仁凪の髪は気持ちいいね」


「へんじゃない?」


「なんで? 僕は好きだよ?」


 最初は寝おきでこうなってるのかと思ったけど、多分これは天然だ。


 撫で心地がよく、一生撫でていられる。


「どうしたの?」


 仁凪がなぜか僕の空いている右手をつねったり、つついたりしていじっている


「になのあたまのかわりに、そうくんのおててであそぶの」


「そういう事か」


 確かに僕は至高の時間を過ごせて満足だけど、仁凪はただ頭を撫でられてるだけで面白くもなんともないだろう。


 僕の手でそれが解消できるのならいくらでもいじってもらって構わない。


「あ、そうだ。仁凪って告白された事ある?」


 こういうのを聞いていいのか分からないけど、吉良きらさんが「枢木さんは男子人気が高い」と言っていた。


 それなら、僕が『好き』を理解する為の情報が得られるかもしれない。


「こくはく?」


「うん。答えたくなかったらいいんだけど、僕って『好き』の意味が分からないんだよ。仁凪は男子から人気が高いって聞いたから、その仁凪と一緒に居たら僕も『好き』が分かるかなって思って」


 吉良さんと同じ理由だけど、僕が『好き』を理解する為には相手は多い方がいいはずだ。


 もちろん仁凪が嫌ならそういう気持ちは捨てる。


「……」


「仁凪?」


 仁凪が僕の手をいじるのもやめて、僕の顔をじっと見つめてくる。


「こくはくされてないと、そうくんはバイバイしちゃう?」


「仁凪が嫌じゃないならこれからも仲良くしたいな」


「されてたらもっとなかよし?」


「そういう訳でもないかな。仲良しなのは変わらなくて、ただ僕が仁凪を『好き』になる気持ちを探そうとするかも?」


 正直自分でも分かっていない。


 何をもって人を好きになるのかを理解すればいいのだろうけど、そんなの探して分かるものなのだろうか。


「じゃあされたことある」


「じゃあ?」


「ある。ある!」


「わらっははら、ふねららいれ」


 仁凪が僕の頬を優しくつねるので認めざるを得ない。


 仁凪なら自分で分かっていないだけで本当に告白された事もあるだろうからいいのだけど。


 それにそもそも告白されてないとしても、男子人気が高いという事は同じ事だし。


「これでそうくんはずっといっしょ?」


「だから仁凪が許すならずっと一緒だって」


「でもゆうちゃんとおつきあいしてるでしょ?」


「そっか」


 すっかり忘れていたけど、僕は吉良さんと付き合っている事になっていた。


 だから仁凪が恋人と友達を天秤に掛けられて、恋人を取られる心配をしたから告白された事があると主張したのだろう。


「吉良さんは吉良さんだし、仁凪は仁凪だよ。どっちかを優先とかしないから、仁凪もずっと仲良くしてくれる?」


「する。そうくんとずっといっしょ」


 なんだか語弊があるように聞こえるけど、仁凪にそんな不純な気持ちがある訳がない。


 僕としても仁凪のはずっと一緒に居たいから同じ気持ちだけど。


「そう思えるのが『好き』? つまり僕は仁凪の事が『好き』なのかな? でも吉良さんにも感じてるし、もう少し様子見かな?」


 これが『好き』ならそもそも理由が分かっていないから意味はない。


 なんで『好き』になったのかをちゃんと理由付けしないと前田先生は許してくれないだろう。


 だけどとっかかりは掴めた。後は手繰り寄せるだけ。


「それよりどうしよう。仁凪」


 仁凪は呼びかけても「すぅ」と言うだけ。


 見事に僕の上で寝落ちした。


「いきなりなんで? 絶対寝にくいでしょ」


 赤ちゃんは心音を聞いて眠くなると言うけど、ずっと僕の胸に耳を当てていたせいなのだろうか。


 それとも今も頭を撫で続けているせいなのだろうか。妹なら確かに寝るけど。


「なんか嬉しそうだし、起こすのもなんだよなぁ」


 仁凪の寝顔を見ていいのか分からないけど、どこか嬉しそうだ。


 きっといい夢を見ているのだろう。


 そんな仁凪を無理やり起こすのも気が引ける。


「悩ましい。どうしよう


 僕は少し前(仁凪が寝たぐらい)から無言で僕達を見下している吉良さんに声を掛ける。


「二宮君は鋼の心しすぎなんだよ。それより、浮気現場を目撃した人の気持ちを簡潔に答えなさい」


「吉良さん、二時間も授業サボったら駄目だよ」


「お前が言うなってすごい言いたい。だけど一回目は私のせいだし、今回ほい・ち・お・う、枢木くるるぎさんを保健室に連れてく大義名分はあるから言えない」


 なんで「一応」を強調して言ったのかは分からないけど、確かに僕も人の事を言えなかった。


「実際は逢い引きだったけど」


「よくここ分かったね」


「女の勘、って言いたいけど、帰りの遅い二宮君が保健室で枢木さんを襲ってないか見に行ったの。ちゃんと先生の許可を得て。それで居なかったからとりあえず上から見に来たら実際は襲われてたと」


「襲う?」


「なんでもない。まぁ向かってる途中で二人が上に行くのを見たって人に会ったのもあるけど」


 まさか人に見られていたとは思わなかった。


 それだと保健室に行ってないのがバレて仁凪が怒られてしまうかもしれない。


「枢木さんの心配してるだろうけど、困るのは多分二宮君だけだから大丈夫」


「それならいいや」


「言うと思った。それより起こすよ」


「でも……」


 こんな嬉しそうな仁凪を起こしたくない。


「寝てる時も真顔。それは普通か」


「嬉しそうだよ?」


「……どこが?」


「すごい笑ってるじゃん」


 吉良さんが仁凪を覗き込むように見ているが、首を傾げる。


 すると仁凪の目が開いた。半分だけ。


「起きた?」


「……られ? あ、しょうくん」


 仁凪が寝ぼけまなこで吉良さんを見たが、誰だか分からず、次に僕を見ると頬がくっつくぐらいの興味まで上がってきた。


「仁凪、そろそろ起きよ」


「ん、おやすみ……」


「にーなー」


 せっかく起きたのだから起きて欲しい。


 軽く揺するが仁凪の体がぐらぐらするだけで仁凪は起きない。


「なんか色々と突っ込みたいところはあるけど、とりあえずは飲み込もう。よし、二宮君、枢木さんを置いて教室戻ろう」


「え、でも……」


 僕の言葉は口元に人差し指を当てた吉良さんを見て止まる。


 何か考えがあっての発言なら、僕は吉良さんを信じる。


「そんなわがままな子は置いて帰ろ」


 仁凪はわがままではなく、自分に正直なだけだ。


 言い方を変えただけかもしれないけど、「わがまま」はなんか嫌だった。


 でも吉良さんも本気で言ってる訳ではないから後で怒っておく。


 でもその甲斐あってか、仁凪に反応がある。


「わがまま……」


「仁凪?」


「……そうくん、ごめんなさい。にな、またわがままになってた」


 仁凪の目元に涙が溜まる。


「僕はその方が嬉しいよ。絶対に変わったら駄目だからね」


「かわったら?」


「……嫌いに、なる」


「そんな奥歯を噛み締めるぐらいなら言わなきゃいいのに」


 仁凪を嫌いになるのは有り得ないけど、仁凪を変えさせない為ならそう言うしかない。


「……ありがとう、そうくん」


 仁凪は満面の笑みでそう言った。


「仁凪の笑顔ってドキドキするよね」


「今のが笑顔か。よく見てないと分からない。でも確かにかわいい」


「あ、そうだ。おわび」


 仁凪はそう言うと僕の頬にキスをした。


「な、何してる!」


「? おにいがおわびはこれがいいって。いやだった?」


「えと、んと……」


「照れるな! なんか……なんか!」


 初めての事ですごいドキドキする。


 だけどそれ以上に吉良さんの怒ってる? 姿が見てて面白い。


 というか吉良さんに集中してないと色々とまずそうなので、居てくれて助かった。


「そうくんたっち」


 何も気にしてない仁凪が立ち上がって僕に手を差し出す。


 その手を吉良さんのおかげで落ち着いた僕が取り立ち上がる。


 そして仁凪が僕の背中についた汚れをを優しくパンパンと払ってくれた。


 そうして僕と仁凪は手を繋ぎながら教室に戻る。


 理由は仁凪が離そうとしな。僕もそれなら離す気はないし。


 だけど帰る間ずっと吉良さんが睨んでいた。

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