横浜中華街ダンジョン攻略配信4
「ねえねえそこの子、大丈――ぶ……?」
「……こんにちは」
「あー! さっきの中華街で財布拾ってくれた子だよね!? すごい偶然!」
俺に気付いた赤髪の少女は驚いたように目を丸くした。
そうなのだ。
目の前にいる女の子は中華街で財布を拾って渡したあの子だった。
腕にはコンバートリングと銀色の腕輪という俺と同じ組み合わせのアクセサリーがはめられている。
〔何だ何だ〕
〔ここ二人知り合い?〕
「知り合い、というか……さっき少しだけダンジョンの外で会いまして。ちゃんとお話ししたわけではないんですが」
まさかこの子にピンチを助けられるとは思わなかった。
「あなたも配信者なんだー! ほんとにあたしと一緒だね!」
言われてみると赤髪の少女の近くにも配信用ドローンが浮いている。こんなところまで同じとは。
「あたしヒバナ、よろしくね!」
「ゆ、雪姫です」
「雪姫ちゃんかー。可愛い名前だね!」
「そうですね。名前はそうですね」
「雪姫ちゃんにぴったりって感じだよ! お姫様みたいに可愛いし!」
「…………あはは、わあー、嬉しいな……」
その評価は複雑すぎる。
『ガルァアアアアアアア!』
ダッシュイーターが咆哮を上げる。
赤髪の少女――ヒバナに吹き飛ばされたことに怒り心頭のようだ。
「雪姫ちゃん、よかったらこれ着て!」
ヒバナは俺にマジックポーチから取り出した上着をかけた。
「服溶かされちゃったんだね。これで隠せるでしょ?」
「あ、ありがとうございます」
「いいよ! それじゃここで待っててね! あのモンスターやっつけてくる!」
駆け出すヒバナ。
……何だろう。
こう、追い詰められたタイミングで優しくされたせいか一瞬ドキドキしてしまった。相手は月音より年下の女の子なのに……!
〔雪姫ちゃんちょっと顔赤くね?〕
〔おいおいおいおいおいおい〕
〔建立していいか? また建てていいか? キマシタワーを〕
〔あんなイケメンムーブされたらそらドキドキしますわ〕
〔ばなちゃん少女漫画の幼馴染系ヒーローみたいな気遣いするじゃん……〕
「ち、違います! これは単にびっくりしただけですから! 特に深い意味はないですから!」
視聴者に妙な誤解を持たれている。急いで気持ちを落ち着けないと……というか現状はこんな呑気なやり取りをしていられるものじゃないのだ。
「炎神フラムよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは形なき爆ぜる籠手、【ボムガントレット】!」
ヒバナの両手に炎が灯り、バチッ、バチッ、と不規則な音が響く。
「いっくよー!」
ブンッ!
ダッシュイーターが尾を横に薙ぐ。ヒバナは姿勢を低くするだけでやり過ごし、走る速度を緩めない。あっという間に肉薄し腕を引く。一瞬の溜めの後拳をダッシュイーターの鼻先に叩き込む。
「よいしょおっ!」
ドパン!
『ガアッ――』
「もう一発!」
『――――ッッ!?』
バゴンッ!
ヒバナが打撃を加えるたびに拳から爆発が起きる。それによってダッシュイーターはつんのめって後退させられている。右左一発ずつで打ち止めなのか、二発目を叩き込んだ時点でヒバナの両手からは炎が消えていた。
「殴るたびに爆発が起こってる……?」
何だあの戦い方?
武器の効果……じゃないよな。最初に詠唱してたってことは魔術か?
でも俺と同じ魔術師クラスにしては身体能力が高すぎる気もする。
〔ほんと見てて気持ちいいわばなちゃんの戦いぶり〕
〔派手すぎィ! だがそれがいい!〕
〔あれがこん爆破か……パンチ+魔術の威力で能力値以上の攻撃力が発揮できるという……〕
〔こん爆破(打撃)〕
〔魔術闘士クラスがそもそもレアなうえに謎の爆発属性でオンリーワンと化してるからな……〕
「魔術闘士? 魔術師でも、闘士でもなくてですか?」
魔術師は俺がそうだし、闘士というのは素手で戦うクラスのことだ。どちらもよくある初期クラスらしいが、魔術闘士というのは聞いたことがない。
〔簡単に言えば魔術師+闘士〕
〔接近戦用の魔術を使って戦う闘士みたいな感じかな〕
〔遠距離系の砲撃とかはないけど、拳や蹴りに属性を付与したりできる〕
「はー……そんなクラスがあるんですね」
おそらく相当珍しいクラスなんだろう。今までダンジョンの中で他の探索者とすれ違うことは何度もあったが、あんな戦い方をしている人は見たことがない。
『ガルアアア!』
「……ッ!? 速っ!」
『――――ッッ!』
「っとぉ!?」
ズガンッ! ブンッ! ドッ――バキバキィッ!
「こんのっ! 少しは大人しくしろーっ!」
だが、形勢はよくない。
〔ダッシュイーター暴れすぎだろ!?〕
〔ジャンプ力やら噛みつくまでのスピードやらアホほど運動能力が上がってるな……〕
〔あの近距離でまだダメージ食らってないばなちゃんもすごいが、このままだとジリ貧だぞ……〕
〔隙が少ないのキツすぎる〕
〔でかいくせに速いとか何なんだよこの理不尽モンスターは!〕
ヒバナは爆発付与をかけ直して何度も殴りかかろうとするが、巨体に見合わない跳躍力や凶悪な尾の薙ぎ払い攻撃に押されてうまくいかない。
正直間近に張り付いて敵の猛攻を避け続けているだけでもすごいことだと思うが……いつまでももたないだろう。
援護しないと。
ダッシュイーターの動きを止めるのだ。
魔術の選択を間違えてはだめだ。仮にここで【アイシクル】でも撃とうものならヒバナを巻き込んでしまいかねない。
なら――
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは血肉留める厳しき冷気!」
<初心の杖>を向けて狙いを定める。
「【フリーズ】!」
『ガアッ!?』
「へ!?」
【フリーズ】は相手を凍らせて動きを止める魔術だ。この魔術は俺の手元から飛ばすわけではなく、対象に直接作用するものだから射線上にヒバナがいても巻き込むことはない。
体に霜を下ろし一瞬だけ動きを止めるダッシュイーター。
「ヒバナさん、今です!」
「雪姫ちゃんナイス! よっし本気出しちゃうぞー!」
がんっ、とヒバナは左右の拳を打ち鳴らす。次いで詠唱。
「炎神フラムよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはきらめく爆炎、深紅の衝撃をもって武具となせ――【エンチャント・エクスプロード】っ!」
ごう、と。
ヒバナの全身を爆ぜる炎が包み込んだ。
明らかにさっきまでの拳や脚に付与させた爆炎とは火力が違う。
動きの止まったダッシュイーターの真下にヒバナが潜り込み、腹の真ん中にアッパーカットを見舞う。
ドォン! と爆発音。
『ガアッ……』
ダッシュイーターの体が真上にわずかに持ち上がる。
「まだまだ!」
『――!?』
バゴン!
二発目となる蹴りが爆発の威力を合わせてダッシュイーターをさらに持ち上げる。
「てぇい!」
ドガッッ!
三発目、さらにダッシュイーターの体が高い位置に。
お、おいおい。まさかこれ……
「でりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
ガン! バンッ! ドガンッ!! ドッパアアアアンッッ!
「ええええええええええええええ」
爆炎の宿る拳と蹴りが浮いたダッシュイーターの腹に重ねて叩き込まれ、そのたびにダッシュイーターは落下速度を相殺されて浮かせられ続ける。
身動きのできない空中では真下に陣取るヒバナから逃れることはできない。
いや、爆発の威力があればできるのかもしれないけど……あんな巨体を殴って浮かせ続けるってどういうことだよ! どんな戦い方だよあれ!?
〔!?!?!?!?〕
〔ばなちゃんやべええええええええええええええ!?〕
〔俺たちは何を見ているんだ……?〕
〔五メートル近くあるダッシュイーターに空中コンボ決めてるのは草〕
〔サ ン ド バ ッ グ〕
〔なんという汚い花火wwww〕
〔さすがに何かのスキル入ってる……よな?〕
〔うおおおおおお気持ちいいいいいいい〕
あれだけ恐ろしかったダッシュイーターがもはやただの的と化している。
これなら倒せるだろう――と思ったのもつかの間、ヒバナの体を覆う炎がちかちかと明滅し始めた。
「やばっ、時間が……」
ヒバナは焦った顔を浮かべ、次の瞬間覚悟を決めたように目を鋭くする。絶え間なく叩き込まれ続けていた打撃の爆発音が一瞬だけ止み、着地寸前まで落ちてきたダッシュイーターの腹に。
「吹っ飛べえええええええええええええッ!」
『ッッ!?』
ズガアアアンッ!
ここまでで最大の爆発音を響かせヒバナの拳がめり込んだ。ダッシュイーターの体がひときわ高く打ちあがる。
同時にヒバナの体から炎が消えた。
限界まで力を使い切ったようだ。
肩で息をするヒバナ。
だが、ダッシュイーターはまだ消滅していない。
『――ハァア』
「……っ!?」
最初に加えていた冒険者を食い殺した時と同じ、舌なめずりをするような吐息。
ヒバナがもう力を使い切ったことを悟ったのだ。
ヒバナを食える。回復し、成長できる。そしてまた次の敵をむさぼれる。
そんなことを考えたのかもしれない。
まあさせないが。
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは疾く駆ける氷の矢、【アイスアロー】!」
氷の矢を放つ。
ダッシュイーターが落ちるより早く俺の魔術はその胴体を貫いた。
ダッシュイーターの体は不自然に硬直すると、魔力ガスになって弾けた。
<レベルが上昇しました>
<新しいスキルを獲得しました>
<新しい魔術を獲得しました>
……何とかなったか。
〔うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!〕
〔マジか!〕
〔援護のタイミング完璧すぎる!〕
〔読んでたのか雪姫ちゃん!〕
〔終わったかと思ったあああああああ〕
〔雪姫ちゃん最高! 雪姫ちゃん最高!〕
〔かっこよすぎ!〕
〔これ勝てるのやばいだろwwww〕
〔まさか生還どころか倒すとはこの賢者の目をもってしても〕
〔ばなちゃんのおかげでもある!〕
〔ばなちゃん!〕
〔こん爆破(感謝)!〕
〔こん爆破(かっこよかった!!)〕
〔我らが二人の姫の凱旋だあああ!〕
コメント欄が爆速で流れ、色とりどりのゴールドチャットが飛びまくる。
「本当に何とかなってよかったです……胃液で服を溶かされた時にはもう駄目かと」
〔それなww〕
〔あの瞬間は雪姫ちゃん追ってて一番絶望した……〕
〔生きててくれてありがとう姫!〕
トトトトッ。
「雪姫ちゃん最後ありがとう! すごいね雪姫ちゃんの魔術、あんなに速い【アイスアロー】見たことないよ!」
ヒバナが興奮した様子でこっちに駆け寄ってきた。
「私は何もしてないですよ。ヒバナさんが来てくれなかったら大変なことになっていたと思います。本当にありがとうございます」
「そう? よかった~、迷惑だったらどうしようって実はヒヤヒヤしてたんだよね」
「迷惑なんかじゃないですよ! とても助かりました!」
胸を撫でおろす仕草をするヒバナに慌ててそう伝える。彼女がいなかったら今頃どうなっていたか。
「それよりヒバナさん、すごかったです! ダッシュイーターの巨体を浮かせて一方的に攻撃し続けるなんて……!」
「あはは、あれで倒し切るつもりだったんだけどね~。全力を出し切っちゃったから今すっごい眠い……ふぁあ……」
「ふふ、お疲れ様です」
大げさに疲れた表情を浮かべるヒバナに思わず笑ってしまう。
感情表現がストレートで面白いな。
「あ、そうだ。雪姫ちゃんのリスナーさんに話しかけてもいい?」
「? はい、どうぞ」
「それじゃあ――ごほん。雪姫ちゃんリスナーの人、配信中に急に割り込んでごめんなさい! びっくりさせちゃいましたよね」
〔全然いいよ!〕
〔むしろ姫を助けてくれてありがとうばなちゃん!〕
〔律儀だなww〕
〔なんといういい子、チャンネル登録します〕
〔まじでかっこよかったぞ!〕
「えへへ、ありがとうございます。それだけです。……雪姫ちゃんのリスナーさんいい人ばっかりだね!」
「……………………………………そうですね」
「? 何でそんなに複雑そうな顔?」
確かに悪い人ではないんだろう。ロリコンで変態で隙あらばセクハラまがいのコメントを打ち込んできて俺を恥ずかしがらせてくる点を除けば。
って、俺もヒバナの視聴者に挨拶くらいはしておくか。
ヒバナに許可を取って自己紹介と、ヒバナの配信の時間を割かせてしまったことに簡単な謝罪をする。視聴者たちは快く気にしていないと言ってくれた。優しい。
「それにしてもびっくりしたよ~。近くで素材アイテム集めをしてたら急に木がバキバキバキッ! て倒れる音がするんだもん。慌てて走ってきたら雪姫ちゃんが食べられそうになってるんだから」
「私もあんなことになるとは……どうも他の探索者の人がダッシュイーターを育てていたようです」
「それ禁止されてるのに~……あたしルール守らない人きらーい」
「本当ですね」
可愛らしい顔に嫌そうな表情を浮かべるヒバナ。ほとんど話したこともない俺を助けてくれたり、正義感の強い性格のようだ。
「おーい君たち! このあたりでダッシュイーターを見なかったかい?」
「「?」」
協会職員らしい数人がこっちに駆け寄ってくる。
そういえば誰かがダッシュイーターについて通報したって言ってたな。
ヒバナが俺の腕に抱きつくようにして、もう片方の手でVサインを作る。
「あたしたちで倒しちゃいました!」
「……えーと、はい。そういうことです」
「え? ふ、二人で!? 相手はDランクのパーティを壊滅させたって聞いたけど!?」
聞き返された言葉に俺たちが揃って頷くと、協会職員は呆気にとられたような顔をするのだった。
――――――
―――
ここまでお読みいただきありがとうございます!
少しでも
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、★評価、作品フォローお願いいたします。
創作のモチベーションになります!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます