横浜中華街ダンジョン攻略配信3

 横浜中華街ダンジョンの一角。


 密林の中で戦闘が行われていた。

 ただし戦局は一方的なものではあったが。


『ガルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


「ぎゃあああああああ!? やめろっ、食うなあああああああ!」


 ゴリッ、バリッ!


 探索者の一人が恐竜型モンスターの顎にかじられて悲鳴を上げながら魔力体を消滅させる。


「斎藤! くそっ、またやられた……!」


「このままじゃまずいぞ!? せっかくここまで“育てた”ってのに!」


 残された探索者たちが焦った声を上げる。


『ガアアアアアアアアアアアアア!』


 そんな彼らに恐竜型モンスターは咆哮を上げて襲い掛かった。

 探索者たちの肉体を食い散らかし、自らの餌にするために。





 メタルヘッドラプトルとの戦いで手に入れたスキルを確認する。



――――――


【不動】:敵の攻撃に対し一歩も動かないことで防御系魔術・スキルの効果上昇。


――――――



 新スキルの名前は【不動】。

 効果は防御に役立つもののようだ。


 ガーベラ不在の今はこの手のスキルはありがたいかもしれないな。欲を言えば詠唱のいらない防御手段がほしいんだが……それは高望みがすぎるか。


「今更なんですが、無詠唱ってどうやったらできるようになるんでしょう? ガーベラに聞いた時はあまり参考にならなかったんですが……」


〔ガーベラちゃんは感覚派っぽいからね、仕方ないね〕

〔基本的には一つの魔術を使い倒すしかないんじゃなかったっけ?〕

〔一応スキルとか<初心の杖>みたいなマジックアイテムでもそういうのはあるけど、ぶっちゃけレアなんだよなあ……〕


 やっぱり簡単には手に入らないか。

 何度も使えばその魔術は無詠唱で使えるようになるらしいが、ここでネックになるのは俺が初心者だということだ。探索者歴が浅いせいで魔術の使用回数が全然足りていない。


「ちなみに何回くらいで無詠唱が手に入るんでしょうか?」


〔最低千回とかじゃなかったっけ〕

〔スキルと同じで抽選が入るから、実際はもっとかかるだろうけどね……〕

〔しかも魔術の効果が強くなるほど抽選スタートも遅くなる関係で、実質無詠唱不可みたいな魔術もあるらしいし。色々制限多いよな〕


「せ、千回……」


 遠すぎる。一日二十回使っても五十日かかるうえ、そこからさらに抽選を潜り抜けないといけないとか……絶対夏休みが終わるまでにはたどりつけないだろ。


 となると、<初心の杖>みたいなイレギュラーに期待するほうが現実的かもしれないな。


 ドスドスドスドスッ!


 ……足音?


 けっこう重そうな音の響き方だ。メタルヘッドラプトルじゃなさそうだが……


「……何かいそうですね」


 俺がそう言うのとほとんど同時――ぬうっ、と森の奥からそれは現れた。


 現れたのは二足歩行の恐竜型モンスターだった。全長四~五メートルでかなり大きく、いかにも肉食恐竜ですといった見た目。大きな口の隙間からはずらりと牙が並んでいるのが見える。


 そしてそのモンスターはその大きな口に、人を噛んでいた。


「た、助けてくれぇっ! 頼む、このままじゃ食われちまうっ……!」


「……え」


 探索者が食われてる……?


 モンスターには傷がある。おそらくこの恐竜型モンスターと戦っていた探索者が負けて食われた、という感じだろうが……え? 普通モンスターって探索者を食わないはずだよな?


〔あ゛っ〕

〔ッスゥー……〕

〔ダッシュイーターさんだあああああああああああ!?〕

〔雪姫ちゃん逃げよう! こいつだけはあかん!〕

〔メタルヘッドラプトルどころじゃない!〕

〔逃げて逃げて逃げて!〕

〔雪姫ちゃんが食われるところとか絶対見たくない!!〕

〔一生のお願いだから逃げてくれ!〕


 コメント欄が一気に加速する。

 内容はどれも逃げろといったもの。

 内容やコメントの速度から視聴者たちの焦りが伝わってくるかのようだ。


「そこのガキ、頼む……! 助けてくれえ! 食わせ過ぎたッ……!」


 食わせ過ぎたって何のことだ?

 よくわからないが、さすがに見過ごすのはなあ……


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは疾く駆ける氷の矢――【アイスアロー】!」


 ズドッ!


『――!?』


 食われている人を巻き込まないよう範囲の狭い氷の矢を放つ。二足歩行の恐竜型モンスター、コメント欄いわく“ダッシュイーター”は脚の片方を射抜かれて膝をついた。


 これで大丈夫だろう。


「今のうちに早く逃げ――あ」


 そう思っていたら、ダッシュイーターは膝をついたまま勢いよく頭を上に向けた。咥えていた探索者は真上に放り投げられ、大きく開かれた口の中に……


 いかん。

 俺は思わず配信用ドローンのカメラを手でふさいだ。


「ぎゃああああああああああああああ! やめろ、食わないでくれえ!」


 バリバリッ、ゴクンッ――


 え、エグいな……魔力体にはほぼ痛覚がないとはいえ、これは人によってはトラウマになりかねないだろ……


「すみません、グロ耐性のない人は見ていられなさそうだったのでカメラを塞ぎました」


〔配慮助かる〕

〔Мチューブもこれにはにっこり〕

〔悲鳴が貫通していたんですがあのその〕


『――ハァア』


 満足そうな吐息を吐くと同時、ダッシュイーターの体が輝いた。

 ダッシュイーターが立ち上がる。


 ……って待て! こいつ、脚が治ってる!

 脚だけじゃない、今食われた探索者が与えていたらしいダメージも見当たらない!


「回復能力……? いや、もしかして今の探索者を吸収したとか……?」


〔雪姫ちゃん正解!〕

〔ダッシュイーターはモンスターやら探索者やらを食って自分の傷を治したり、能力値を強化したりする〕

〔横浜中華街ダンジョンの通常モンスターの中で一番厄介なんだよなあ……さっきのタワーサウルスと同格扱いだし〕


「本当に吸収してるんですか……というかこのモンスター、なんだか異質じゃないですか? 他の恐竜型モンスターと比べても雰囲気が違いすぎるような……」


〔本当はもっと小さくて弱いはず〕

〔けど、たまに探索者がこいつを意図的に育てることがある。さっき食われたやつが「食わせ過ぎた」って言ってたから多分そういうこと〕

〔ダッシュイーター育てるのは禁止されてんのに……!〕


 ……これは後で知ったことだが、このダッシュイーターというモンスターは“探索者や他のモンスターを捕食して成長する”という能力がある。


 そしてダッシュイーターは成長したぶんだけ倒した時の経験値や、ドロップアイテムの質が良くなるのだ。


 一部の探索者はそれを目当てにまだ小さいダッシュイーターを捕まえ、他のモンスターを与えてあえて強くすることがある。


 当然しくじれば育てた探索者はダッシュイーターにやられてしまう。


 手綱を失ったダッシュイーターはDランク探索者では手に負えない怪物となり、ダンジョン内を暴れ回る。結果高ランク探索者が討伐するまでダンジョンではまともな探索ができなくなり、数日横浜中華街ダンジョンを閉鎖する事態になったこともあるそうだ。


 そんなわけでダッシュイーターを育てるのは協会に禁じられているが、ルールを破る者も中にはいるわけで。


 ……今俺が前にしているのは、そういう個体だった。


『ガルァアアアアアアアアアアアアアア!』


 ダンッ!


 ――跳んだ!?


「ちょっ……」


 バッガアアアアンッ!


 一気に数メートルも飛んで襲い掛かってきたダッシュイーターから転がるようにして逃げる。地面はひび割れ石が散弾のように撒き散らされる。


『ガアアアアアア!』


 ブウン――バキバキバキィ!


「ま、待って待って待って! きゃあああああああああ!」


 振り回された長い尾が周囲の木々をマッチ棒のようにへし折り吹き飛ばした。その破片から身を守るため俺はしゃがんで頭を押さえる。


 アホかああああ! 何だこの強さ!? どう考えても<妖精の鱗粉>で強化された女王ハードホイールバグより強いぞ!?


〔やばすぎるだろこれ!?〕

〔マジで協会に通報したほうがいいんじゃね?〕

〔もうやったわ!〕

〔GJ視聴者!〕

〔雪姫ちゃんこれ逃げられるか?〕

〔雪姫ちゃんの配信でトラブルは日常茶飯事だけど、今回は笑ってみてられるやつじゃない!〕

〔最悪の場合雪姫ちゃんが食われるなんてことも……ぎゃあああああああああ!〕

〔ゴフッ〕

〔姫が死ぬなら俺も死ぬ〕

〔あかん、もう視聴者が錯乱し始めてる〕

〔雪姫ちゃんが食われるシーンとか、想像するだけで耐えがたいものがあるからな……いくら魔力体でも映像としてキツすぎる……〕


 戦うなんて論外だ。

 こんなスピードで立体的に動き回られたら魔術の狙いをつけるどころじゃない。

 とすると逃げないといけないが、それはそれで難易度が高い……!

 この化け物から走って逃げるなんて成功する未来が見えない。

 仕方ない、一か八かだ。


「光の空、闇の湖底。隔つるはただ一枚の薄氷うすらいのみ。しかしてただ前だけを見て!」


 <薄氷のドレス>の効果を発動する。耐久は1になるが、どうせ一発食らえば即死だろうから関係ない。


「【滑走】!」


 続けて<薄氷のピンヒールパンプス>の効果も発動。

 逃げ切ってやる!


「ふっ……!」


 走るより格段にスピードの出る【滑走】で全力でダッシュイーターから距離を取りにかかる。ダッシュイーターは勢いよく飛び掛かってくるが、カーブして回避。着地の振動も――よし、耐えきった……!


〔こえええええええええええええええ!?〕

〔普段と違う意味で心臓が痛い!〕

〔木が大量に生えてる森で【滑走】とか一歩間違えば事故るぞ!?〕

〔雪姫ちゃんのチェイスで手汗がやばい〕


「すみません、しばらく本気で逃げるので喋れないかもしれません! 私が食べられたらМチューブにチャンネルがBANされかねませんから……!!」


〔心配するのはそこなのかwwww〕

〔食われるのが怖いとかではなく????〕

〔ボケてるのかと思ったら表情が今までにないくらい真剣で草〕


 チャンネルがBANされようものなら、俺の収入は消滅し<完全回帰薬>は作れなくなり夏休み後に俺は銀髪幼女男子高校生として生活することになってしまう……!

 絶対にやられるわけにはいかない!


 逃げながら、最近須々木崎邸の地下で【滑走】の練習をしておいてよかったとしみじみ思う。そうでなければ今頃とっくに転んで死んでいるだろう。それはそれでチャンネルBANは免れるかもしれないが、ユニーク装備の弱点がバレかねないので極力避けたい。


 ダンジョンの入口まで戻り、ゲートから地上に逃げ込む。


 ……ん? 待てよ?


「もしかして私がダンジョンイーターを入口付近まで連れて行ったら大パニックになるのでは……?」


〔大丈夫、横浜中華街ダンジョンのロビーで協会職員がダンジョンにしばらく入らないよう封鎖してる! 入口の近くには誰もいないはず!〕

〔現地民!〕

〔ナイス報告〕

〔何なら討伐隊もすぐ来るだろうし、引き合わせるためにもダンジョンイーターを連れて行ったほうがいいまである〕


 どうやら協会職員がダンジョンに新しく探索者が入らないよう規制してくれているようだ。それなら問題ない。


 ……なんて、一瞬注意を逸らしたせいか。


『ガルアアア!』


「――ッ、遠距離攻撃!?」


 背後から追いかけてくるダッシュイーターは、毒々しい色の液体を吐き出してきた。胃液か何かか……!? 俺は咄嗟に回避できず、それをもろに浴びてしまう。

 胃液そのものにダメージはないらしく、魔力体が破壊されることはなかった。


 だがいきなりのことでバランスを崩して転びかける。

 やばい!


 ――パシュッ!


「……ぶ、無事……ですか」


 <薄氷のドレス>に追加した【確率防御】スキルが俺を転倒のダメージから守ったようだ。これって誰かからの攻撃じゃなくても発動するんだな。


 っていうかさっきの胃液は一体何だったんだ? 目くらまし?


 シュウウウウ……


 おい、何だこの音――って、


「きゃあああああああ!?」


 思わず自分の体を抱きしめるようにして前を隠す。服が溶けて鎖骨の下まで見えそうになってるんだが!?


〔!?!?!?!?!?〕

〔雪姫ちゃんの服が!〕

〔見え……見え……ッ!〕

〔ダッシュイーターの胃酸、装備品にダメージ与えるんだよな……錬金炉ですぐに直せるけど……〕

〔うおおおおおおおおおおおお……おおおおお……〕

〔恥じらう雪姫ちゃんは可愛いけど比べ物にならないほど罪悪感がすごい!〕

〔……わかる。ごめん雪姫ちゃん……見るつもりはなくて……〕

〔普段あんなノリでなんだけど、実際ラッキースケベを目の前にするとすごい死にたくなるな……〕

To-ko channel〔鼻血が止まったから配信開いたらさっきの倍くらい出てきたよ雪姫ちゃん! っていうかこれどういう状況!?!?〕

〔トーコ姐さんははやく横浜中華街ダンジョンに救援に行ってもろて〕

〔この人初回の鼻血一時間以上出し続けてたのか……?(困惑)〕

〔あーもうぐっちゃぐちゃだよ!〕


 くそっ、グロ方面だけじゃなくてこっちの方面からも俺のチャンネルを潰すつもりかダッシュイーター! なんて厄介な敵なんだ!


 ドレスも全部溶けてしまうようなことはなかったから、さすがにこれでBANされることはないと思うが……もう一発胃液を食らおうものなら本当に大変なことになりかねない。


「……ぁ」


 そして気付く。

 <薄氷のドレス>が破損したからか、直前まで纏っていた青い光が消えている。

 <薄氷のドレス>の効果が切れたようだ。となると、まさか【滑走】もなくなっている?


『グルウウウウウウ……』

「ひっ」


 ズンッ……


 ダッシュイーターが目の前までやってきた。尻もちをつく俺はすぐには逃げられない。

 やばい、詰んだ。

 これはもう自殺するしかないか? 配信では非推奨とされてるんだがなあ……


〔ああああああああああ〕

〔やばいやばいやばいやばい〕

〔やめてやめてくださいマジで何でもしますから〕

〔あかんもう見てられない〕

〔姫ぇ……〕

〔かわいそうすぎるって! かわいそうは可愛いにも限度があるって!!〕

〔訓練された視聴者でもスプラッタはちょっと……〕

〔雪姫ちゃんには幸せになってほしいんだ、リョナはいらないんだ……!〕

〔嫌だああああああああああああああああああああ〕

〔無理、ほんと無理〕

〔雪姫ちゃん何とか逃げられない? 逃げられない……よなあ……〕


 ……仕方ない、これ以上ダッシュイーターに探索者を食わせて強化させるのもまずいだろうし、ここは潔く死んでおこう。


「みなさん、すみません。私の力が及びませんでした。責任を取らせていただきます……」


〔悲壮すぎるって!〕

〔切腹みたいになってるから!〕

〔誰かああああああああああうちの姫を助けてくれえええええええええ!!〕


 俺は<初心の杖>を自分のこめかみに向けた。

 そして【アイスショット】を唱えようとした瞬間――


「せぇーのっっ!」


 ドパァン!


『――!?』


 赤髪の女の子が飛び込んできて、真横からダッシュイーターを殴り飛ばした。火薬が爆ぜるような音とともに爆発が起こる。あまりの衝撃に巨体を誇るダッシュイーターが一メートル近く吹き飛んだ。

 な、何だ? 何が起こってるんだ?


「大きな音が聞こえたから来てみたら何これー!? 大変なことになってるじゃん! あんなでっかいダッシュイーター初めて見たんだけど!?」


〔!?!?!?!?〕

〔うおあああああああああああああ!?〕

〔マジか〕

〔ばなちゃん!〕

〔最近横浜中華街ダンジョンに来てるのは知ってたけど!〕

〔ここで助けに来るのはヒーローすぎる!〕

〔勝 利 確 定 B G M〕

〔こん爆破――――――!!!!〕


 タガが外れたようにコメント欄が高速で流れた。

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