横浜中華街ダンジョン攻略配信
「こんにちは、みなさん。新人ダンジョン配信者の雪姫です」
横浜中華街ダンジョンにやってきた俺は、さっそく配信を始めることにした。
〔きた!〕
〔始まったああああああ〕
〔いつ見ても可愛いなマイエンジェル〕
〔俺たちの姫!!!!〕
〔雪姫ちゃん、また見ないうちに綺麗になって……〕
「また私のことを可愛い可愛いと……前回のトーコさんとのコラボを見てくれた方ならわかってくれると思いますが、ゲームの中とはいえ勇敢に前衛を努めたんですよ? そろそろ評価を改めてくれないと困ります」
まったく、この視聴者たちは悪乗りが過ぎる。いい加減自分の心に正直になってほしい。
〔勇敢……?〕
〔可愛い悲鳴しか記憶にない〕
〔耳が幸せでした〕
〔守ってあげたさが爆増した〕
〔何ならいつもより可愛かった気がするゾ〕
「『いつもより可愛かった』はおかしいですよね!? 私あんなに頑張ったのに……!」
やられてもやられても立ち上がる俺の不屈の精神を見てなおこの評価。俺は一体どうしたらいいんだ。
To-ko channel〔これはもう一度コラボしてわからせるしかないよ! 雪姫ちゃんのかっこよさを!!〕
「あ、トーコさん!」
昨日コラボしたばかりの刀子さんがコメントをしてくれる。
俺のキャラが確立されるまでコメントは控えていたようだが、昨日のコラボで関係性ができたことでそれは解禁されたらしい。
「そうですよね。みんな私のことをわかってくれていません。今度また一緒に遊んでください! 私、トーコさんがお酒を美味しく飲めるようにおつまみを作っていきます!」
刀子さんは酒好きという噂だ。おつまみを作って持っていけば、きっと喜んでくれることだろう。
To-ko channel〔ごめん雪姫ちゃん、鼻血止めなきゃいけないからその話は後で詰めさせて〕
〔草〕
〔トーコ姐さんwwww〕
〔推しの手作り料理を食べられる、という状況に興奮が抑えきれなかったか……〕
どうしてこの人は俺と話すとちょくちょく様子がおかしくなるんだろう。他の視聴者とあんまり変わらないような……
いや、そんなはずはない。
刀子さんは頼れる偉大な先輩配信者だ。変態であるはずがない。
って、前置きが長くなってるな。
配信を進めよう。
「え、ええと、トーコさんとの次回コラボはまた後で相談するとして。本題ですが――今日はここ、横浜中華街ダンジョンの攻略配信を行いたいと思います!」
〔うおおおおおおおおおおおおおお!!〕
〔新ダンジョンキタァアアアアアアアアアアアアアア!〕
〔横浜民大歓喜〕
配信用ドローンを操作し周囲を映す。
まあ背景は最初から映っていたので、視聴者もわかっていた人も多そうだったが。
横浜中華街ダンジョン。
主な地形は森、平原、岩山、湖など。
新宿ダンジョンと同じく上下移動のない、水平方向にのみ広がるダンジョンとなっている。
特徴的な要素が二つあり、まずはダンジョンの中心部にある巨大な火山だ。
「あれが中央火山ですね。知らない人のために説明しますと、この横浜中華街ダンジョンは中心に大きな火山があって、その東西で出現モンスターが微妙に変わるそうです。たまに噴火もするので近くにいる間は火山弾に注意……とのことです」
〔とのことです草〕
〔思いっきり協会サイトの説明読んでるなww〕
「一番わかりやすくまとまっているので……」
というかこのダンジョンに来ること自体今朝急に決まったことなので、予習が追いついていないのだ。変なミスをしないといいんだが。
「もう一つ特徴として、このダンジョンにはエリアの区切りが存在しません。そのため、出現モンスターがどの位置でもほぼ同じとなっています」
まあ完全に同一というわけじゃないんだが、これも大きな特徴だろう。
〔闇鍋ダンジョンだからなあ。入っていきなり強いのと鉢合わせする可能性もある〕
〔特にここモンスターの強い弱いの差が激しいから怖い〕
〔ヤバいやつは下手に挑むとBランクパーティでも蹴散らされたりするから……〕
「強いモンスターもいる、というのは聞いています。挑んでみたい気持ちもありますが、今日のところはやり過ごす方針で。なにしろ私はまだEランクになったばかりなので」
〔雪姫ちゃんを普通のEランクと言うのは語弊が……〕
〔まあ、雪姫ちゃんのやりたいようにやってくれたらヨシ!〕
「ありがとうございます。……と、ちょっと触れておきたいコメントがありましたね。『今日はガーベラちゃんはいないの?』ということですが――」
当然だが今日の配信にガーベラはいない。俺が弱かったせいで、ガーベラは一度死に、今はリーテルシア様のもとで蘇生の処置を受けている。
「ガーベラは……その、ですね」
思わず言いよどんでしまう。
くそ、しっかりしろ。配信中に落ち込んでてどうする。
俺はできる限り元気よく言った。
「ガーベラは……しばらく配信をお休みすることになりました。前回の配信で色々とやらかしてしまった影響で、リーテルシア様からお𠮟りを受けまして」
〔ああ……w〕
〔例の怪しい粉か〕
〔ゲーミングダンゴムシの一件、やっぱ怒られたのかwwww〕
「はい。なので、当面は私一人での配信になるかと思います」
という設定だ。
ピンク髪の少女がこの配信を見てもいいように嘘を吐いておく。
本当ならガーベラは死んだ、と伝えるのが一番安全なんだが……そんなことを言おうものなら配信がお通夜になるでしょ、とは月音の弁。
今後復活するにしろ、少なくとも今回の配信でガーベラはいない。
久しぶりの俺単独での配信となる。
……
俺は配信用ドローンを見上げる。
「…………あの、やっぱり私ひとりだとだめでしょうか……?」
ガーベラは配信を盛り上げてくれていたし、前回のトーコさんとのコラボ配信も終始楽しい雰囲気だった。
ああいった空気に視聴者が慣れてしまっていたら、俺ひとりの配信では物足りなくなる可能性もある。
全力で楽しい配信をするつもりだが、さすがに不安がないことも――
〔ぎゃあああああああああああ可愛いいいいいいいい!〕
〔衛生兵! 衛生兵を呼べ――――ッ!〕
〔勘弁してくれ! もう病院のベッドに空きがねえよ!〕
〔雪姫ちゃんわざとか!? そんな上目遣い&不安そうにギュッと胸元で手を握りながら『私ひとりだとだめでしょうか……?』とか死人も出るって!〕
〔マジで俺の子にならない? 絶対寂しい思いとかさせないけど〕
〔いやうちに来てくれ!〕
〔はい死んだ。雪姫ちゃんが可愛すぎて萌え死んだ〕
なぜかコメント欄が爆速で流れ始めた。ゴールドチャットも増える一方。何だ……? 俺が一体何をしたというんだ……?
よくわからないが、俺一人というのでそこまでがっかりされている印象はなさそうだ。
ならまあいいか。……いいか?
「と、とにかく、そういうわけなので今日は私ひとりの配信になります。目標は特に決めていませんが、ひとまずキー部屋到達を目安にやっていこうと思います」
配信画面に『目標:キー部屋到達』の文字を表示し、俺はダンジョン探索を始めた。
▽
横浜中華街ダンジョンのスタート地点付近は密林となっている。
密林といっても、新宿ダンジョンの木々よりも生えている木がやたらでかい。
なんかこう、スケールが大きい森だ。
死角が多く、あちこちから葉を擦って何かが移動する音が聞こえる。
うおお、緊張するな……!
恐竜が出るとか言われたら普通のモンスターより怖い気がする。リアル感があるというか……いきなり物陰から飛び掛かられて食い殺されたりしないよな?
ガサガサッ。
「――ッ!?」
『きゅうー』
「……って、ネズミ?」
現れたのは子犬のようなサイズのネズミ型モンスターだった。あれ、恐竜は?
〔あー、スモークラットか〕
〔このダンジョン、意外と獣系モンスターいるんだよな〕
〔そして例外なく変な能力を持っているという……〕
〔素のスペックだとラプトル系とかのモンスターには勝てないから、生存戦略で変な能力手に入れたみたいな説聞いたことある〕
どうやらこのダンジョン、思ったより色んな種類のモンスターがいるようだ。
しかし変な能力ねえ。
とりあえず一発ぶっ放してみよう。
「【アイスショット】!」
ボフン!
「……んん?」
『キキキキキ!』
ネズミ型モンスター、コメント欄によればスモークラットというらしいモンスターは、俺が放った【アイスショット】の直撃を受けてもぴんぴんしている。
というか、効いてない……?
氷の弾丸が命中した瞬間、まるで煙のようにスモークラットは四散した。しかし数秒後には煙が集まってきて元通りになってしまった。何だこいつ!?
『『『キキキキキキキキッ!』』』
「増えた!?」
倒したと思ったら復活した挙句十匹くらいに増えた。本当に何だこいつ!?
〔煙ネズミ、相変わらず面倒くさくて草〕
〔本当いやらしいわこいつ。分身で相手弱らせて、本体は絶対有利になるまで出てこない〕
〔ここまでしないと横浜中華街ダンジョンでは生き残れないんや……〕
〔雪姫ちゃん、本体探したほうがいい! 煙分身はいくら倒しても意味ない!〕
〔何なら逃げるのもあり!〕
「分身……なるほど」
どうやら俺を取り囲んでいるスモークラットたちは全部分身らしい。倒しても無駄か。
ダンジョンの中とはいえ風もあるし、煙を操るなら近くに本体もいそうだな。
『キキーッキキキキキ!』
「……」
この馬鹿にしたような笑い方、なんかピンク髪の少女を思い出すな……
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは略奪者を貫く氷の針」
<初心の杖>を構える。
「【アイスニードル】!」
ドガガガガガカガガッ――バキバキバキバキッ!!
『『『ギャウ!?』』』
地面からいくつもの氷の針が生え、その場にいたスモークラットを全員串刺しにする。
周囲の木々ごとへし折ってしまったけど、まあ周囲に人はいなさそうだったから問題ないだろう。これで見晴らしがよくなったな。
「さて、本体を探さないとですね」
〔パワープレイすぎィ!〕
〔地形を更地にしながら隠れた敵を探す……うん、いつもの雪姫ちゃんだな!〕
〔串刺しにされた煙ネズミたちに同情を禁じ得ない〕
〔雪姫ちゃんの前に立って生き残れるわけないだろ! いい加減にしろ!〕
『ギュゥ……!』
なぎ倒された木の向こうから何やら悲鳴が。
そっちに向かうと、煙分身と同じ形をしたスモークラットがしっぽを氷の針に貫かれてじたばたともがいていた。きっとこれが本体なんだろう。
『きゅ、きゅうー♡』
命乞いをするようにうるうるとした目で見上げてくるスモークラット。
その語尾に♡をつけるような媚びた態度、ますますピンク髪の少女を思い出す……!
「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る氷槍、【アイシクル】」
『ギョアアアアアアアア!?』
スモークラットの本体は至近距離から打ち込まれた氷の槍によって消滅した。
煙分身が復活してくる様子もないし、やはりこれが本体だったようだ。
「これで倒せたみたいですね」
〔せ、せやな!〕
〔身動きの取れない相手に雪姫ちゃんの【アイシクル】は容赦なさすぎでは……?〕
〔姫様こわいよぉ!〕
〔俺も姫様に串刺しにされたい〕
〔鞭で叩かれたい〕
「別に嗜虐心に目覚めたとかではないですよ!? 単に語尾に♡をつけられると殺意が芽生えてしまうだけで……」
後半のコメントはいつも通りなので突っ込まない。
〔雪姫ちゃんに一体何があったのか……(困惑)〕
〔まあ雪姫ちゃんくらい可愛いと他の女子といさかいもあるんだろ多分〕
〔きっと媚び系女子とトラブルでもあったんだろうな……女子社会ってこええな……〕
気が付いたら妙な誤解を受けていたが、ピンク髪の少女を連想させることは迂闊に言えないのでスルーするしかないんだよなあ……
「と、とにかく攻略に戻りましょう。意外とこのダンジョン、恐竜系モンスターは少ないのかもしれませんね」
最初に出会ったモンスターがこんな感じだ。
色んな種類のモンスターがいるようだし、恐竜と戦う機会は案外少ないのかもしれない。
〔いやー……〕
〔それはどうかなー〕
〔って雪姫ちゃん、後ろ後ろ!〕
「え? 後ろ? ぴゃっ」
ズンッ……!
体が浮くほどの大きな振動。これ……足音か!?
後ろを向くと、そこには何やら灰色の塊が視界に広がっていた。
それは“足”だ。
視線を上げていくと、同じく灰色の胴体が空を塞いでいるのが見える。
『――――――、』
「わぁああああああああ」
木々をへし折って進んでいくそれの移動ルートから外れてやり過ごす。
バキバキッ……バキバキッ……
そのモンスターは俺なんかには気付いていないように物騒な音を立てながら進んでいく。しばらく経ってようやくその全身が俺の視界に収まりきった。
簡単にいうと頭に王冠を乗せたブラキオサウルス。
首が長い四本足の草食恐竜だ。
高さは二十メートル以上あるだろう。全長はさらに大きくおそらく三十メートル超え。
七~八階建てのビルが移動しているみたいなものだ。
ええ……? 何あの化け物……
〔タワーサウルスさんは今日もお散歩中ですか〕
〔横浜中華街ダンジョン三大触ったらあかんモンスター筆頭〕
〔まあ王冠叩き落とさなかったら襲ってこないし安全安全〕
〔ステータスはAランクダンジョンのモンスター並に強いらしいけどな……〕
コメント欄によればあの王冠ブラキオサウルス――タワーサウルスは相当強いらしい。ただしこっちから仕掛けなければ何もしてこないとのこと。
また、王冠を頭から落とさない限りはどんな攻撃も無効化されてしまうようだ。
ちなみにあのモンスターはダンジョン内を決まったルートでぐるぐる回っているらしい。
「なるほど、ダンジョンの中で出現モンスターが一定というのがよくわかりました」
入口付近で見かけていい相手じゃないだろあんなの。
撮れ高のために挑んでみるか……? と一瞬悩んだが諦める。
王冠を落とさないとそもそも勝負が成立しないらしいが、あの高さの王冠をどうやって落とせと。
空でも飛ばない限り難しいだろう。
まあ、王冠を落とす作戦でも思いついたら一度くらいは挑んでみてもいいかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます