四ノ宮刀子

「はじめまして雪姫ちゃん、私は四ノ宮刀子! よろしくね!」


「は、はい。よろしくお願いします」


 箱根ダンジョンで<竜癒草>を入手した翌日、須々木崎邸の食堂で俺は予想外の大物探索者と対面していた。


 四ノ宮刀子。


 個人ダンジョン配信者として国内トップの登録者を誇る人物だ。

 Sランクに名を連ねる実力者であり、かつては水鏡さんとパーティを組んでいたとか。


 服装はTシャツに細身のパンツ、背は百六十五センチくらい。薄着なせいでぐぐっと盛り上がる胸が強調され、さっきから目の毒だ。


 長い黒髪はポニーテールにまとめていて、全体的に活動的な年上のお姉さんという感じ。


 相当な美人でもあるし、人気が出るのもわかる気がするな。


「刀子、初対面の相手にあまり詰め寄るのは控えてください」


「えー、みかみー冷たい」


 水鏡さんの言葉におどける刀子さん。仲がよさそうだ。


 今朝、水鏡さんから<アンブロシアの実>――<完全回帰薬>の材料の一つについて話をされた。

 もともと譲ってもらう手はずになっていたが、その相手が目の前にいる四ノ宮さんらしい。


 水鏡さんは四ノ宮さんにいろいろ貸しがあり、その清算ということで貴重な<アンブロシアの実>を譲ってもらうことになっていたんだとか。


 最初は水鏡さんが受けとる予定だったが、四ノ宮さんが俺に話があるようで、俺も立ち会うことになった、というのがことの経緯である。


 ちなみにこの場にいるのは俺、水鏡さん、四ノ宮さんのみ。


 茜は若返りを知られたらまずいので自室にこもり、月音は「直接会ったら緊張して死にそうだから」という理由で同じく部屋に待機している。


「四ノ宮さんは前に私の配信でコメントしてくださいましたよね。神保町ダンジョンの攻略配信で」


「えーっ、雪姫ちゃん覚えててくれたの!? いやーあの時はごめんね出しゃばっちゃって」


「いえ、助かりました。私は初心者なので、ああいうアドバイスはありがたいです」


「そう言ってもらえてよかったよ。あ、私のことは刀子でいいよ」


「わかりました、刀子さん。……ふふ、お会いするまでちょっと緊張してたんですが、すごく気さくな方でほっとしました」


 何せ相手は登録者国内トップの大先輩なのだ。

 失礼なことをしようものなら配信者生命にかかわるんじゃないかと怯えていたが、ふたを開けてみたらいい人そのもの。思わず内心で胸を撫でおろした。


「(ア゛ッか゛わ゛い゛い゛雪姫ちゃんの笑顔は世界一ィィィイイイ)」


「刀子さん?」


「ううん、何でもないよ。気にしないで」


 爽やかに笑う四ノ宮さん改め刀子さん。私の隣から水鏡さんが冷たい視線を向けているのが気にならないでもない。


「さっそくだけど――これが<アンブロシアの実>だよ」


 刀子さんが大きめの瓶を二つ取り出す。透明な液体で満たされたそれらの中には、赤く丸い木の実が入っていた。


「……本当にいただいてしまっていいんですか?」


「もちろん。って言いたいところだけど、先に雪姫ちゃんに話しておきたいことがあって」


「私に、ですか?」


「うん。率直に言うけど――雪姫ちゃんには私の仲間と一緒にSSランクダンジョンに挑んでほしいんだ」


 俺は一瞬何を言われたのかわからなかった。


「え、SSランクダンジョン……!? 私、まだEランクなんですが……」


「あはは、今すぐじゃなくていいよ。雪姫ちゃんがSランクになってからの話。日本のSSランクダンジョンって一つしかないんだけど、あれ、多分氷属性の魔術師がいないと攻略できないんだよね」


「私以外にも氷属性の魔術師なんていくらでもいるような……」


「そうなんだけど、やっぱり雪姫ちゃんの才能はその中でも抜きんでてると思う。配信を見てればわかるよ。今はランクが低くても、すぐに上がるだろうと思ってる」


「そうですね。まだお会いして間もないですが、雪姫様のセンスはずば抜けていると感じます」


「み、水鏡さんまで」


 自分よりはるかに格上の探索者二人に褒められ、何とも言えない気持ちになる。

 昨日ピンク髪の少女にこてんぱんにやられたばっかりだからなぁ。


「まあ、雪姫様が先ほどまで地下で練習していた【滑走】の技術には、まだ改善の余地はありそうですが。魔術師としての実力はすでに相当なものです」


「って、水鏡さん見てたんですか!? 私が何回も転んだところを!」


「とても頑張っていらっしゃったので、声をかけるのも無粋かと」


「無言で見られるのもそれはそれで恥ずかしいんですが!」


 せめているならいると言ってほしい!


「でゅへっ、でゅへへへへっ、雪姫ちゃんはスケートの練習をしてたんだねぇ。いっぱい頑張ってて偉いねぇ」


「あの、刀子さん? 笑い方が……」


「あ、ごめんごめん。ちょっと口内炎があって」


 口内炎があるのか。それは喋りにくくて大変そうだ。


「話を戻すけど、雪姫ちゃんにはできればその時協力してほしい。どうかな?」


 SSランクダンジョンの攻略に協力してくれ、か。


 ……可能なのか、これ?


 俺がSランク探索者になるには相当な時間がかかるだろう。

 うまくいっても数年は必要のはず。

 材料集めが大変とはいえ、その頃には<完全回帰薬>が完成していてもおかしくない。


 そして元の体に戻れば、ダンジョン配信者“雪姫”は消滅する。


 SSランクダンジョンに挑戦する以前の問題だ。

 だが――ここで俺が拒否したら<アンブロシアの実>はもらえないんじゃないか?

 どう答えるのが正解だ……?


「じゃ、話を聞いてもらったことだし<アンブロシアの実>はあげる」


「え?」


 なんて考えていたら、あっさり刀子さんは<アンブロシアの実>を二つともこっちに押しやってきた。


「あ、あの、刀子さん。SSランクダンジョンのことは……」


「Sランクになった時に返事をくれればいいよ。これはお近づきの印ってことで」


「い、いいんですか!?」


「もともとみかみーにはあげるって言ってたしね。それに、雪姫ちゃんって友達の体を治すために頑張ってるんでしょ? それを盾に約束するのは卑怯すぎるしね」


 そう言ってあははと笑う刀子さん。


 なんていい人なんだ……!

 ……いい人すぎて逆に申し訳なくなってきたな。


 俺、何もしてないのにこんな貴重なものをもらってしまっていいのか? いや、水鏡さんがもともと話をつけてくれていたから気にする必要はないのかもしれないが。


「あ、あの、刀子さん。私に何かできることはないですか? 私にできることなら何でもします!」


「ななななな何でも!? 何でもって言ったの今!?」


「はい! 私にできることなら何でも!」


「雪姫様、それは飢えた肉食獣の前にシマウマが出ていくようなものですよ」


「へ?」


 水鏡さんは何を言っているんだろう。


「それじゃあバニースーツ――じゃなくて、夏っぽく浴衣――でもなくて、プレゼントは私、みたいな感じで裸にリボン――でもなくて、ああ、ああああッ、大人しくして私の中の獣……ッッ!」


「刀子さん!?」


 何だ!? 俺はもしかして致命的な発言をしたのか!?


「フーッ、フーッ……ごめん雪姫ちゃん。ちょっと寝不足で」


「そ、そうですか」


 なぜだろう。たびたび見える刀子さんの奇行は、何となく体調不良とは関係ないような気がする。


「えっとー……<アンブロシアの実>はもちろんあげるけど、それとは別に雪姫ちゃんにお願いしたいことが一個だけあってぇ……もちろん断ってくれても全然いいんだけどぉ……」


 もじもじしながらそんなことを言う刀子さん。


「何ですか?」


「えっとね――」





有望な新人ダンジョン配信者について語るスレ234



5:名無しの探索者

今日も雪姫ちゃんの配信なしかぁ


6:名無しの探索者

姫……姫はいずこ……


7:名無しの探索者

二日空いただけで雪姫ちゃんロスがきつい。俺はもう駄目かもしれない


8:名無しの探索者

家族を置いて単身赴任中のお父さんのような気持ちになる。娘に会いたい……


9:名無しの探索者

雪姫ちゃんはお前らの娘じゃない定期


10:名無しの探索者

まあ配信はあのカロリーだし毎日はしんどかろう

Twister更新は毎日してくれてるからそれで耐えるのだ


11:名無しの探索者

今日は……「みんなも知ってるあの方とお会いしました」????


12:名無しの探索者

写真もあるな。

二人ぶんのピースしてる手だけ映ってる。これ誰だ?


13:名無しの探索者

まさか……男……??

と思ったら『※女性の方ですよ~』ってちゃんと書いてあった

あぶねえ……死ぬところだった……


14:名無しの探索者

雪姫ちゃんって配信者の友達とかいるのか?


15:名無しの探索者

いやー……どうだろう。

少なくともTwisterで絡んでる人はいなさそう。


16:名無しの探索者

【悲報】我らが姫、ぼっち説


17:名無しの探索者

ガーベラちゃんとリーテルシアママがいるだろ!


18:名無しの探索者

まあ、正直こんだけ一気に注目されると友達できにくそうではある。

なんか似た境遇の配信者じゃないと悩みとか共有できなさそうだし


19:名無しの探索者

全然関係ないけど、Twister運用してるのって雪姫ちゃんじゃなさそうじゃね?

なんかこう、雪姫ちゃんっぽくないんだよな投稿内容とか


20:名無しの探索者

あー、わかる。前のホットケーキ疑似あーんとか明らかにニーズわかってるよな

雪姫ちゃんはそういうのどっちかというと鈍そうなのに


21:名無しの探索者

我らのツボを完璧に把握している参謀がいると見た

っていうか普通にお姉ちゃんじゃね?

普段の配信も画面操作は基本的にお姉ちゃんが遠隔でやってるらしいし


22:名無しの探索者

絶対この姉妹いい匂いしそう


23:名無しの探索者

わかる


24:名無しの探索者

それ以上はよすんだ


25:名無しの探索者

っていうか最近雪姫ちゃんの話ばっかりだな。

他の新人の話もしようぜ


26:名無しの探索者

???「こん爆破ー!」


27:

ばなちゃん可愛い。元気もらえる


28:名無しの探索者

雪姫ちゃんが大人しい系の娘だとするなら、ばなちゃんは休みの日に一緒にキャッチボールしたくなる系の娘


29:名無しの探索者

うむ。アウトドア派の俺はばなちゃんみたいな娘がほしい


30:名無しの探索者

ばなちゃんも娘ではないんだよなあ……


31:名無しの探索者

でもばなちゃんは新人かと言われるとそろそろ違う気がする


32:名無しの探索者

まあ活動半年経ってるしなあ

最近配信多めだからよく見てる。なんか素材アイテム集めてるっぽい?


33:名無しの探索者

ほーん。見てみよっかな

情報さんくす


34:名無しの探索者

推しは何人いてもよい……


35:名無しの探索者

ん?


36:名無しの探索者

……おお!?


37:名無しの探索者

雪姫ちゃんのTwister……これマジ? 絶対見たいんだけど??????



【コラボ回】トーコお姉さんと直接会ってお話します【雪姫】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る