虚霊少女4

 杖を奪い返した。

 リーテルシア様の犠牲を無駄にするわけにはいかない。

 すぐに離脱しないと。


 <初心の杖>の先端を自分の胸の中心に当てる。普段なら魔力体とはいえ恐怖を感じるだろうが、今はそんな感情を抱く余裕もない。


「【アイス――」


「【シャドーチェーン】!!」


 ジャララララララララッ!


 俺の足元から黒い鎖が何本も伸びてきて、俺の体に絡みつく。<初心の杖>は腕ごとあらぬ方向に向けられ、自死を阻まれる。


「しつこい……っ!」


 視線を巡らせる。

 拘束を抜け出したピンク髪の少女が、氷柱の破片の上に降り立つのが見えた。


「何死んで逃げようとしてるのかなああああああ、雪姫? アンタの仲間の女……捨て身とは恐れ入ったよ、まんまと杖を奪われちゃった。でもあのくらいでアタシから逃げ切れると本気で思ってるわけ? 逃がすわけねーだろクソガキが!」


 目を血走らせて叫ぶピンク髪の少女。


 麻痺の名残も見てとれない。

 こいつ、状態異常に対する耐性まであるのか!?

 ローブの生地にはいくつか穴が空いている。

 リーテルシア様が打ち込んだ木の槍を、ローブを引きちぎって無理やり拘束から抜け出してきたようだ。


「取り戻した瞬間に自殺しようとするなんて、その杖がよっぽど大事みたいだねえ! アンタから杖を奪って目の前で百回踏みつぶして粉々にしてやる。そのかわいー顔をぐっちゃぐちゃにしてやんよ!」


「やめろ、来るなっ……!」


「逃げたいなら逃げてみれば? できるわけないけど!」


 ピンク髪の少女が無造作に近づいてきて、影の鎖で縛られた俺から<妖精の鎮魂杖>を奪う。

 何度も闇魔術で能力値を下げられ、動きまで封じられた俺に抵抗のすべはなかった。


 バキッ!


「ああ、ああああああっ……!」


「あははははははは! いい顔!」


 杖が俺の目の前で真っ二つに折られる。

 ピンク髪の少女は高笑いしながら分割された杖を踏みつけた。

 何度も何度も、杖がただの木クズになり果てるまで。



 そして

 ――そして。



「Stop it, stop it...how could you do such a terrible thing!?(やめろ、やめてくれ……どうしてお前はそんなひどいことができるんだ!?)」


The silver-haired girl sheds tears.(銀髪の少女が涙を流す。)

I felt great when I saw that.(アタシはそれを見て最高の気分になった。)


「It's obvious, because it feels good! The most fun in life is when you steal someone's precious things and trample on them like this!(決まってるじゃん、気持ちいいからだよ! こうやって人の大切なものを奪って踏みにじる時が人生で一番楽しい!)」


「You damn woman!(このクソ女)!」


「Well, I'm satisfied...then I'll kill you. Bye bye♡(さて、満足したし……それじゃ殺すね。ばいば~い♡)」


A shadow blade pierces the silver-haired girl.(影の刃が銀髪の少女を貫く。)

With a look of despair on her face, the silver-haired girl turned into magical

gas and disappeared.(絶望の表情を浮かべながら銀髪の少女は魔力ガスとなって消えていった。)


I'm sure she was cursing her own powerlessness.(きっと彼女は自分の無力を呪っていたことだろう。)


「AHA! Ahaha! Ahahahahahahahaha!(あは! あはは! あはははははははははははははは!)」


I continued to laugh, feeling an indescribable sense of exhilaration――.(アタシはたとえようもない爽快感の中、笑い続けた――)




















「――という具合に、



 フェアリーガーデンにある白い四阿。

 優雅に椅子につくリーテルシア様はそう告げた。


 無事に<妖精の鎮魂杖>を取り戻したあと、俺はこの場所でリーテルシア様の本体と合流していた。


「正直、リーテルシア様の分身がやられた時にはどうなることかと思いました……」


 あの時のことを思い出すだけで背筋が凍りそうだ。


「すみません、幻覚作用のある花粉をあの少女に吸わせるには攻撃直後の隙を狙うしかなく……結果的にユキヒメを取り残す形になってしまいました」


「あ、いや、いいんですけどね。花粉を吸ってからはあのピンク頭、見当違いの方向に向かって魔術撃ってましたし」


 どうして俺たちが無事に逃げ切れたのか。

 それはリーテルシア様が放った魔術【フラワーボム】のおかげだ。


 あの魔術は破裂すると同時に任意の効果を付与した花粉を撒き散らす効果があるらしい。リーテルシア様はそれを使ってピンク髪の少女に幻覚作用のある花粉を吸わせた。


 俺は麻痺だと勘違いしかけたが、よくよく思い出すと食らった直後にピンク髪の少女は一瞬だけうつろな顔をしてたんだよな。

 言われてみれば確かにそれっぽい。


 木の槍を打ち込んでピンク髪の少女を一時的に拘束したリーテルシア様は、取り戻した<妖精の鎮魂杖>を俺に渡し、同時にピンク髪の少女が幻覚を見ていることを伝えた。


 そこでリーテルシア様の分身が限界を迎えて俺は一人に。

 リーテルシア様が俺を取り残した、と言っていたのはこの場面のことだ。


 幻覚を見始めたピンク髪の少女は、俺が序盤に撃った【アイシクル】の破片を影の鎖で捕まえていたぶり始めた。


 <妖精の鎮魂杖>と勘違いしたのか、氷の破片を割ったり踏みにじったりもしていたな。


 そんなピンク髪の少女に悟られないよう、俺は本物の<妖精の鎮魂杖>を持ってキー部屋を脱出。そのまま適当な木を入口にフェアリーガーデンに退避したというわけだ。


 ちなみに茜には報告済み。

 その時聞いたが、水鏡さんはどうにか自死して今は新宿の探索者協会に戻っているようだ。


「……ガーベラはどうですか?」


 すでに<妖精の鎮魂杖>はリーテルシア様に渡している。

 リーテルシア様はその杖を撫で、意識を集中させるような仕草をしてから言った。


「問題ありません。あの子の魂を感じます。時間はかかりますが、これなら完全に復活させることが可能でしょう」


「そうですか! よかった……! 本当によかったです」


 安堵して思わずへたり込みそうになる。

 すぐには無理だとしても、またガーベラと会える。

 その時こそ俺が隠していたことを全部話すとしよう。

 くすりとリーテルシア様が微笑む。


「……本当にあなたは綺麗な心を持っていますね」


「え?」


「いえ、気にしないでください。それより<竜癒草>とやらは無事ですか?」


「あ、はい。これだけはポーチに入れていたので」


 俺はマジックポーチから<竜癒草>を取り出す。


 他のドロップアイテムはキー部屋に置き去りにしてしまったが、これさえあれば<完全回帰薬>を作るのに問題はない。

 最後に特大のトラブルはあったが、どうにか目的を果たすことができた。


「本当にありがとうございます、リーテルシア様。リーテルシア様が来てくれなかったら今頃どうなっていたか……」


「このくらいは当然のことです――と言いたいところですが、正直に言いましょう。ユキヒメ、今回のことは例外です」


「例外?」


「私がフェアリーガーデンの外でできることには限界があります。今回のようなことはそう頻繁にできません。次に似た状況が起きたとしても、私が助けに入れない可能性があります」


「……」


「ですから、強くなってください。さっきの少女に一人で勝てるくらいには」


 正直、できる気がしない。

 けれどリーテルシア様に助けてもらわないと何もできないようじゃ、この先やっていけないだろう。


「……はい」


「もう一つ。奥の手があるのなら、切る時は躊躇してはなりません。抱え込んで勝てる戦いを取りこぼすのは悪手です」


「き、気付いてたんですか?」


「もちろん」


 リーテルシア様の言う通り、俺は<薄氷のティアラ>の効果である【アイシクルハザード】を使おうかと考えていた。


 その前にリーテルシア様が動いたので結局使わずじまいだったが。


「……肝に銘じます」


「いい返事です」


 俺が頷くと、にっこりとリーテルシア様は笑った。


 ……さて、須々木崎邸に戻るか。

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