虚霊少女2

「話は聞かせてもらいました。先ほどの少女から杖を取り戻し、そのままフェアリーガーデンに退避する。それが目的で間違いありませんね?」


 リーテルシア様が言う。


「は、はい。でもどうしてそれを――って、俺の中にもリーテルシア様の魂の一部があるんですよね」


 ガーベラや他の妖精同様、俺を通じてリーテルシア様はフェアリーガーデンの外の情報を得ることができる。

 普段は俺のプライバシーを尊重してこの能力は封じてくれているが、今回は状況が状況だ。


「ええ、ユキヒメの感覚に接続して事情を把握しました。了承も得ずに申し訳ありません」


「気にしないでください。リーテルシア様が来てくれて心強いです」


「心強い、ですか……」


「リーテルシア様?」


「……いえ、まずは前方に注意を。さっきの攻撃もほとんど効いていないようです」


 リーテルシア様がけしかけたであろう木の根が黒い刃によって内側から切り裂かれる。

 左右に割れた木の根の中からピンク髪の少女が平然と姿を現した。


「不意打ちなんてひど~い。ま、こんなんじゃアタシは倒せないけどね」


 ほぼノーダメージに見える。

 どうなってるんだよ、あいつ……


 ピンク髪の少女の手には<妖精の鎮魂杖>がしっかりと握られたままだ。あれを取り返さないとガーベラを生き返らせることはできない。


「アカネ、聞こえていますか。私はこれからユキヒメとともに杖を取り返すために動きます」


『君たち二人がこの場にいるとわかれば大騒ぎになる。雪姫君の身の安全は脅かされ、君の妹――フィリアの魂の回収もおそらく頓挫する。そのリスクは理解しているかい?』


「いざとなれば私がユキヒメを強引にフェアリーガーデンに退避させます。むしろ今のユキヒメ一人をこの場に残すほうが危険なのではありませんか?」


『……それもそうだね。わかった、もう反対はしないよ。ただし杖を取り戻したら雪姫君は自死してでもその場を逃れるように』


「わかった」


 方針は決まった。

 茜の呼んだ増援が来る前に<妖精の鎮魂杖>を取り戻す。


「【スタブルート】」


 リーテルシア様が呪文を唱えると地面が盛り上がり、太い木の根が何本も現れる。それらはピンク髪の少女のもとに津波のように襲い掛かった。


「これさっき見たって。【シャドーエッジ】」


 ザザンッ!


 影がうごめき触手のようにしなると、ピンク髪の少女に向かっていった木の根が次々切断されていく。魔術がぶつかり合うたびに地面が揺れ、踏ん張るための力の能力値が足りてない俺は何度もよろめく。


 この二人――どっちも魔術の詠唱をしてない!


 おそらくガーベラの【バリア】と同じだ。

 使い慣れると詠唱しなくても魔術が使えるというやつ。

 リーテルシア様もピンク髪の少女もおそらく魔術師クラス。


 攻撃力だけなら俺も対抗できるかもしれないが、手数と出の早さが比べ物にならない。

 俺とは魔術師としての完成度が違いすぎる。


「今度はこっちの番~! 黒神ザレよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは影より出でし光なき火薬――【シャドースフィア】!」


 今度は詠唱の手順を踏んでピンク髪の少女が杖を前にかざす。その前方に出現したのは巨大な黒い球体。

 それはわずかに収縮すると――ゴウッ! と一気に爆発した。

 広範囲に爆風が撒き散らされる。


「ユキヒメ、私の陰に」


「は、はいっ」


「【ウッドゴーレム・ハーフ】」


 リーテルシア様の目の前の地面がひびわれ、上半身のみの巨大な木製人形が現れた。木製人形が両手を前に向け爆風を受け止めるようにして俺たちを守る。


 衝撃波が吹き荒れる。

 目を開けているのがやっとだ。

 この二人、どれだけ高い次元で戦うつもりだよ……!


「ユキヒメ、少しいいですか」


「は、はい」


「詳細は省きますが、今の私は本物のリーテルシアではありません。分身を操作してこの場にやってきています」


「分身……ですか」


 リーテルシア様はフェアリーガーデンを維持するためあそこから出られない。

 だからこそ分身によって助太刀に来てくれたということのようだ。


「その弊害として、今の私は本体よりはるかに弱い。あの少女を倒し切ることはできないでしょう。ですがユキヒメ、あなたの本気の一撃なら話は別です。私が少女の動きを止め、あなたが決定的な一撃を加えるのです」


 リーテルシア様がピンク髪の少女を拘束し、俺がとどめをさす。

 それなら俺も魔術を当てられるはずだ。

 だが、一つ気になっていることがある。


「……攻撃していいんですか? <妖精の鎮魂杖>に当たったら大変なことになるんじゃ?」


「<妖精の鎮魂杖>も私の魔力によって作られた、ある意味では妖精と同質の物体です。私の魔術があれを傷つけることはありません」


「リーテルシア様がよくても、俺は杖なしには」


「そうですね。なのでユキヒメ、切られた腕をこちらに向けてください」


「……? はい」


「【ウッドリペア】」


 リーテルシア様が魔術名を口にすると、ピンク髪の少女の魔術によって切断された俺の左手が光りだす。それが収まった時、そこにあったのは……


「木製の……義手?」


「本来の手と同じように動くはずです。私の治癒の力はガーベラに渡しているため、このような処置しかできないことを許してください」


「い、いえ、これでも十分ありがたいです!」


「そう言っていただけて何よりです。あとはあの少女に報いを受けさせて晴らすとしましょう。……話を戻しますが、ユキヒメの魔術が<妖精の鎮魂杖>を傷つけてしまうかもしれないという問題はこれで解決できます」


「え?」


「ユキヒメの中には私の魂の一部があります。この義手を起点とすることで、その魂の一部を介して力の共有が可能です。共有できる力はごく一部ですが、“妖精を傷つけない”という程度なら問題ありません」


 この義手を経由することで、俺の魔術が<妖精の鎮魂杖>を傷つけることはなくなるってことか。


「または私と手をつないで戦うことで同じく力の共有も可能ですが」


「……この状況でさすがにそれは」


 恥ずかしいとか以前にリーテルシア様の足を引っ張りかねない。やはりここは義手の力に頼る方がいいだろう。


「黒神ザレよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る影槍――【シャドーランス】」


 ドガガカッ!


 黒い槍が爆撃を耐えきってボロボロになっていた木製人形を貫通し、俺たちの頭上を通過した。


「なに休憩してんの~? こっちは全然遊び足りないんですけど?」


 ピンク髪の少女の嘲るような声。


「ユキヒメ、それでは作戦通りに。使う魔術は任せます」


「わかりました。やってみます」


 息を整える。

 そういえば魔力体って生身じゃないのに呼吸をしてるんだよな。

 まあ今はどうでもいいことだが。

 ……やってやる。


「ん~? その目、なんかやる気になってるねぇ。それじゃアタシもちょっとだけ本気出しちゃおっかな~」


 どんな能力を使ったのか、ピンク髪の少女がふわりと浮き上がる。

 黒いローブ姿と合わせて幽霊か何かのようだ。

 キー部屋の天井付近で<妖精の鎮魂杖>をバトンのようにくるりと回す。

 雑に扱いやがって……!


 ピンク髪の少女は攻撃の際、一貫してもともと持っていた杖を使ってくる。リーテルシア様を警戒して不要なリスクを避けているのかもしれない。

 これが<妖精の鎮魂杖>ならリーテルシア様にダメージは入らないはずなんだが……そう都合よくはいかないか。


「黒神ザレよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは影より出でし光なき火薬――【シャドースフィア】」


 さっきと同じ黒い球体が浮かぶ。

 一気に五つだ。ぞくりと悪寒が走る。


「……あれはいけませんね」


 リーテルシア様が呟き、同時に俺の腰にしゅるしゅると何かが巻き付く。


 ん? これ、植物のツル……?


「ユキヒメ、緊急時ゆえ許してください」


 ぶんっ!


「うぇっ!?」


 俺の腰に巻き付いた植物のツルは俺を後方に投げ飛ばした。山なりの軌道だったからどうにか空中で態勢を立て直し、なんとか着地。


 直後、はるか前方で黒い球体が連鎖的に爆発した。

 さっきまでとは比べ物にならない衝撃波がキー部屋に広がる。

 ちょっ……リーテルシア様がもろに食らったように見えたぞ!?


「いぇ~~~~い、さすがに死んだでしょ!」


 ピンク髪の少女が空中で高らかに笑う。

 それを咎めるように、土煙を突き破って植物のツルが勢いよく宙に伸びる。


「ぎゃっ!?」


 ピンク髪の少女の両手両足を植物のツルが縛り動きを止める。

 リーテルシア様の魔術だ。

 無事だったのか!


「か、簡単に渡すかっての……! この杖はもうアタシのもんだ!」


 地面から伸びる影の刃がツルを切断していく。

 しかしピンク髪の少女が逃げる前に新たなツルが次々と伸びてくるため、対処が終わらない。

 ピンク髪の少女はその場から動くことができないようだ。


 ――動くことが、できないようだ。


 俺は即座に<初心の杖>を構えた。


「光の空、闇の湖底。隔つるはただ一枚の薄氷うすらいのみ。しかしてただ前だけを見て」


 <薄氷のドレス>の効果を発動させる。


「【オーバーブースト】」


 初期スキルを使って全能力値を上昇させる。


「は? ちょ、ちょっと待てよ、何だよその光っ――?」


 リーテルシア様からの執拗な拘束にギリギリのところで対処しながらピンク髪の少女が目を見開く。俺は<初心の杖>を握った木製の義手を宙に向けた。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは敵を穿ち削る氷槍」


 氷の槍が生み出され――ギュオッ! とそのサイズを肥大化させる。

 【一撃必殺】が発動したのだ。


「ふざけんな! あんなの食らったら――うぐっ!?」


 動揺したことでピンク髪の少女が操る影の刃の動きが鈍る。その隙を突き、今度こそ植物のツルがピンク髪の少女の自由を奪った。

 これなら絶対に外さない。

 ――ぶちのめす。


「は、離せよ! 馬鹿、やめろ! 離せぇっ!」


「【アイシクル】――――ッ!!」


「うわあああああああああああああああ!?」


 最大威力の【アイシクル】はピンク髪の少女に直撃し、キー部屋の天井に突き刺さる。


 轟音。

 巨大な氷の槍の破片が雨のように降り注ぐ。


 視界が晴れた後には、ピンク髪の少女は痕跡すら残さず消滅していた。

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