初コラボ配信翌日

 新宿ダンジョンを出たあと、タクシーを使って家に戻る。


 道中に車内でTwisterを確認してみたが、昨日までと比べてDМ欄が落ち着いていた。リーテルシア様一人で寄せられる質問に答えられるわけではないので、回答をもらえなかった連中が俺のところにまだ質問をしてきたりしているが……これはもう仕方ないだろう。

 しばらく無視していればそのうち減っていくはずだ。


「例のストーカーは……メッセージなしか」


 最終手段を取る、などと言っていた“あかね”はそれ以降何の動きも見せていない。結局ハッタリだったんだろうか? それならありがたいんだが。


 このまま何事もなく連絡が途絶えてくれないもんかなあ。





 同時刻、フェアリーガーデンにて。


「……」


 スマホを見て黙り込んだリーテルシアに、その近くにいたガーベラが首を傾げる。


「どうしたのお母様?」


「いえ、質問ボックスに同じ名前の人間が連続で質問をしてきていて……こういった人間は他にもいますが、熱量が群を抜いています。妖精というより、ダンジョンについての質問が多いですね」


「ふうん。なかなか勉強熱心な人間ね。なんていう名前なの?」


 質問ボックスは匿名メッセージサービスだが、デフォルトではコメントを送る側のアカウント名が表示される仕様になっている。リーテルシアが質問者のアイコンをタップすると、その人物は登録名を非表示にしていなかったようで、名前が表示された。


「“あかね”というようですね」


 変わった人間だとリーテルシアは思った。質問のペースが速すぎる。よほど頭の回転が速いか、日頃からダンジョンのことを考えていないと不可能だろう。この調子では、他のことをすべて放り投げて質問ボックスに張り付いているような気さえする。


「まあ、どうでもいいことです。それよりガーベラ、きちんと反省したのですか?」


「し、しました! ユキヒメを困らせることはもうしません!」


「その言葉は本当ですね? 嘘だったら……」


「本当です! 本当の本当に本当ですから!」


 リーテルシアはガーベラの目を見て尋ねた。


「……なぜ、独断でユキヒメを手助けしようなどと思ったのですか? あなたは人間が嫌いでしょう。私と同じように」


 ガーベラはそれを聞くと、俯きながら答える。


「お母様、時間がないんでしょ」


「……」


「ユキヒメは確かに才能があるよ。強くなると思う。でも、今はまだ弱っちい小娘に過ぎない。……じっくり探せば、フィリア様の魂を回収するのにもっとふさわしい人間はいたはず。それでもユキヒメを選んだのは、お母様が焦ってるからじゃないの?」


「……それは」


「フィリア様に時間がないのは本当だと思ってるけど、それはお母様も同じなんじゃないの? フェアリーガーデンはお母様とフィリア様の二人で作った世界なんだよね。なら、それをお母様一人で保ち続けるのってすごく大変なんじゃない?」


 リーテルシアは内心で溜め息を吐いた。この子は普段考えなしなくせに、どうして妙なところで鋭いのかと。


 ガーベラはぐっと拳を握った。


「だから私が手伝うのよ! まだまだ未熟なユキヒメを守って強くして、さっさとフィリア様の魂を回収する! それでリーテルシア様と一緒にフェアリーガーデンを支えてもらう! これで万事解決ね!」


「ガーベラ……」


「ふふん、どうよお母様。頼りがいのある娘を持って嬉しいでしょ!」


 ガーベラの言葉にリーテルシアは微笑んだ。


「そうですね。私はたまに、あなたが単純でよかったと思うことがあります」


「ひどくない!? 私絶対いいこと言ったのに!」





『昨晩、箱根ダンジョン付近で探索者の男性が殴られる事件が起こりました。犯人は探索者ギルド“酒呑しゅてん会”の構成員とみられ――』



 リーテルシア様(とガーベラ)を交えた配信の翌朝――というかもはや昼に近い時間、俺と月音はニュースを聞きながら朝食をとっていた。


 メニューは普通のトーストとサラダだが、トーストには自家製のりんごジャムを塗っている。一度試しに作ってから、このしゃきしゃきした触感が月音の琴線に触れたらしく、常備するようにしているのだ。


「探索者ギルドの構成員が暴力ねえ……物騒な話だな」


 トーストをかじりながら呟くと、月音が肩をすくめた。


「どこも白竜の牙みたいに真っ当じゃないんでしょ。っていうか酒呑会って前も構成員が捕まってなかった? ヤのつく人が支援してるって話もあるし、怖いギルドだよねえ」


「まったくだ。絶対関わりたくない」


 ダンジョン探索は金になるうえ、学もいらず、おまけに暴力が肯定される。裏社会の人間が目を付けるのにぴったりな仕事である。探索者登録ではその手の組織にかかわっていないかきちんと確認されるが、それで完全にシャットアウトできるわけじゃない。


 中でも酒呑会は反社会勢力のフロント企業が母体になっていると噂が流れている。


 まあ、対外的には白竜の牙の準構成員である俺に手出ししてくることはないと思うが……それでも気を付けた方がいいだろう。ただでさえTSの件をはじめ、俺は秘密を抱えすぎていることだし。


 そんなことを考えていると、ニュースは次の話題に移る。


『それでは次のニュースです。昨日ダンジョン研究における歴史的な変化が起こりました。ダンジョン内生命体である“妖精”と初めてコンタクトを取ることができたのです!』


 ……げ。


 うわ、俺の配信が画面に流れてる……俺が正式に名前を出すことを許可していないせいか(DМにインタビューの打診が山ほどあったが無視した)顔や声がわからないよう加工されているが、間違いなく昨日の雑談配信である。


 テレビ画面では専門家が興奮しながら語っている様子が流れている。ダンジョンの謎が一気に解明されるかもしれず、世界中の研究者やダンジョン関連企業の人間が注目しているとか。


 月音は憐れむように言った。


「お兄ちゃん、どんどん有名になっていくね……」


「全然望んでないんだがなあ……」


「さっき見たら、Мチューブの登録者数七十万人超えてたよ。……あ、八十万人になってる。今日中には百万人行くかな?」


「本当に、全然望んでないんだがなあ……」


 以前神保町ダンジョンで未踏破エリアを見つけた時と同じ流れだ。俺から情報を得られるんじゃないかと登録する人が増える。


 今回の注目度は前回の比じゃないので、そのぶん身動きがとりにくくなる覚悟もしていたが、実際はそこまでには至っていない。リーテルシア様が新たに開設した自身のTwisterで「ユキヒメに手出しをしたら質問ボックスの応答を打ち切る」と宣言したからだ。


 それを見た世界中の探索者協会を取りまとめる人物が、即座に全探索者に対して俺、そして妖精に手出ししないよう各種SNSで通達した。


 具体的なペナルティが提示されたわけではないが、真っ当な探索者なら少なくともしばらくの間、手出しはしてこないだろう。探索者協会という世界的組織に睨まれる可能性があるのだから。


 ありがとう、リーテルシア様と探索者協会のトップ……どうでもいいけど後者、反応速すぎない? 探索者を取りまとめる立場ともなると決断力がないとやっていられないんだろうか。


 それと引き換えのごとく、探索者協会から俺への聴取はあった。


 昨日配信を終えて新宿ダンジョンの外に出ると、探索者協会の幹部だという人物が待っており、そのまま協会の会議室で四時間以上も拘束されたのだ。色々聞かれたが、答えたのは配信で伝えたぶんだけだ。結果、俺の扱いは慎重を期したいので、ひとまず一日家にいろとお達しを受けた。


 ただ話をした幹部いわく、俺の探索に支障が出る可能性は低いとのことだった。リーテルシア様の機嫌を損ねるのは探索者協会としても受け入れらないだろうから、とのこと。


 で、くたくたになって外に出ると、今度は高峰さんが待ち受けていた。本来白竜の牙に情報開示をする義務は準構成員である俺にはないんだが、俺の身を守るために必要、と言われては無視できなかった。


 高峰さんに探索者協会の聴取と同じ話をし、タクシーで家に戻るとすでに日付が変わる寸前。非常用のカップラーメンを半分寝ていた月音と一緒に食べて夕飯を済ませ、思いっきり寝まくって今に至る、というわけだ。


「お兄ちゃん、これはチャンスだよ。神保町ダンジョンの時と同じ。情報目当てにお兄ちゃんの配信を見に来た人を、お兄ちゃんの可愛さで虜にしてがっぽり稼ごう!」


「可愛い言うな」


 元気だなこいつは。俺を待って深夜まで起きていたはずなんだが。

 月音が神妙な顔で聞いてきた。


「……やる気出る話、聞きたい?」


「やる気が出る話?」


「質問ボックスの情報をもとに、お兄ちゃんの体を元に戻せそうなアイテムを全部作ったらいくらになるか試算したの。で、このくらいになったよ」


 指を三本立てる月音。


「三十万?」


「ううん、三千万」


「さっ……!?」


 三千万!? 桁おかしくないか!?


「計算間違ってるんじゃないか!?」


「海外の高ランクダンジョン産の素材アイテムが必須になるものもあるからね……まあ、リーテルシア様に協力してもらえばもっと安く済むとは思うけど」


「でも、妖精に集めてもらえる素材アイテムにも縛りがあるんだよなあ」


 採取で獲得できるものはともかく、モンスターを倒さないと手に入れられないような素材アイテムは妖精には荷が重い。基本的に妖精には戦闘能力はないのだ。


「だからこそ今がチャンスなんだよお兄ちゃん。リーテルシア様とのコラボ配信……って言っていいのかわからないけど、今は海外の人にも注目されてる状況。中には海外で活動してる配信者もいるはず。そんな彼らをお兄ちゃんのファンにできれば、協力してもらえるかもしれない」


「ゴールドチャットや広告収入だけじゃなく、現地の素材アイテムそのものを送ってもらえるかもしれないってことか」


「そういうこと」


 探索者協会のサイトには素材アイテムを交換するためのページがある。それを使えば面識のない探索者からも協会経由で素材アイテムのやり取りができるのだ。ちなみに無償も提供者が了承すればOK。このシステムを使い、すでに俺は視聴者からいくつか素材を受け取っていたりする。


 昨日の配信でも、コメント欄には日本語以外の言葉が増えていた。彼らをうまく取り込めれば、入手しにくい国外の素材アイテムも融通してもらえるかもしれない。


「それに、お金で買うにしても視聴者は多い方がいいでしょ」


「……まあな」


 結局俺がやることは、今まで通り配信で視聴者を増やしつつ、資金、情報、素材アイテムを集めていくことになるわけだ。


「なら、早いうちにダンジョン探索配信の続きをやったほうがいいか?」


「それでもいいけど、先に英語版の自己紹介動画撮らない? お兄ちゃんの目的についても海外視聴者に伝えた方がいいだろうし」


「それもそうか」


 ちなみにこのダンジョン用スマホ、かなり精度の高い翻訳機能がついている。探索者の心を読むモンスターの素材アイテムを利用し、言葉ではなくニュアンスを読み取って他言語に置き換えることができるのだ。


 その機能を使って原稿を作れば慣れない英語でもある程度伝わりやすく喋れるだろう。


 それにしても三千万って……リーテルシア様という破格の協力者がいるとしても、夏休みの期間だけで稼ぐ目標に掲げていい額じゃないだろ。許さんぞ親父……

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