【雑談】妖精についてお話します【ゲストもいらっしゃいます】

「――というわけで、私がユキヒメの魂に穢れがないことを確認したのち、彼女と友誼を結ぶことにしたのです。私の娘であるガーベラを彼女に付き添わせていたのも、彼女を手助けするためです」


 リーテルシア様の説明がひと段落する。


 筋書きはこうだ。

 俺は新宿ダンジョンを始めて探索する配信で、妖精を助けた。彼女たちの母であるリーテルシア様はそれに感謝し、俺の探索に協力することを申し出た。普通の妖精に戦う力はないが、妖精の中でも強い力を持つガーベラであれば話は別。ガーベラを俺の護衛にすることで、娘をツリースネークから守った俺に恩を返そうとしたのだ。


〔お伽噺みたいな展開やないか……〕

〔妖精の恩返し〕

〔その場所はどこなんですか?〕


「ここは妖精たちの住まう場所フェアリーガーデン。迷宮ともあなたたちが暮らす地上とも隔離された異界であり、私が認めた人間しか入ることはできません」


 コメントの流れが速すぎて俺には途切れ途切れにしか読み取れないが、リーテルシア様はそのすべてが把握できているかのようによどみなく答える。


 その後もどうしてリーテルシア様は人間の言葉がわかるんですかとか、(二十年にわたり迷宮に潜る人間を観察して覚えました)、どうして他の妖精より大きいんですかとか、(完全に成長した妖精はこのくらいになります)、年齢はいくつですかとか、(不思議と不快に感じる質問ですね。自分でもわかりません)などなど、寄せられる質問をさばいていく。……何かどうでもいい質問多くないか?


 リーテルシア様は人間に対して憎しみに近い感情を抱いているはずだが、俺のためだろう、時折嫌そうな顔をしながらも数十分にわたってそれを続けてくれた。


 ちなみにガーベラはテーブルの上に乗っているが、リーテルシア様に配信中は喋るなと厳命されたため置物と化している。黙っていればこの妖精は可愛い。黙っていれば。


 やがてリーテルシア様は小さく息を吐いた。


「やはりキリがありませんね。あわよくばこの配信で丸く収まればと思いましたが……仕方ありません。ユキヒメ、あれの“ゆーあーるえる”を提示してください」


「……わかりました」


 俺は重々しく頷きつつ配信用ドローンを操作し、事前に用意しておいたリンクを配信画面に載せた。


〔ん?〕

〔これ、質問ボックスのURL……?〕

〔ファッ!?〕

〔アカウント名が“妖精女王への質問箱”ってなってるが!?〕


「これは私が作成した“しつもんぼっくす”の“あかうんと”です。……以降妖精に関する質問は私に寄せてください。くれぐれもユキヒメを質問責めになどしないよう」


 そう告げるリーテルシア様。驚愕したようにさらに加速するコメント欄。そらそうだろうな……妖精って今までほとんど実情が知られていなかったのに、急にダンジョン配信者みたいなノリで気軽に質問できるSNSのアカウントを提示してきたんだから……


 リーテルシア様が事前に言っていた案というのはこれのことで、この場で答えきれなかった質問が俺のところにやってこないよう、こうして自分のところに質問が届く仕組みを作るというものだった。


 リーテルシア様がわざわざ配信に出ているのも、実際にリーテルシア様が質問に答える場面を見せて信頼を得るためである。


 もちろん完全に俺への質問がなくなることはないだろうが、はるかにマシになるはずだ。


「すべてに答えることはできませんが、ユキヒメのため、最大限質問に答えることを約束しましょう。迷宮についても、おそらく人間よりは知っていることが多いはずです」


〔ええええええええええええええええええええ〕

〔いや、ええええええええええええええええ!?!?〕

〔妖精と自由に質問できるようになったってこと……?〕

〔ダンジョンの生き物とやり取りできるなんて史上初では……?〕

〔どう考えても歴史が変わった瞬間やないか!〕

〔ダンジョン研究者大歓喜〕

〔え? 何? これすごいことが起きてない?〕

〔ダンジョンはどうしてできたのか、いつからあるのか、人為的にダンジョンを呼び出すことはできるのか……世界中で研究者が必死こいて考えてることの答えをもらえるかもしれないってこと!?〕


 驚愕をあらわにするコメント欄。妖精のことはもとより、世界中で研究が進められているダンジョンがらみの情報が得られるとあっては落ち着いていられないんだろう。


「おや、さっそく質問ボックスに投稿がありますね――……なるほど。これは答えておく必要がありそうです。ユキヒメ、これを画面に出すことはできますか?」


 リーテルシア様が複製スマホを俺に見せてくる。俺は頷き、それを配信画面に提示した。



『雪姫ちゃんみたいに妖精を助けたら、俺もフェアリーガーデンに行けますか?』



 ……まあ、こういう質問も来るよなあ。

 質問者の正確な意図はわからない。単に好奇心かもしれないし、美しいリーテルシア様を間近で見たいだけかもしれない。


 だが、一番有り得るのは妖精を狩って自己強化するためだろう。月音が言うには、ネットの掲示板でも“妖精を効率的に狩るスポット”の存在を期待するようなコメントがいくつもあったらしい。


 リーテルシア様も同じことに思い至ったのか、やや冷ややかな態度で言った。


「この配信であなたたち人間に伝えておきたいことが二つあります。――ユキヒメ、こちらに来てください」


「はい?」


 よくわからないが、とりあえず言われた通り席を立ってリーテルシア様の隣に行く。何だろう?


「かがんでください」


「はあ」


 座ったままのリーテルシア様に近付くような感じで膝を低くする。

 ん? 何かこの流れ、記憶がフラッシュバックするような。


 ぐい――ちゅっ。


「っっ!?」


「ちょっ、お母様ぁあああああああ!?」


 リーテルシア様は俺の後頭部を自然な仕草で抱き寄せると、唇を奪った。


 喋るなという命令を忘れてガーベラが叫ぶがリーテルシア様は気にもしない。思わず体をこわばらせる俺に対し、さらに深く口づけてくる。前回と同じように熱い感覚が体の中に落ちてきて、動悸が早くなるのを感じる。


 これ……リーテルシア様の魔力か? 何でこのタイミングで!? いや、そもそも単にキスをするのもおかしいけど!


〔!?!?!?〕

〔ゆ、雪姫ちゃああああああああああああん!?〕

〔一瞬前まで世界を揺らがす話をしていたかと思ったら美少女二人がキスし始めてるんだが……?〕

〔え、えっ、えっ〕

〔オギャアアアア! オギャアアア!〕

〔脳破壊されてるやつがいて草〕

〔百合が咲き誇るううううううううううううう〕


 当然ながら一連の流れは配信にすべて映っている。


「……、…………!」


 唇を離されて自由になった俺は言葉が出ない。はくはくと口を動かすのがせいぜいだ。一方俺のスマホは振動しまくっている。連絡してきているのは月音だろうが、今の俺にはそっちを気にする余裕はない。


「ユキヒメぇえええ! あなたお母様に何してるのよ!」


「絶対私が悪いわけじゃないですよね!?」


 ガーベラが俺の襟を掴んでガクガク揺さぶってくる。ここで俺が責められるのは納得がいかない! 一方のリーテルシア様は平然と言葉を発していた。


「先ほども言った通り、ユキヒメは例外です。何の前情報もなく私の子どもを助ける善人であり、私が直接魂を見て穢れがないと確信しました。下心をもって妖精を助けたところで、私がその者を信頼することはないでしょう」


 何事もなかったかのように話を進めようとするリーテルシア様に、俺は思わず抗議の声を上げた。


「リーテルシア様! キスはやめてくださいって前にも言ったでしょう!」


「ですがユキヒメ、人間にとってキスとは特別な相手にのみするものなのでしょう? であれば、それをしてみせることでユキヒメが妖精にとって特別な相手だと証明できるのではありませんか?」


「い、言いましたけど……! 普通人前ではしませんし、特別というのは恋人という意味ですよ!」


 いや、リーテルシア様の言いたいこともわかる。下心のある人間が妖精に近付き、ピンチになるのを待ち構えるような事態は嫌だろう。だから俺が特別だと印象付けようとした。


 その狙いは理解できるが――


〔ん?〕

〔前にもって言った?〕

〔雪姫ちゃんのキスの相手は妖精女王様だったんですかねぇ〕

〔おっと……フフ……いいですねぇ……〕


「ほら見てくださいリーテルシア様! コメント欄が急にねっとりし始めてしまったじゃないですか!」


「確かに急に醜悪な文章が増えましたね」


 配信者ごとにコメント欄には個性があるらしい。他の配信者なら戸惑われるだけで済むかもしれないが、なぜかうちの視聴者は女子同士の絡みを喜ぶ傾向があるのだ。色々と耐えがたい。


 こほん、とリーテルシア様は咳ばらいをする。


「では、もう一つの話を済ませましょう」


「……何ですか」


「そう警戒する必要はありません、ユキヒメ。ああ、もう少しかがんでもらえますか?」


「嫌です」


 さっき何をしたのか忘れたとは言わせない。いや、別にキスが嫌だとかではなく、配信で恥ずかしい思いをさせられるのはごめんである。


「では、せめて頭を守っていてください」


「えっ?」



 直後。

 バゴンッッ!! と音を立てて四阿の屋根が真横に吹き飛んだ。



「…………は……?」


 四阿の屋根が消失し、開けた視界から覗くのは、白みがかった茶色の筋がいくつも絡まり合った何かの腕。


『グルゥウウウウウウウウ……』


 ――竜。

 それも全長三十メートルはあろうかという巨大な飛竜だ。ただし体は肉と鱗ではなく、木の根で編まれたかのような姿である。四阿の屋根を吹き飛ばしたのはこの竜の腕だ。おそらく本物のモンスターではなく、リーテルシア様が自らの力によって作り上げたものだろう。


「私は人間を好いていません。……いえ、はっきり言いましょう。憎んでさえいます」


 今や五十万人に達した視聴者に向かって語り掛けるリーテルシア様。


 ザンッ……と、はるか遠くから今頃になって吹き飛ばされた四阿の屋根が花畑に落ちる。もはやどこに落ちたか見えないくらいの遠くに。


「私の子どもたちを殺した人間の顔はすべて覚えています。自分の糧にするためと、随分楽しそうに追い回してくれましたね」


〔ヒェッ……〕

〔え? 何あの竜〕

〔でっか!〕

〔ってか建物の屋根をあんな遠くにぶっ飛ばすって、Sランクダンジョンのモンスターでも無理なんじゃ……?〕

〔ってかあの竜、本物じゃないよな。まさかリーテルシア様が作り出した、とか……〕

〔そんなことできるか?〕

〔でも実際できてるし……CGとかじゃないだろ、これはどう見ても……〕


 気圧されている様子のコメント欄。木の竜が偽物かと疑う声もあったが、大半はリーテルシア様の迫力に飲まれているようだ。


「残念ながら、今私には人間たちに鉄槌を下すことはできません。しかし私の娘に手を出した者には必ず報いを受けさせます。迷宮の中だろうと、外だろうと・・・・・。それは友誼を結んだユキヒメに対しても同じこと。小さな妖精だからと侮っていると後悔することになるでしょう」


「……!」


 俺はリーテルシア様の狙いに気付いた。

 リーテルシア様は俺が妖精のことを聞き出そうとする連中に悪質な絡まれ方をしないよう、釘を刺してくれているのだ。


 そこまで言ってから、リーテルシア様は小さく笑った。


「聞きたいことがあるなら私が答えます。迷宮を攻略しようとするユキヒメを邪魔しないように。……あなたたちの多くも、ユキヒメが楽しく配信するのを見たいのでしょう? 可愛らしく、危なっかしいユキヒメの配信を」


 リーテルシア様。今後の配信のために雰囲気を和らげてくれるのは嬉しいんですが、可愛いと危なっかしいは異議を唱えたいです。


〔も、もちろん!〕

〔そういえばリーテルシア様、前回のユキヒメちゃんの配信にコメントしてたなww〕

〔急に親近感湧いてきた〕


「では、妖精のことでユキヒメを煩わせてはいけませんよ」


〔わかりましたお母様!〕

〔リーテルシアママ……〕

〔女王様、椅子にしてください!〕


 うちの視聴者、順応速っ! リーテルシア様の力の一端を見ておいてこの態度はどうなんだと思わなくもないが。


「私の用件は以上です。ユキヒメ、後は任せます」


「あ、はい。……ええと、妖精と私の関係はそんなところです。今後私のところに妖精に関連する質問が来ても、基本的にお答えできませんのでご了承ください。気になることがあれば、すべてリーテルシア様に。それでは、今日の配信はこれで終わります! ありがとうございました!」


 配信終了。

 これで何とかなった……かな?

 とりあえず何もしないよりはマシだろう。


「ふふふ……ふふ……」


「リーテルシア様? どうかしたんですか?」


「ほんの少しですが、溜飲が下がりました。文字のみとはいえ、怯える人間の様子を見るのは悪くない気分です」


 リーテルシア様はにこにこと暗い笑みを浮かべながらそんなことを言っていた。


 一般的な探索者からの妖精の扱いを思えば当然だけど、俺以外の人間に対してはものすごい敵意を示すなこの人……

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