収益化記念配信withエプロン
「みなさん、おはようございます。ダンジョン配信者の雪姫です」
〔きたああああああああああああ!〕
〔おはよう!〕
〔姫は今日も可愛いな!〕
〔ってかエプロン似合いすぎ〕
〔可愛い……〕
「……可愛いって言わないでくださいね、って何度言ったら伝わるんでしょうか……まあ、いいです。それよりコメントしてくれた方がいましたね。そうです、今日の私はエプロン姿で自宅から配信しています。変なところがないといいんですが」
今の俺の服装は、月音から借りたシャツにショートパンツという部屋着にエプロンというものだ。ユニーク装備を手に入れた時にならってその場で回転し、カメラに自分の格好を映しておく。
〔可愛いいいいいいいいいいいいい〕
〔かわいい〕
〔可愛い〕
〔天使〕
〔家庭的な銀髪美少女とか最高か?〕
〔エプロンは家庭科の授業で作ったのかな? 微笑ましくて鼻血が止まらないよ〕
〔めちゃくちゃ似合ってる〕
〔結婚してほしい〕
〔絶対に幸せにする〕
「わ、わぁー……こんなに反応をもらえるとは思っていませんでした。ありがとうございます、でいいんでしょうか?」
爆速で流れていくコメント欄。部屋着+エプロンとかいうめちゃめちゃ普通の格好してるけどな、今の俺。これの一体何が視聴者に刺さるのか。
服装に関しては配信なんだからもう少しちゃんとしたほうがいいと思ったんだが、「お兄ちゃんは何を言ってるの!? 部屋着のほうがエプロンと合わせた時にリアル感があってぐっとくるでしょ!? 家庭的な銀髪ロリに『もう、お兄ちゃんは世話が焼けるんだから』ってちょっと呆れられながら面倒見られたくないの!?」と月音に押し切られた。一体あいつのこだわりは何なんだ。
新宿ダンジョンでの初配信の翌日、俺は自宅のキッチンで配信を行っていた。理由は二つ、一つはストーカーの件であまり外に出るのは得策じゃないと判断したから。一日家に閉じこもったところで意味はないかもしれないが、警察が聞き込みで何か情報を得てくれるかもしれない。
そしてもう一つの理由だが……
「それでは前置きはこのくらいにして――収益化記念の雑談配信を始めていきます! ただ話すだけというのも何なので、趣味のお菓子作りをしながら、みなさんとお話をしていけたらと思います」
〔うおおおおおおおおおおお〕
〔¥50000 ゴールドチャット解禁だぁああああああああああああ!〕
〔¥30000 こ の 日 を 待 っ て た〕
〔¥50000 雪姫ちゃんにお小遣いをあげられると聞いて〕
宣言と同時に俺がゴールドチャット――いわゆる投げ銭機能を解禁すると、途端にコメント欄が色とりどりに変化した。青、緑、黄色、赤と金額に応じてコメント枠内の色が変わる。すさまじい勢いで流れるコメント欄。確かここから三割引かれた額が俺の口座に入る仕組みになっていたはずだ。
収益化が通ったのは昨日の夜のこと。せっかくなのでその報告も兼ねてこうして記念配信の場を作ってみたわけだ。
〔¥1000 ゴルチャ解禁おめでとう!〕
〔¥480 おめ!〕
〔¥2500 雪姫ちゃんは可愛いねえ〕
〔¥20000 ボーナスの最高の使い方を見つけてしまった〕
〔¥30000 雪姫ちゃん、パパと呼んでくれてもいいんだよ〕
〔¥50000〕
〔¥50000〕
〔¥50000〕
〔無言赤ゴル連投ニキこわすぎww〕
……
…………
とんでもない勢いで流れ続けるコメント欄。送られた額はどんぶり勘定でもすでに五十万は超えている。どうしよう。俺の想定よりはるかに多い……ッ!
「あ、あの、みなさん。お気持ちは嬉しいんですが、あまり無理はなさらなくて大丈夫ですからね。気持ちはすごく嬉しいんですが」
今の俺にはTS解除ができるかもしれないポーションを片っ端から作るべく、金は必要だ。しかしリーテルシア様という破格の協力者ができた以上は以前ほど切羽詰まっていない。またМチューブの収益はゴールドチャットに限らず、配信が見られるたびに広告収入が入ってくるので、ゴールドチャットだけを必死に稼ぐ必要はないのだ。
正直今回の配信も、俺はただの報告程度にしか考えていなかった。な、なんか罪悪感があるぞ!? 俺まだエプロン着て挨拶しただけなのに!
〔¥10000 わたわたする雪姫ちゃん可愛いなあ〕
〔¥10000 この反応を見るの、ゴルチャという機能の一番正しい使い方まである〕
〔¥20000 た の し い〕
〔¥800 赤ゴルチャ多すぎィ!〕
〔¥20000 いっぱい食べて大きくなるんだよ〕
〔¥50000 まだまだァ!〕
「どうして勢いを増すんですか!? 本当に自分を大事にしてくださいね……? え、あの、と、とりあえず配信を進めます!」
あんまり長く配信するとそのぶんゴールドチャットも飛んでくるわけで、申し訳なさが加速しそうだ。配信を先に進めよう。
……あと、あまり金額の部分は目に入れないようにしよう。緊張するから。
「今回の配信ですが、最近登録してくださった方も多いので、ホットケーキを作りながら改めて自己紹介や質問ボックスへの質問に答えて行こうかなと思っています。本当はコメント返しもしていきたかったんですが、これは流れが速すぎて難しそうですね……」
〔コメント読めないのはしゃーない〕
〔記念配信はどこもお祭り騒ぎだからなwwここまでのは見たことないが〕
〔雑談枠で同接十万人は草〕
〔新規なのでこういう枠ありがたい!〕
よし、金額を見ないようにしたらわりと普段の感じに近いぞ。これなら落ち着いて配信できるはずだ。
「えー、まずは簡単に自己紹介を。私は新人ダンジョン配信者の雪姫です。クラスは氷属性の魔術師ですね。探索者ランクはF、レベルは26です。今はソロでダンジョン配信をしています」
〔!?〕
〔レ ベ ル 2 6 で す〕
〔レベル言うのか!〕
〔というかレベル26ソロ魔術師でFランクダンジョンクリアしてるのはおかしいんだよなあ〕
ダンジョン配信者において難しいのは“どこまで自分の情報を出すのか”という点だ。闇討ちなどを警戒するなら情報は一つも出さない方がいいが、それでは視聴者が不満に思う側面もある。
どこまでステータスを明かすかは配信者によるが、月音と相談し、俺はレベルまでは公開することにした。魔術師の魔術はレベルによって覚えるものが決まっているらしく、どっちみち戦っているうちにほぼバレるらしい。だったら自分から言っても問題ない、という判断である。
話しつつ、ボウルに入れた卵と牛乳を混ぜる。混ざったらホットケーキミックスを少しずつ足して生地を作っていく。ここで混ぜすぎると膨らみが悪くなるので、少しダマが残るくらいで止めておくのがコツだ。
「ダンジョン配信の目的は、マジックアイテムによって生身が変質してしまった友人を元に戻す……そのための情報集めです。期限は夏休みが終わるまで、それが過ぎたら諦めて探索者協会に相談するつもりです。最近は質問ボックスにたくさん情報が寄せられているので、今の目的はどっちかっていうとお金を稼ぐことで……あっ」
〔なるほど、雪姫ちゃんにはお金が必要と〕
〔それを聞いちゃ黙っていられねえな……へへっ〕
ああ、またゴールドチャットが滝のように! しかも最高ランクの赤いものばかり! い、胃が痛い……ッ!
「と、というわけで、自己紹介はそんな感じです。それでは、ここからは質問ボックスへの質問に答えていきますね。……ちなみに今は手が離せないので、質問の表示はいも――じゃなくて、姉がやってくれることになっています。どんな質問を選んだのかは聞いていないので、わりと怖いんですが……」
ホットケーキ作りの途中なので配信用ドローンの操作もままならない。雑談のネタ選びも含めて月音に任せている。画面に質問ボックスの画面をコピーした素材が表示される。万が一月音が画面に映ったことを想定し、姉という設定にしている。今の俺の外見で月音を妹扱いするのはさすがに無理があるからな。
ええと、何々……? 『初めてダンジョンに入った時の感想は?』何だ、普通の内容じゃないか。さすが月音、配信でふざけたりはしないんだな。
「そうですね。魔力体だから怪我をすることはないと思っていても、やっぱり怖かったですね……魔術が本当に出るなんて実際に撃つまでは信じられないですし」
〔あるある〕
〔最初はモンスターに慣れるまで時間かかるって言うしな〕
〔初々しい雪姫ちゃん……ハァハァ〕
思い思いのコメントを視聴者が打ち込んでいく中、次の質問が表示される。
『雪姫ちゃんの好みの異性のタイプは?』
さっきの俺の感心を返してほしい。
というかこれ、異性ってことは男性で答えなきゃいけないんだよな……? こ、答えにくっ! 月音は自室でPCを操作しているので抗議することもできないし!
〔お姉さんww〕
〔好みの異性のタイプか……お姉さんわかってるな〕
〔雪姫ちゃんめちゃくちゃ困ってて草〕
「……や、優しい人、とかですかね」
少なくともこういう衆人環視で恥ずかしい質問とかしてこない人がいい。いたって普通のことを答えたはずなのに、十万人が見ていると思うと耳から火が出そうな気すらする。
「つ、次の質問に行きましょう! 早く! ダンジョン関係だといいんじゃないでしょうか!」
俺が叫ぶと次の質問が表示された。
頼む、次は普通の質問であってくれ……!
『今履いているパンツの色は?』
「お姉ちゃんのぶんのホットケーキはなしでいいみたいですね」
俺がぼそりと言うと、質問が即座に『今後の配信予定はありますか?』というものに変わった。まったくあいつは……
〔雪姫ちゃん強いww〕
〔お姉さんと仲いいんだな〕
「……まあ、仲は悪くないと思います。困らされることも多いですけど、何だかんだ世話が焼けて可愛いいも――じゃなくて、お姉ちゃんですよ。お姉ちゃんがいなかったら配信なんて絶対できませんでしたし、感謝もしてます。配信は見る専門だったのに、私のためにたくさん勉強も準備もしてくれてますから……正直すごく助かってます」
俺が言うと、なぜか月音の部屋のあたりからドダダッ! と音が聞こえた。椅子から転げ落ちでもしたかのような音だな。ゴから始まる真夏の黒い悪魔でも出たのか?
〔あら~〕
〔姉妹百合……いい……〕
〔雪姫ちゃん、お姉さん相手だとちょっとツンデレなのかww〕
〔おやおや……フフ……いいですねぇ……〕
視聴者はなぜかねっとりしたコメントを打ち込んでいた。なぜ……?
そんな一幕がありつつも配信はつつがなく進んでいく。質問に答えつつホットケーキを十枚焼いたところでタネが尽きた。三枚重ねて皿に盛り、バターを乗せ、メープルシロップをかけて完成。
「できました~」
〔おおー〕
〔美味そう!〕
〔俺も食べたい〕
〔雪姫ちゃん料理もいけるのか……マジで理想の娘すぎるな……〕
〔また雪姫ちゃんのパパになりたいリスナーが増えてしまう〕
「すみません、冷めないうちにちょっとお姉ちゃんに届けてきますね。冷めたらきっと拗ねると思うので。本当に仕方のないお姉ちゃんです」
〔ヴッ〕
〔尊死しますわこんなの〕
〔いい子すぎるって雪姫ちゃん……〕
〔ツンデレ可愛い〕
配信用ドローンをその場に固定して、ダッシュで月音にホットケーキを届けに行く。ちなみに紅茶も淹れてセットで持って行った。月音は慌てていたが、まあ、そんな大した時間じゃないし大丈夫だろ。戻ってきて、俺のぶんのホットケーキをいざ実食。
「うん、上手に焼けました! 美味しいです」
〔雪姫ちゃんが幸せそうで俺も幸せです〕
〔可愛い……〕
〔なんでそんなリスみたいな食べ方するの? あざとすぎん? 可愛い……〕
〔甘いものが好きなんだね。可愛いよ〕
〔雪姫ちゃんのご家族が羨ましくて吐きそうになってきた〕
「断面はこんな感じです。見えますか? ふわふわにできました」
〔アッアッそんなフォークに刺してホットケーキを近づけてくるなんて〕
〔疑似あーん……だと……!?〕
〔無自覚って怖い!〕
〔さらわれるでこんな可愛い子〕
なんか可愛い可愛い言われているが、まあ今は気にするまい。ホットケーキが美味いのですべてを許せる。
と、月音からスマホに着信。ホットケーキのお礼と、最後に一つ質問に答えて配信を終わろうという提案だ。確かにそろそろいい時間だしな、とOKを出す。
「今お姉ちゃんから連絡がありまして、最後に一つ質問に答えて終わろうと思います!」
〔ええー〕
〔OK!〕
〔まあもう一時間経つしな。雑談ならこんなもんか〕
〔いかないで雪姫ちゃん〕
「駄目です、もう終わりです。またすぐにダンジョン配信するからそれまで待っててくださいね。それで最後の質問は……」
『雪姫ちゃんのファーストキスはいつですか?』
「ってまたこの手の質問ですか!」
思わず突っ込む俺。まあ今回は単なる悪ふざけというより、単に配信の文脈からオチを作ろうとしているだけだろう。「もうやってられんわ!」的なコメントをするのが正解だろうが、それ以前にキスなんてまともにやった経験はない。
「あのですね、私はキスなんて――」
そしてふと思い出す。
昨日、そういえば別れ際にリーテルシア様にキスをされたような。
しかもけっこう激しめに。
「キス、なんて……その、あの、したことなんて」
いかん、思い出したら顔が熱くなってきた。
〔んんんんんんん?〕
〔この反応は……〕
〔雪姫ちゃんこの幼さでキス済み……?〕
〔俺は三十歳になってもまだなのに!〕
〔可哀そうなおじさんいて草〕
〔ぎゃああああああああああ脳が焼かれるゥ!〕
「ち、違うんです! キスといってもあれはその、違うんです!」
まずい。余計な反応をしてしまった。さらっと流すのが正解だったのに! なぜか月音からも連続でメッセージが来ている。お前までテンパるんじゃない!
ここで俺の脳裏にひらめく以前の月音の言葉。
そう、女性配信者の視聴者は男性の影があることを嫌がるケースがある。なら簡単だ! 男性とのキスでなければ問題ない!
「だ、大丈夫です! 相手は女の子ですから! ちょっと激しかったですし、あの時はびっくりしましたけど、女の子同士だからセーフです!」
まあリーテルシア様の年は知らんが、見た目が月音と同い年くらいなので女の子扱いでもいいだろう。
するとコメント欄は……
〔女の子同士だと!?〕
〔建立、キマシタワー〕
〔最高じゃないか〕
〔話変わってきたな……〕
〔雪姫ちゃんが激しいキスをされる……ほほう?〕
〔詳しく聞かせてもらおうか!〕
なぜか今日有数の盛り上がりを見せていた。おかしい。俺は女子同士のキスなんて友達のじゃれあいとしてよくあるよね? と話を小さくしようとしたというのに。
配信視聴者の心理はよくわからん……
ともあれ、収益化記念の雑談配信はそんな感じで終わったのだった。
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