これ、少女漫画で見たことある!

 錬金炉。


 それはダンジョン内のモンスターを倒して得た素材アイテムを用い、マジックアイテムを作り出す探索者協会の設備である。


「ここが錬金室か……」


 高速スケート&スリップで記念すべきダンジョン内初死亡を経験した俺は、そのまま協会の中を移動して錬金炉が置いてある部屋にやってきた。今回初めて素材アイテムをゲットしたので、錬金というのを試してみたくなったのだ。


 部屋の全体的なイメージは研究所と言った感じ。壁に沿って箱型の機材がいくつも並んでいる。



『こいっ……大当たりこいっ……!』


『おい、もうやめとけって。さすがにもう手持ちがないだろ』


『うるせェ! このまま引いたら大損だ! 俺は絶対に当て――グァアアア――――ッ! ゴミアイテムだァ――――ッッ!』



 部屋の中には他の利用者もいる。何やら男性探索者が競馬場のおっさんみたいなことになっているが、一体あれは何なんだろうか。


「こんにちは。錬金室のご利用は初めてですか?」


 入口の前でどうしようかと突っ立っていると、その場にいた女性職員が話しかけてくれた。


「は、はい。初めてです」


「それでは錬金炉の使い方をご説明します。こちらへどうぞ」


「お願いします」


 女性職員について空いている錬金炉の前に行く。


「錬金炉というのは、ダンジョン産の素材アイテムを使って新しいアイテムを作り出す設備です。本当は素材アイテムは一度ダンジョンから出して、外の研究所や企業の工場で製品化されるんですが、錬金炉はその作業を簡略化してくれます」


「簡略化?」


「簡単に言うと、錬金炉はすでに判明&公開されているマジックアイテムの作り方を学習しているんです。素材を入れてレシピを選べば、ボタン一つでマジックアイテムができちゃうんですよ~」


「そ、そんなことができるんですか」


「できるんです。錬金炉自体もマジックアイテムですからね。便利な時代ですよねぇ……まあ、ダンジョン素材でないと加工できないっていう制限もあるんですけど」


 昔は洗うところから手でやっていた洗濯が、今ではボタン一つで乾燥までできますよ的な話だろうか? 何にしても、この箱型機械は相当すごい設備のようだ。


 ふと気になり、俺は手を挙げた。


「おや、気になるところでもありましたか?」


「あ、その……少し脱線してしまうんですけど、そもそもダンジョンのアイテムってそのままだと外に持ち出せないですよね。外の工場ではどうやって加工しているんですか?」


 魔力体と同じくダンジョン産のアイテムも魔力の塊だ。壁や床に特殊な加工が施された協会の建物ならともかく、外に出せば魔力体同様消滅してしまうはずでは(魔力体は消滅した瞬間生身に切り替わるから、単純な消滅とは違うが)?


 俺が聞くと、女性職員は感心したように目を瞬かせた。


「はぁー……いい質問です。小さいのに勉強熱心でとても偉いですね」


「小さい……、……ッッ、ありがとうございます」


「魔力でできた素材アイテムがどうして外部に持ち出しても消滅しないのか、でしたね。それは素材アイテムに特殊な加工をしているからです。“固定加工”というんですが、それをすると協会の外でも素材アイテムが消滅しないんですよ」


「ということは……ダンジョン用スマホみたいな、ダンジョン産のアイテムが使われたものが普通に外で使えるのも?」


「ええ。固定加工された素材アイテムが使われているからです」


「なるほど。勉強になりました」


 どうやらダンジョン産のアイテムをそのまま維持する加工方法があるらしい。ダンジョン絡みのことは今まで“そんなもんだろ”と流していたので、改めて知るとけっこう新鮮だ。


「さて、錬金炉の使い方でしたね。簡単ですよ。まず蓋を開けて、素材を中に入れる。その後入れた素材で作れるアイテムが表示されますから、お望みのものをタッチすればOKです」


「やってみます」


 錬金炉の蓋を開け、さっきリーフスライムからドロップした草みたいな素材アイテムを放り込む。すると空中にステータスボードみたいな半透明の板が現れた。



『作成可能アイテム:<精神回復薬(弱)> 70%』



 どうやら俺が入れた素材アイテムからは精神力を回復させるアイテムが作れるようだ。魔術師の俺にとってはありがたいな。

 それはいいとして……


「あの、この70%というのは?」


「それは錬金成功率です。素材によってはアイテムの作成が失敗することもあるんですよ。グレードの高い素材であれば成功率も高くなります」


「なるほど」


 強いモンスターからドロップした素材アイテムのほうが成功率が高くなるようだ。


「また、錬金炉の性能も完全ではありません。錬金していると、たま~~~~に別のアイテムになったりするんですよね。それも素材によって変わりますが、大抵レアなマジックアイテムになります」


「へえ~……面白いですね」


「中には“大当たり”の快感が忘れられず、毎日素材アイテムを拾ってきては大当たりを狙う方もいるほどです。私たちはそういった方を錬金中ど――すごく熱心だなと称えています」


「待ってください職員さん。今中毒者って言おうとしませんでしたか?」


 どうやらこの錬金炉、ソーシャルゲームのガチャ的な要素を含むらしい。さっき利用者が目を血走らせながら錬金していたのはそういうことか……


 空中に浮かぶ板に向き直る。

 ……まあ、大当たりのことは気にしなくていいか。俺が持っている素材なんてこれ一つだけだし、低確率だというならそんなものが起こるはずがない。

 さっさとやってしまおう。



 ビッカァアアアアアアアアアア!!



 なんか錬金炉が虹色に光り始めた。


「こ、これは……大当たり!? いいえ違う! これは“超当たり”! 入れた素材アイテムにかかわらず、レシピに存在する全アイテムからランダムに何か一つが出現するという激レア反応……! 私、初めて見ました!」


 女性職員さんが驚いて声を上げる。え? 何? 何!?


 ガパッ、と錬金炉が開く。中からはキラキラと光る粒子のようなものが出てきて、咄嗟

に差し出した俺の手のひらに新たなアイテムとして実体化した。



『<精神超克薬>:飲んでから一分間、精神力の消費がゼロになる』



「――ッ、<精神超克薬>ですって……!?」


「あ、これ便利ですね。精神力の消費ゼロってことは、魔術撃ち放題じゃないですか」


 それにしても、このマジックアイテムは名前の後ろに強弱の表示がないのはなぜだろうか。そんなことを考えていると、ガッと女性職員に両肩を掴まれた。


「お、お嬢さん、それを協会に売っていただけませんか!? 十万――いいえ二十万DPダンジョンポイントでいかがでしょうか!」


「に、二十万!?」


「<精神超克薬>はSランクダンジョンの素材が必要な超レアアイテムなんです! ぜひ! ぜひ譲ってください!」


 女性職員に詰め寄られる。DP(協会で現金代わりに使えるポイント)はいらないわけじゃないが、今は特にほしいものもないしなあ……


「か、考えさせてくださいっ」


 俺は女性職員の拘束から逃れると、錬金室を後にした。


 大当たりを飛び越えて超当たりって……そういえば月音にはやたらスマホゲームのガチャを回すようにお願いされるんだよな、毎回☆五? やらえすえすあーる? やらを出しては感謝されているが、もしかして俺はガチャ的なものと相性がいいんだろうか。

 

 ……そのうち宝くじでも買ってみようかな。






「さすがにもう疲れたな……」


 ユニーク装備の試運転も終わり、気になっていた錬金も試した。

 他にすることもないし、もう帰ることにしよう。


 月音に相談して次の配信のネタを考えないと――



 ガッ。



「……え?」


 俺は腕を掴まれ、建物の陰に引っ張りこまれた。不意打ち過ぎて何の反応もできなかった。


「雪姫ちゃん発け~~~~ん♡」


「うわ、マジで可愛いな。外人さん? ハーフ?」


「おーいロリコン気持ち悪いって。ギャハハ!」


「え? ……えっ?」


 建物と建物の狭い隙間で、明らかにガラの悪そうな男三人に取り囲まれている。俺を引っ張り込んだのはその中の一人で、今も俺の手を掴んだままだ。強く手首を握られているせいで抜け出せない。


「あ、あの……あなたたちは……?」


「“スカルストリート”って探索者パーティだよ。聞いたことない? 全員レベル100超えてるつよ~~いパーティ」


 当然ながら知らない。俺が知っているパーティなんてニュースによく出てくるような有名どころだけだ。


「ええと……知りません」


「は? ……チッ、まあいいや。それより雪姫ちゃん、俺たちのパーティ入ろ? 入るよね?」


「は、入りません」


 言った瞬間、ドガッ! と俺の真横の壁を蹴りつけるチンピラA。うおお、こえぇ……!


「入れっつってんのがわかんねえかなあ? お前みたいなガキでも、ユニーク装備持ってんだろ? なら入れてやる価値がある」


「ひ、人を呼びますよ」


「いいけど、呼ぼうとしたら殴るからそのつもりでね?」


「……っ」


 俺が大声を出すより目の前の男が俺を殴る方が早いだろう。助けなんて呼べるわけがない。おまけに三人組は俺を奥にして通りから見えないようにしているから、通りすがりの人に助けてもらえることもないだろう。……一応時間稼ぎを試みる。


「ど、どうやって私の居場所を探したんですか」


「雪姫ちゃん、配信でFランクダンジョンをクリアしてただろ? なら次はEランクに決まってる。だから東京のEランクダンジョンを全部見張ってたんだよ」


「……パーティを組むには協会に行かなきゃいけませんよね。私、書類にサインなんてしませんよ」


「じゃあ、サインしたくなるようにしてやるよ」


「え?」


 俺の手を掴んでいた男はもう片方の手も別の手でつかみ、頭の上に持ち上げさせた。俺は両手を上に上げたまま、吊るされるような感じで身動きを封じられる。


「雪姫ちゃん、人に見られるのが好きなんだろ? 配信なんてやってるくらいだもんなぁ。俺も雪姫ちゃんの裸の写真撮ってあげるよ。で、雪姫ちゃんが従わなかったら写真をネットにバラ撒く」


「ちょっ……!」


 男は俺の両手首を片手で掴み、もう片方の手で服の裾に触れる。男の仲間二人がニヤニヤ笑ってスマホを構え始めたところで、俺は自分が相当マズい状況にいることに気付いた。


 頭ではわかっていたつもりだ。ダンジョン探索は遊びじゃない。金が絡み、探索者の中には金稼ぎのためならあくどいことをするやつもいる。ユニーク装備の所有者指定加工は何のためにあったのか、そのことを俺は唐突に思い出す。


 同時に、今の俺はただの女の子だ。

 力では絶対に男にかなわない。

 ――こわい。


「や、やめてください……」


「ハハッ、やめるわけねーじゃん! こんなところに一人でノコノコさあ! 危機感足りねーんじゃねえの!?」


「離してください……っ」


 足がガクガク震える。声も情けないほどに揺れる。だが、なぜか男は俺が怯えるたびに嬉しそうにする。馬鹿にされているのが悔しいが、腕力の差がありすぎて何もできない。


「たくさん写真撮って、その後もう一回聞いてやるよ! 俺たちとパーティ組まないかってなぁ! そしたら喜んでハイって言うだろうぜ!」


 男は舌なめずりでもするようにそう言い、



「――残念だけど、そんな悪趣味な撮影会をさせるわけにはいかないな」



 直後、人影が真上から降ってきた。


「は? 誰――へぶッ!?」


 俺の腕を掴んでいた男の顔面に何者かが着地し踏みつぶす。男は地面に叩きつけられ、闖入者は俺を庇うかのような立ち位置につく。


「君、大丈夫かい?」


「は、はいっ」


 闖入者は背の高い青年だった。大学生くらいだろうか。サラサラの茶髪が特徴的で、背中越しに振り返っただけでわかるほど顔立ちが整っていた。


「てっ、てめぇは……ッ! 高峰北斗か!?」


「高峰北斗って――白竜の牙のエース!? 何でこんなところに!」


 チンピラ二人が慌てたように叫ぶ。青年は肩をすくめる。


「君たちに説明する義理はないな。――とりあえず、少し寝てもらうよ。意識があるまま警官が来るまで捕まえておくのは面倒だからね」


「てめぇっ!」


「なめやがって――――!」


 逆上して青年に襲い掛かるチンピラ二人だったが、青年は二人の拳をかわしつつ前に出て、二人の顔面に掌底を浴びせた。ゴゴン! という音がして、チンピラ二人は後頭部から壁に叩きつけられた。強っ!? ここ協会の外だから生身だよなこの人!?


 動きがもはや人間じゃなかったぞ……!? 崩れ落ちたチンピラ二人はどう見ても気絶している。


 ふう、と息を吐いて青年は振り返った。


「大丈夫かい? けがはない?」


「あ、はい。平気です。助けていただいてありがとうございます」


「構わないよ。助けに入るのが遅れて悪かったね」


 そう言って爽やかに微笑む青年。


「あ、はい……はは……」


 助けてもらったのはありがたいが……何だろう。


 路地裏でチンピラに絡まれている女子が、イケメン男子に助けてもらう。心配され、けがはないと伝えると、安堵したような微笑みが返ってくる。

 ここだけ見たら少女漫画のヒロインみたいになってるぞ……俺……


「……本当にけがはない? 顔色が悪いけど」


「だ、大丈夫です!」


 心配そうに顔を覗き込んでくる青年。おいやめろ、顔色を見たいからって顎をクイッと持ち上げるんじゃない! それも少女漫画で見たことあるやつだから! 話をそらすために俺は青年に尋ねた。


「というか、どうやってここに? 上から降ってきたように見えましたけど」


「そうだよ。ここ、探索者協会の裏でしょ? 協会の三階にいたら下から騒がしい声が聞こえてきて、様子がおかしかったから慌てて降りてきたんだ。階段やエレベーターを使っている暇はなさそうだったからね」


 三階……?


 青年は元気そうだ。しかしその足元で踏みつぶされた男は地面にめり込んでぴくりとも動かない。え? なんでこの青年は平気そうなの? そして足元のチンピラは生きてるの?

 青年はスマホを取り出す。


「とりあえず警察を呼ぶから待っててくれる? 雪姫さん」


「わ、わかりました――え? 私の名前を知ってるんですか?」


「まあね。自己紹介させてもらうけど、僕は高峰北斗。白竜の牙という探索者ギルドに所属している」


「……!」


 白竜の牙。

 それは俺でも知っている、国内最大手の探索者ギルドだ。さっきチンピラたちが叫んでいたが、聞き間違いじゃなかったようだ。さらに高峰北斗といえば、白竜の牙の顔とも言える有名探索者だ。


「ゆ、雪姫です。ダンジョン配信者をしています」


「知ってるよ。実は僕、雪姫さんに話があってきたんだ」


「話?」


 高峰さんは真剣な表情で言った。



「雪姫さん。――君のことを僕に守らせてくれないか。これからずっと」



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