初配信4

「ええと、キーボスって何ですか?」


 質問すると、視聴者たちは以下のことを教えてくれた。



・キーボスはダンジョンのボス(=ガーディアンボス)のいる場所の鍵を落とす、特別なモンスターのこと

・ガーディアンボスと同じで一度しか倒せない

・キーボスの落とす鍵は対応するガーディアンボスの部屋にのみ使える



 あー、そういえばゴブリンプリーストの狩場近くの貼り紙に、そんなことが書いてあったような……

 どうやらこの扉の奥にいるのは、今まで戦ってきたのとは別格の存在のようだ。


〔神保町ダンジョンには三つのキー部屋があるけど、雪姫ちゃんの前の部屋はどれにも当てはまらない〕

〔つまり新規ガーディアンボスの部屋を開ける鍵が手に入るかもってこと!〕


 興奮気味のコメント欄。

 俺もだんだん今起こっていることの凄さが理解できてきた。

 それにつられて心臓がドキドキと跳ねる。

 この扉の奥にいるキーボスを倒せば、まだ誰も見たことがない(かもしれない)ボスへの挑戦権が得られるのだ。

 月音や親父がダンジョン配信に夢中になる理由、ちょっとわかるな……

 そんなことを思いつつ、俺は配信用ドローンに向かって宣言した。


「それじゃあ、戦ってみようと思います!」


〔マジかwwww〕

〔うおおおおおおおおおお〕

〔やば、めっちゃ楽しみ〕

〔魔術師一人でキー部屋突入か……普通なら無理ゲーなのに、雪姫ちゃんならクリアしてしまいそうだと思う俺がいるww〕

〔わかる、俺もだww〕

〔一対一で相手の動きが遅ければワンチャンあるぞ!〕

〔がんばれー!〕

〔やったれ雪姫ちゃん!〕


 爆速で流れるコメント欄から視線を外し、キー部屋の扉を押す。


 ギィイ……と重い音を立てて両開きの扉が開いた。


 広いキー部屋の中央で何かがうごめく。

 俺が苦手なのは素早い相手と、数が多い相手を同時に相手しなきゃならないこと。

 逆に重量級が一体とかなら何とかなるかもしれない。


 どんな相手だ……?


 緊張しながら目を凝らすと、そこにいたのは。


『――』


 メガホンのような道具を持った、巨大なインプだった。


〔こいつかよ!〕

〔ぎゃああああああああ〕

〔雪姫ちゃんバック! 今回はさすがにあかん!〕

〔早く逃げないとやばい!〕

〔引き悪すぎィ!〕


「えっ、何? そんなにまずいんですか!?」


 阿鼻叫喚となるコメント欄。

 後から知ったことだが、キーボスやガーディアンボスの中には他の高ランクダンジョンで通常の敵として出現する種族もいる(その場合キーボス版、ガーディアンボス版より能力は下方修正されるが)。

 ゆえにこの“インプコマンダー”のことを知っている者もいる。


『ギィイイイイイイイイイイイイイイイ!』

「うるさっ!?」


 インプコマンダーが叫んだ途端、バタバタバタバタ! と大量のインプが天井から降りてきた。その数なんと五十近く。


『『『キシシシシシシシシシシシシ!』』』


「ちょっ……多すぎませんか!?」


『ギキャア!』


『『『キャキャアアアアアアアアア!』』』


 インプコマンダーの号令に合わせてインプの大群が俺目がけて突っ込んでくる。


 ちょっ……無理無理無理無理!


 全力で回れ右をして扉から外に出る。

 扉を閉めると、インプたちは目前で急停止したのか、外に出ては来なかった。


「こ、怖かった……!」


 視界いっぱいの大量のインプ。夢に見そうな光景である。


〔よく逃げた!〕

〔インプコマンダーはなあ……〕

〔Dランク以上のダンジョンにしか出ないモンスターだぞ、あれ〕

〔こっちまで心臓止まるかと思った……!〕


「あのモンスター、インプを操っているように見えましたね……」


〔そういう能力なんよ〕

〔インプを呼び寄せて操る。普通は五、六体だけど……〕

〔キーボス補正で強化されてるっぽいな〕

〔ソロ魔術師の雪姫ちゃんに素早い&数が多い敵を操るモンスターとかもうね〕

〔相性悪すぎる〕

〔コマンダーさえ倒せばインプはいなくなるけど、あいつ絶対近づいてこないんだよなあ……〕

〔それが厄介。一番奥にいるから結局インプを全部倒さないと近づけない〕


「……」


 少し考える。

 素早い相手にいつも使っている【氷の視線】は一体ずつにしか使えない。

 あの数を相手にするとなると、普段のやり方では絶対無理だ。


「少しやってみたいことがあります。うまくいくかはわからないんですが……」


〔マジ?〕

〔おっとこれは流れ変わったか〕

〔普通なら絶対無理だけど、雪姫ちゃんが言うと期待してしまうww〕

〔インプコマンダーに魔術師一人だぞ……? やりようあるか?〕


「これで駄目なら諦めます。もう少しだけ、付き合ってください!」


〔もちろん!〕

〔うわ、本当に行くのか!〕

〔がんばれ雪姫ちゃん、応援してるぞ!〕

〔勝てたらマジで凄いぞ〕


 俺は再度キー部屋の扉を押し開ける。

 インプコマンダーの周囲にはすでにインプが大量に待機している。


『ギィイイイイイイイイッ!』


『『『キシャアアアアアアアアア!』』』


 号令に合わせて飛び込んでくるインプの群れ。

 魔術師である俺の耐久では、一瞬で魔力体の生命力が削り切られてしまうだろう。

 うまくいってくれよ……!


「【オーバーブースト】!」


 配信用ドローンに拾われないよう小声で発声を行い、切り札であるスキルを使って全能力値を二倍にする。そして使う魔術は――


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むは冷ややかなる霜の吐息、【フロスト】!」


『『『ッ!?』』』


 レベル6で新規習得した魔術【フロスト】。


 冷気によって相手の敏捷を下げる補助魔術だ。

 それは【オーバーブースト】で魔力を強化したことで、範囲と効果が増している。


 一斉に飛び掛かってきたインプたちは、見事に全個体の動きが遅くなった。

 これなら俺の元にインプたちが来るまでかなりの時間を稼げる。


『ギィ!? ギャウッ!』


 困惑したようにメガホンで怒鳴るインプコマンダーだが、至近距離で超威力の【フロス

ト】を浴びたインプたちはそれに従うことができない。


〔!?!?!?〕

〔何が起こったww〕

〔【フロスト】だよな、これ?〕

〔威力と範囲がおかしいだろ! インプほぼ止まってるぞ!?〕

〔金色のオーラ……これスキルか?〕

〔雪姫ちゃん何日か前にシールドゴブリンを倒してたって噂だけど、その時にこういうオーラが出てたらしい〕

〔で、何のスキル?〕

〔わからん〕

〔さあ……〕

〔また未確認スキルかよwwどうなってるのこの子ww〕


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて、【アイスショット】!」


『『『――!?』』』


『ギィッ!?』


 【オーバーブースト】が残っているうちに氷の弾丸を放つ。

 インプの群れをごっそり削りつつ巨大な氷の弾丸が飛んでいくものの、距離があるせいでインプコマンダーには簡単に避けられてしまう。



<レベルが上昇しました>



 脳に魔力体の成長を告げる声が聞こえるが、今はどうでもいい。

 俺の狙いはインプコマンダーを仕留めることではなく、視界を遮るインプを減らすことだ。


「【氷の視線】!」


『ッ!?』


 インプコマンダーの動きが止まる。

 しかしキーボスだけあって完全には止めきれない。

 すぐに次の魔術を発動させる。


「氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて!」


 【オーバーブースト】の効果はまだ続いている。

 【一撃必殺】の抽選も行われる。

 【氷の視線】によって氷属性への耐性は下がり、【冷酷非道】によって俺の魔術はさらに強化される。


「――【アイスショット】ぉおおおおおおおおおっ!!」


 ドバンッ!


『グギャアア!?』


 巨大な氷の弾丸が勢いよく発射され、インプコマンダーに命中した。


〔ファッ!?〕

〔強すぎww〕

〔キーボスを一撃で落とすってどういうこと??〕

〔さっきまでよりさらに威力が上がってね?〕

〔そういえばさっき雪姫ちゃん、新しいスキル手に入れたって言ってたな〕

〔これいけそうじゃね!?〕

〔がんばれ雪姫ちゃん!〕


 メガホンが砕け、強い衝撃を受けたインプコマンダーが地面に落ちる。

 やばい、倒し損ねた! メガホンに当たって【アイスショット】の軌道が逸れた……!

 そろそろインプにかけた【フロスト】の効果も切れ始める。

 まずいまずいまずい!


『……』


『キィ?』


 バサバサバサバサ。


 インプの大群が現れた時とは逆に、天井へと吸い込まれていく。


『ギキャァアッ!?』


『『『……』』』


 インプコマンダーが叫んでも、インプたちは無視。

 ぽつん、とインプコマンダーだけが取り残された。


「……あれぇ?」


 何であいつ、インプたちに見捨てられてるんだ?


〔あー……〕

〔そっか、メガホン壊したから〕

〔あれ壊すとコマンダーってインプたちを操れなくなって、切り捨てられるんだよな〕

〔そうなの?〕

〔別にインプたちに慕われてはなかったのか〕

〔てっきり忠実な部下なのかと〕

〔君たち、プライベート中に呼びつけてくる上司のこと好き?〕

〔OK納得した〕

〔そら見捨てられますわ〕


 何かよくわからんが、ラッキーだったな。メガホンなんてたまたま当たっただけだし。


「ええと、それじゃあ……何かごめん。氷神ウルスよ、我に力を貸し与えたまえ。我が望むはひとかけらの氷のつぶて、【アイスショット】」


『ギャアアアアアア!』


 俺は落下の衝撃で身動きの取れないインプコマンダーに【アイスショット】を撃ちまくり、相手を魔力ガスへと変えた。



<レベルが上昇しました>

<新しいスキルを獲得しました>



 ステータス変化の声を聞きながら、俺は配信用ドローンに向き直る。


「勝てました~……!」


 魔術を使いすぎて眠くなりつつも、拳を天に掲げてみせる。


〔うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〕

〔マジで勝っちゃったよww〕

〔おめでとう!〕

〔雪姫ちゃん最強! 雪姫ちゃん最強!〕

〔SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE〕

〔ってか人めっちゃ増えてる。同接五千人!?〕

〔トレンド載ったからな。しかも一位〕

〔未踏破エリア入って、未確認のキーボスを単身討伐だぞ? そらトレンドも載りますわ〕


 温かく賞賛してくれるコメント欄。

 そうか……俺、本当に勝てたんだな。

 気付けば同時接続者も大変な数字になっていた。

 というか、まだ増えている。


 がさり。


「あ、ドロップアイテム」


 インプコマンダーのいたあたりにいくつかのアイテムが落ちていた。



・鍵

・指

・コンパス

・ウェストポーチ



「ゆ、指?」


 何だこのドロップアイテム! 不気味すぎないか!?

 とりあえず配信用ドローンにアイテムを映してみる。


〔鍵と“帰還のコンパス”はわかるけど残りがわからん〕

〔鞄はマジックポーチじゃないか?〕

〔マジックポーチって見た目以上のものが入るあれ? しかも重さがなくなるとか〕

〔超レアアイテムじゃねーか!〕

〔んー……多分容量がそこまで大きくないんじゃないか? いうてもFランクダンジョンだし。“錬金炉”で強化すれば容量も増えるだろうけど〕


 ふむふむ。

 流れるコメント欄を眺めて、俺はアイテムについての情報を整理する。



 鍵:ガーディアンボスの部屋に入るためのアイテム。

 指:不明。

 コンパス:帰還用アイテム。ダンジョンの出口にワープできる。

 ウェストポーチ:見た目以上の容量を誇る鞄、入れたものの重さを感じなくなる。



 ……という感じのようだ。


「とりあえず、このポーチの中に全部入れて……指、置いて帰ったらいけませんかね……」


〔嫌そうww〕

〔多分インプコマンダーの指だよな?〕

〔なんなんだろなあれ〕

To-ko channel〔指、たぶんボス部屋の場所を教えてくれるアイテムだと思う。最初にキー部屋をクリアした人に確定ドロップするやつ〕

〔トーコ姐さん!〕

〔やっぱり見てたのか!〕

〔トーコ姐さんの説得力よ〕

〔ガチガチのトッププレイヤーだからな……〕


「あ、トーコさん。まだ見ていてくれたんですね。教えてくださってありがとうございます!」


To-ko channel〔いいよん。それよりキーボス攻略おめでとう! 可愛いよ雪姫ちゃん!〕


「可愛い!? これだけ頑張ったのにまだその評価なんですか!?」


 一度は撤退した難敵に、決死の覚悟でもう一度挑んだんだぞ!? これ以上に勇ましい行動なんてそうそうないはずなのに!


To-ko channel〔そんなに可愛いんだから仕方ない。よく休むんだよマイエンジェル(*´з`)お疲れ様!〕

〔トーコ姐さんが俺たちすぎるww〕

〔雪姫ちゃんが天使なのは同意しかない〕

〔それな〕

〔ほんま可愛い〕

〔グッズ出たら普通に買う。ほしい〕

〔俺もほしいわ〕


「納得いきません……可愛い要素が一体どこにあると……」


 初回配信にもかかわらず視聴者の連帯感があり過ぎる。なぜ主導しているはずの俺の言葉が全然聞き入れてもらえないのか。

 俺はマジックポーチに指も含めた全アイテムをしまい、配信用ドローンに向き直る。


「それでは、長くなってしまうので配信はここで閉じようと思います。後は帰るだけなので、退屈になってしまいそうですし」


〔そんなぁ……〕

〔マジか寂しいな〕

〔まあほら、雪姫ちゃん疲れてるだろうし〕

〔武装ゴブリンコンプ→未踏破エリア発見→探索→キーボス攻略だぞ! そりゃ疲れるわ〕


「今日はありがとうございました。また次の配信でお会いしましょう!」


〔おつかれ!〕

〔ゆっくり休んでね~!〕

〔最高の配信だった! またね!〕

〔今から次の配信が楽しみだわww〕


 俺の挨拶に、別れの言葉を返すコメント欄。


 こうして色々と予想外のことがありつつも、無事初配信は終わったのだった。

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