【KAC20248】レンズの奥に見えるもの
こよい はるか
きっと、めがねの奥には大切な人。
僕には好きな人がいる。
急にこんな入りで驚いただろうか?
その、僕の好きな人は、自分の意見をはっきり言えて、何にでも一生懸命に取り組んでいて、
完璧で、学校の人全員に愛されて、とっても人気者。
他人に流されて、好きなことにしか熱中できなくて、気も弱くて、いい
数年前まではかけていたんだ。でも、僕は、両親にも前いた友達にも、『本当に
授業なんて分かるはずがない。だって見えないからだ。一番前の席にしても見えないから、もういいや、と思って、
音だけで聞いて受けている授業なんて、身になるはずがない。いつも赤点ギリギリをとっていて、毎回赤点にはならないから補習にはならないのだが、先生には職員室で怒られてばっかりだ。
僕は顔が縦長で、それでめがねが似合わないらしい。まぁそりゃそうだ。ここまで縦長の顔の人なんていないもの。
運動神経なんていいはずもなく、体育の評価は2だ。
そんな僕のいいところと言えば、顔だけだった。
縦長だけど顔がいい人はたっくさんいる。僕もその中の一人と言われてきた。
だから、僕のたった一つの取り柄の『顔』を、めがねのせいで汚くしたくなかったんだ。
だから、コンタクトをつけようとしたのだが、僕は『コンタクト不耐症』という病気らしい。
もともと僕は、
親も放任主義で、自分の子供がめがねをつけようがつけまいがどうでもいい、そういう
薫先輩とは、一度も話したことはない。何度も見に行ったことはあるけれど、人が多すぎて、遠いところからしか見えなくて、僕は目が悪いから顔の細かい部分などは全く見えなかった。自己主張がないから、『通してください』なんて言えるはずもない。僕は薫先輩とは話せずじまいだった。
そんなこんなで、薫先輩の卒業の日が来てしまった。結局、何もできないままこの人は来月から外国に留学してしまう。
一つ学年が下だから、在校生として卒業式には出席できた。
でも座る順番が、当然ながら体育館の中で卒業生が一番前のため、証書をもらったり答辞をしたりしている薫先輩の表情なんて、めがね無しで見えるはずがなかった。
今日は、薫先輩の表情を一目でも見ようと、数年前、選びに選んで似合わなかっためがねを持ってきた。体育館は暗くて、幸い誰にも見られる状況ではない。
その瞬間、あたりが鮮明に見えた。
…
初めて知った。
薫先輩の顔を知らない人なんてこの学校、いや、この町にはいないだろうに、僕だけが知らなかった。
整った目元、鼻、顔の
きっと僕の顔と薫先輩の顔を見比べたら、周りはそう言うだろう。実際、よく言われていた。
あの顔は、今日で最初で最後だったんだ。
そう思うと少し、普段めがねをかけなかったことを後悔した。
薫先輩の顔を存分に見られる卒業式が終わって、僕の気なんて知らずに、卒業生退場!と先生が言って、外に出てしまった。
僕は、最後の最後まで薫先輩の顔を見るために、体育館の外、
もちろん、めがねをかけずに。
ここは明るいから、絶対にめがねの似合わない僕を見つける人がいる。それだけは絶対に嫌だった。たとえそれが薫先輩ではなかったとしても。
1時間ほど経って、ほとんど人が
薫先輩は
僕もそろそろ帰ろうか、と立ち上がると、奥の方から、誰かが走ってくるのが見えた。誰だろう?近くで見ないと誰かも分からないのだ。薫先輩のいたグループの方向からだけど、もう分からない。
「貸して」
僕の近くまで来ると、その人はそれだけ言った。
少し優しくて、でも意志のこもっているその声。
さっき、答辞の時に聞いた。目の前にいる見慣れた人影が、それを示している。
本当に僕に言っているのだろうか?
驚いて辺りを見回すけれど、人影らしい人影はない。本当に僕に言っているようだ。
貸して、と言われても何を貸せばいいのか分からない。緊張して声が出ないから、辛うじて首を傾けて、分からないことを示した。
「めがね。貸して」
めがね?
確かに僕が手に持っているのはめがねだけだ。
言われるがままに両手で差し出す。
めがねの
そしてそのまま、僕の耳にかけようとした。
反射神経で最初は飛びのいてしまったが、先輩はついてきて、とうとう
しょうがないからかけてもらう。
途端にさっきのように視界が開けた。
僕にめがねをかけると、すぐに身をひるがえしてしまう。
後ろ姿だけだけど。
レンズの向こうに見えるもの。それは。
やっぱり、きっと、薫先輩だ。
「あのっ…!」
すごい!僕、声が出た!
それだけではしゃいでしまうけど、薫先輩は振り向いてくれない。
それでも、生きてきた中で一番知りたかったことを問いかける。
「なんで…めがねを…かけてくれたんですかっ?」
かすれるような声でその背中に問いかける。
「君は、もっと広い世界を見な!」
前を向いたまま、先輩はそれだけ言って、去っていった。
感動した僕は、何も言えなかった。
ほら、季節外れの桜が散っていく。
【KAC20248】レンズの奥に見えるもの こよい はるか @attihotti
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます