デートタイム

金谷さとる

デート

 おれには三分以内にやらねばならないことがあった。

 それはアバター設定である。

 性別、装備、所持品を選ばねばならないのだ。

 表示画面をタップし、スタッフの人に聞いた初心者向け装備を選択した。

 そして、順番待ちの列に無事並ぶ。幸いにして待ち時間は短く済みそうだった。

 基本的な動きのレクチャータイムとして小芝居があるのだ。前のグループのために披露されているのであろう張りのある声がわくわくを誘う。

「楽しみだねぇ」

 ネオンがにこにこ説明のフリップを眺めながら呟くからおれも小さく頷き返す。

 ちょっと凝ったコスプレスタッフ……キャストというべきなんだろうか、ちょっとおれにはよくわからない。とにかく、現実感がちょっとどこかに遠ざかっているようなトキメキがそこにはあった。だって、カッコいい。

 解説と基礎動作レクチャーが終わればスタート地点へと案内される。

 四人ひとグループだから知らないふたりと組むことになる。

 ……ネオンは人見知りからははなれているから大丈夫だろう。……むしろおれの方が問題かも知れない。

 八キロ相当の荷物を背負い、両手に手甲を、ほぼフルメットを被る。視界と音がさっきまでの世界から断絶される。

 薄暗い中での装着であり、エリアスタッフのサポートが素早く的確であることだけはよくわかっていない初心者なおれにもわかる。ネオンだってはじめて。とは言ってたが。

 八キロと聞いてネオンは大丈夫なのかとも思うが後で聞けば「全然平気」と返ってきた。ならよし。

 見知らぬ人達とマイクテストがてら「よろしく」と言い合い仮想視界に慣れようと数度瞬きを繰り返した。

 少し前に進んだだけだと思うのに、モニター越しの自分の手は選んだアバターのもの。

 視界はゲームのキャラクターを映し出し、違和感なく先導者として案内解説をしてくれる。画面に映るイカすお姉さんはおれ達新人を案内してくれるガイドさんだ。

 走らず、止まらず進んでください。というスタッフの声に従って歩き出す。他のグループメンバーと速度があいすぎれば画面に注意マークが表示されるのが面白い。ぶつかり防止は大事だと思う。

 仮想視界でアクションしながらゲーム世界を味わうことは楽しい。崖上に移動するアクションがなかなかとれなくてスタッフさんの補助を受けたり、グループメンバーさんのモニター不調の様子にスタッフさんが対応しているのをそれとなく感じていたりしながら進む。(何もできないがみんなで楽しみたいよなという考え)

 現実とは違う世界がそこにある。

 感触はない。

 なんだろうと手を伸ばせば『採取』できることが新鮮で楽しくて歩きながら手を伸ばす。

 マスコットヘルプキャラに武器を渡されてアトラクションの醍醐味のひとつ戦闘体験。

 おれ達には見えていないけれど、スタッフさんたちからはどう見えているんだろうとちょっと気にならなくはない。

 遅いくる凶悪な魔獣相手に「きゃあ! かっわいー」というネオンの声が聞こえる。けっこうスタートから「すごい」「かわいい」「きれい」「かっこいい」「たっんのしー」を繰り返すネオンに他の二人も相槌をうってくれるくらいには友好的だ。

 討伐を終え、スタッフさんの補助のもと装備から解放される。軽い。

「楽しかったです。ありがとうございました。残り時間も楽しんでくださいねー」

 ネオンが振り返って同じグループになった人たちに声をかけている。

「今回はありがとうございました」

 おれも慌てて声をかけておく。

 向こうも笑って「楽しい時間を」と手を振りあう。

「あー、タイくん、お腹すいたー」

 ロッカーで保管していた装備品……携帯とか上着とかを回収する。ポシェットを引っかけ、澄ましてめがねをかけてみせる。

「今ならピーク時間外しているし、どっか入る?」

 ネオンの手がおれの手をぎゅっと握りとる。

「よーし! 美味しいもの食べるぞー」

「予算はあるからな」

 おこづかいはもらってるけどさ。

「はーい。ポップコーンもいいけど骨付き肉も捨てがたい。あー、まーよーうー」

 いや、ネオン。

 マジでわかってるのか?

 キャラを模したふざけためがねを引っ掛けて笑うネオンはおれの手を引いて歩き出してはマスコットやスタッフさんに手を振っている。巻き込まれるんだが!?

 ああ、でも笑ってるんならいいかと思ってしまう。

「さー、カロリー摂取してまだまだ遊ぶぞー!」

「叫ばないのっ」

 ちょっと恥ずかしいだろう。

「あ、あっちでダンスショーやってる! 観に行こう!」

 ひゃっほうと声をあげて駆け出すネオンに引きずられるおれは青色吐息。呼吸を整えるのも一苦労。

 ひとしきりダンスにはしゃいで満足したのかへろりと笑う。

「おなかすいたー」

 ふわふわと誰かが放つシャボン玉が流れてきていつもよりキラキラしく感じてしまうのはちょっと困る。


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