ピリオド2 ・ 1983年 プラス20 〜 始まりから二十年後 4 約束
昭和三十八年、児玉亭の長男、稔は中学校の三年生。卒業式の前日に、幼なじみの霧島智子とのデートの誘いに失敗し、どうにも気持ちが収まらない。
一方、智子の方は一条八重のことが気になりつつも、卵を求めて小雨の中を……。
4 約束
昭和五十八年、二月十二日の午後、稔はあの「約束」のために半休を取った。
意味不明の電話があったのが二月の九日で、その週末に下見をしようと決めて会社に届けを出したのだった。
この時代、まだまだ週休二日の企業は多くない。彼の勤める会社も隔週二日で、稔は土曜の午後から懐かしの町に向かうと決めた。
――智子は無事か? 無事なのか?
最初はなんのことだか分からなかった……、
――あんたは児玉稔だろ? まさか、あの約束を忘れたか?
すべてはあの電話のお陰だった。
もしもあれがなければ、あの約束を思い出すことなく三月九日は過ぎ去ったろう。
「二十年後の今日、この時間ぴったりに、あの岩の前にいて欲しい」
息も絶え絶え話したこととは、要約すればこんな意味で、
――二十年? 岩の前って、どこのことだよ?
あの大男が息絶えた後、稔は再び立ち上がり、グルッと辺りを見回したのだ。
すると少し離れたところ、ちょうどその空間中央辺りにそれはあった。
――あれが、いったいなんだって言うんだ? わけがわかんねえって!
そんな思いで見つめる先に、自然のものとは思えぬあまりに大きな〝岩〟がある。
直径三メートルは優にあって、地上から三十センチくらいのところでキレイに平たくなっていた。まるでスポットライトを浴びるステージ台のようだが、 そんなものがこんなところに用意されているはずがない。
男は死に行く寸前に、この岩のことだけを稔に向けて声にした。
それがどんな理由によるものか、いくら考えても見当さえ付かないまま時は過ぎ、その後、就職を機に家を出たこともあり、あの林での記憶も日に日に薄れていったのだ。
学生時代はそれでも、その日が近付く度に思い出し、あの林へ行ってみようかと思ったりもした。しかしどうにも決心が付かず、結局、事件後一度も林の中には入っていない。
だからあの空間がどうなっているか気掛かりだったし、そうでなくても四年ぶりとなる故郷の町だ。
とにかく、あの場所さえ見つかればいい。
稔は多少の不安と逸る気持ちを感じつつ、林への道を脇目も振らずに進んで行った。
ところがいきなり、林の中へと続いていた道が消え失せている。
それ以前に、林そのものが存在していないのだ。林だった辺りが高い塀で囲われ、住宅らしい建物だけが遠くにポツンと見える。
どこかの大金持ちが、林だった辺りを買い占めたのか?
――どうする? 諦めて、帰ってしまうか……?
一瞬、そんなことを稔は思った。
しかしそうしてしまうには、あまりに不可解なところが多過ぎるのだ。
「あの約束を忘れたか?」
紛れもなく、電話の相手はそう声にした。
しかしこの二十年、約束のことは誰にも話していない。
取り調べ中もそれどころじゃなかったし、そんなことを口にすれば、もっと面倒なことにだってなったかもしれない。
だから誰も知らないはずなのに、電話の主は稔の名前を告げてから、はっきり「あの約束」と口にした。
――どうして、知っている?
そんな疑問を解消するには、男の残した言葉をそのまま実行するしか術はない。
さらに言うなら、警察でさえ諦めてしまった智子の行方が万が一にも知れるかも知れない。
だからこそ、なんとしてでもやり抜きたい。
稔は心に強くそう念じ、まずは屋敷の主を知ろうと塀伝いに歩いていった。
しばらく歩くと大きな門が現れ、大理石の表札に「岩倉」という名が彫られてあった。
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