KAC20248 キャラはちょっとくらいヤバめがいい。ヤバめが、ね☆
霧野
第1話 まっちょんと色眼鏡
岡田真は3分以内にやらなければならないことがあった。
いや、正しくは『3分間のダンスエクササイズ』を作らねばならないのだ。
かつて闇格闘家として名を馳せた彼は、『愛の戦士 らぶ♡まっちょん』というリングネームで表の舞台に進出し、今ではとある格闘団体のトップ集団に食い込んでいる。しなやかな長身肉体美にプリティなコスチューム、ゴリゴリのストロングスタイルで人気を博し、オネエキャラも相まって、最近では試合以外の仕事も増えてきた。
このダンスエクササイズも、そうした仕事の一環である。岡田の所属する格闘技団体のSNSで発信するらしい。
岡田が考案したのは、ヨガとヴォーギングを掛け合わせたVOGAというダンスエクササイズに、格闘技の要素をミックスさせた新たなダンス。たった三分間とはいえ、本気でやればかなりの運動量になる。
その振り付けのブラッシュアップのために、ショッピングモールに入っているダンススタジオまで相談にきたのだった。
(試合以外の仕事にも手を抜かない、アタシ。最高にエクセレントなスーパースウィートファイターじゃなぁい?)
抜き襟気味に着こなした大きめブルゾンに白フレームのサングラスでキメた岡田は、人混みの頭上から飛び出した金色の長髪を靡かせ、ロビーを颯爽と闊歩する。
「あれ? 岡田さん?」
苗字で呼ばれたなら、ファンではなく仕事仲間かプライベートでの知り合いだ。躊躇なく振り向いた岡田は懐かしい顔を見つけ、破顔した。
「あらぁ♡ 市川チャン、偶然じゃないのぉ!」
トトト…と可愛らしく小走りに駆け寄り、肩にしがみつく。と言っても、大柄な市川よりも岡田の方が優に20センチは長身なのだが。
「今日は、お買い物? アタシは仕事なんだけど…って、こちらのイケメンは?」
かけていたサングラスをカチューシャのように額の上に押し上げ、艶やかな長髪を撫でながら目を
「ああ、こちら部下の鹿沼くん。彼、近くへ越してきたんで案内がてら買い物に来たんですよ」
「初めまして。市川の秘書をやってます。鹿沼と申します」
きっちり30度のお辞儀をする鹿沼に「いいのよ、堅っ苦しい」と身を起こさせ、岡田は手を差し出した。
「格闘家とスイーツのミニチュア作家の二刀流やってます、岡田でぇす。市川チャンとはジム仲間なの」
「たまに一緒になるんだ」
「そ。タイプだからつい、話しかけちゃって♡ ヤッダぁ、冗談よぉ。そんな警戒しないで」
握手した手をグッと引き寄せ、もう一方の手を背中に回して、岡田は鹿沼の耳元で囁いた。
「わかる。市川チャンってなんかほっとけないタイプよね」
一転、腰をくねらせる様に市川の方へ向き直ると、彼の上腕二頭筋にそっと両手をかけた。
「ゆっくりお話ししたいんだけどぉ、これから打ち合わせなの。もう行かなくっちゃ」
「そうですか。ではまた、ジムで」
「うん。打ち合わせ終わったら倶楽部仲間にお土産買って、その足で会合よ。もう、忙しくてやんなっちゃう。楽しいからいいんだけど、マッチョん暇なし、ってね☆」
「あ、待って待って」とブルゾンの胸ポケットを探る。出てきたのは、小さなビニール袋に詰められたたくさんの食玩ストラップだった。
「鹿沼チャン、お近づきのシルシにこれどうぞ〜。アタシが作ったの。あ、やっぱお揃いにする? しちゃう?」
一人で盛り上がりながら、岡田はロールケーキを模ったストラップを二つ選び出して鹿沼の手に握らせた。再び耳元で囁く。
「アンタ、頑張んなさいよ」
市川からは見えない角度でバチンとウインクして、まっちょんキラースマイルを見せつける。試合後にカメラに向かってするパフォーマンスだ。
普段格闘技を見ない鹿沼はキョトンとしているが、岡田は一向に気にしない。
「あ、そうそう。正面玄関の外にね、面白い移動本屋が来てるから、行ってみたら? 去年の今頃も出店してて、アタシも本買ったの。取り揃えが素敵で、何より店主が…イ・ケ・メ・ン♡ 目印は空色トラックに白いパラソルよ。店主にヨロシク伝えといて。じゃあ、またね〜」
鹿沼は唖然としながらその後ろ姿を見送った。金髪を波打たせ腰をふりふり闊歩する筋骨隆々な彼は、モーゼのように人波を割り、やがて角を曲がって消えていった。
「なんか……すごい」
「彼、ああ見えてとってもいい人だよ。試合スタイルもクリーンで。だから、できれば色眼鏡で見るようなことは」
「いえ、そういう意味じゃなくて。なんかこう、生命体としてのパワーが違うというか」
「ああ」と、市川が顔を綻ばせた。
「わかる、わかる。勝負の世界で身体張って生きてる人って、やっぱ凄いよな」
「はい。嵐のようでした……ストラップのお礼、言えなかった……」
改めてストラップを見てみると、直径3センチほどのロールケーキの他に小さなタグも付けられている。『愛の戦士 らぶ♡まっちょん』と書かれたプラスチックの小片だ。
市川にそう告げると、「俺、老眼で見えないよ……」と苦笑いされた。
「じゃ、早速老眼鏡見にいきましょうか」
「そうしよう。あ、見て見て」
ストラップを取り上げ、二つくっつけて顔の前に持ってくる。
「め が ね 〜」
一瞬、周囲の喧騒が消え、また戻った。眼鏡店に向かって足早に歩き出した鹿沼を、市川が慌てて追う。
「……それ、面白いとでも思ったんですか?」
「ごめん」
「寒すぎて急激に体温下がりました」
「ごめんって」
鹿沼は知らなかった。この後、さらに体温が下がりそうな事態に陥ることを。
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