アーケード街の決斗

五十貝ボタン

1、ブルーズ

 地元にいるとき、俺は無敵だと思っていた。

 仲間がいた。いつも集まっていた。ゲーセンにはダライアスもあった。

 高校の終業ベルがなって、家に帰るまでの間が俺にとっての青春だった。

 それだけが永遠に続けばいいって、本気で思っていた。


 🔹


 電車が一駅進むにつれて、都心から遠ざかって行く。

 リューマはつり革につかまって、窓の外を眺めていた。平均身長をいくらか越える体格のせいで、電車の中で座席に座ると脚の長さをもてあましてしまう。隣の車両に移れば空いている席もありそうだが、荷物棚に置いたリュックをわざわざ取るのが面倒だった。


(今どき就職浪人か……)

 青木あおき隆真りゅうまは24歳。この春、二度の留年を経てようやく大学を卒業した。最初の留年で内定が取り消しになった。その失敗がトラウマになったのか、その後の就職活動がまったくうまくいかず……結局、就職は決まらないまま卒業証書を受けとることになった。

 かくしてリューマは六年間続いた一人暮らしに終止符を打ち、実家のある某県に戻ることになったのだった。


 降りていく乗客のほうが、乗ってくるのより多い。そろそろ座らないと不自然だろうかと考えはじめる頃に、駅に着いた。

 帰ってくるのは2年ぶりだった。

 駅舎のそばには桜の木が植えてあったが、雨にうたれて花はほぼ散っていた。薄暗い雲に空は覆われて風が強い。久しぶりの光景を見ても胸は躍らず、むしろ寂しさが際立つばかりだ。

「懐かしい! 俺はいま懐かしいと思ってるぞ!」

 自分を奮い立たせて精一杯ノスタルジーの香りをカギ取りながら、リューマは無人改札を通り抜けた。


「リューちゃん!」

 改札を出てすぐの場所で、女性が手を振る。

「母さん」

「大きくなったねえ!」

「大きさは変わんねえよ」

 抜けたところがある母の物言いは、本気なのか冗談なのか区別がつかない。だが、女手ひとつで息子を育て、大学に進ませた母のことを、リューマは心から尊敬していた。

 実年齢よりはずっと若く見えるが、記憶の中の母の姿より、2年分の確かな時がその表情には刻まれていた。


「こっちは変わらないな」

 二人は駅からすぐのアーケード商店街に入った。ここを通り抜けてしばらく歩けば、懐かしの我が家だ。

「そうね……」

 と、母は答えたが、リューマは変化に気付いていた。記憶にあるよりも、シャッターが下りている店が増えている。看板は下ろされ、ときどきテナント募集の張り紙が見られる。

 リューマが高校生だった6年前には、友達とたむろしてこのアーケード街で遊んだものだ。食堂、喫茶店、カラオケ屋……ほとんどすべての店に思い出がある。それらの店のうち、半分はシャッターを下ろしていた。


「こっちで就職先探さないとな……」

 地元に行けば何かしら見つかるだろう、と考えていたのだが、あまりにも甘い見通しだったかもしれない。

「リューちゃんには元気があるから、きっとすぐ見つかるよ」

 と、母は言ってくれる。以前ほどの元気がまだ自分の中に残っているのか、リューマは確信を持てなかったから、

「ありがと」

 とだけ、答えておいた。


 と、その時。

「お? 見かけねー顔だな」

 わざと聞かせているのだろう大声があがった。

 アーケード街は全体T字型になっている。その交差部にはちょっとした広場がある。その広場に、10人ほどの若者がたむろしていた。

 彼らは同じ色を着ていた。あるものは青いシャツ、あるものは青い帽子、また別のものは青い靴……全身が青一色の男もいた。年頃は高校生か、その少し上くらいだろう。


「まだやってんのか」

 彼らの服装に、リューマは見覚えがあった。そのせいで、通り過ぎてもいいものを、つい口走ってしまった。

「あ? なんだ? 何見てんだよ」

「お前らのほうから声をかけたんだろ」

「リューちゃん、行きましょう」

 母が袖を引く。


「悪い、ちょっとこいつらと話あるから。先帰ってて」

 息子に言われて、彼女はしぶしぶ手を離した。彼女もよく知っていた……アーケード街にたむろする不良連中と、息子との間にかかわりがあることを。

「お魚焼いとくから、早く帰ってくるのよ」

「マジ? 最高!」

 母親を見送ってから、リューマは若者らに振り返った。


「お前らブルーズか?」

「なんで知ってんだよ」

 染めた髪が伸びたのだろう、金と黒のまだらになった男が、くちゃくちゃとガムを噛みながらにらみつけてくる。

「なんつーありがちな……」

 ぼそりとつぶやく。


「おいオッサン、わかってんのか? オレらの前でデカい態度取ってるとどうなるか知りたいか?」

 右手の握りこぶしを左手でぴしゃっと叩きながら、まだら髪がすごむ。その背後にいた仲間たちもぞろぞろとリューマを取り囲みつつあった。目立つ広場だ。周囲の目もあるが少年たちは気にした様子もない。そして実際、止めに入る大人もいない。

「やめろ。暴力は嫌いなんだ」

 威嚇にもリューマは動じない。だがこれもありがちなこととして、その態度がかえって不良少年の神経を逆なでした。


「じゃあ、わからせてやるよぉ!」

 まだら髪が拳を振り上げる。リューマに向けて殴りかかろうとしたとき…


「やめろ!」

 静止の声がかかった。広場に面する建物から男が飛び出してくる。

「橋本サンかよ」

 まだら髪は拳を止め、男の方を見た。飛び出してきたのは、ゲームセンターの2階にある喫茶店、「ぱれっと」のマスターである。


「お前ら、そいつが誰だか知ってるのか?」

 橋本は額に汗を浮かべながらリューマを示した。

「は? 知るわけねーし」

 少年たちは暴れるのは止めたものの、橋本に対しても小ばかにする姿勢は変わらない。止められたから止めたにすぎず、橋本に対して敬意を抱いていないのは明らかだった。


「そいつは青木隆真……お前らの先輩だぞ」

「地元か?」

 まだら髪が舌打ちしながらリューマを見る。

「それだけじゃない。リューマはな、ブルーズの設立者なんだよ!」

「はぁ?」

 少年たちが呆れたような、困惑したような目をリューマに向ける。リューマはちょっと恥ずかしそうにしていた。


「マジかよ?」

「いや、そういうんじゃないけど……」

「何照れてんだよ気持ち悪い」

 リューマとしては、過去のやらかしをばらされているような気分でいたたまれない。もじもじしている青年を少年らが眺めている。微妙な空気だ。

「コバルトに聞いてみろ」

 と、橋本は告げて、リューマを手招きした。

「寄ってけよ」

「ああ……ありがとう」

 この場からは離れたほうがよさそうだ。橋本に導かれて階段を上がっていくリューマを、青い服の少年らはいぶかしげに見ていた。

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