アーケード街の決斗
五十貝ボタン
1、ブルーズ
地元にいるとき、俺は無敵だと思っていた。
仲間がいた。いつも集まっていた。ゲーセンにはダライアスもあった。
高校の終業ベルがなって、家に帰るまでの間が俺にとっての青春だった。
それだけが永遠に続けばいいって、本気で思っていた。
🔹
電車が一駅進むにつれて、都心から遠ざかって行く。
リューマはつり革につかまって、窓の外を眺めていた。平均身長をいくらか越える体格のせいで、電車の中で座席に座ると脚の長さをもてあましてしまう。隣の車両に移れば空いている席もありそうだが、荷物棚に置いたリュックをわざわざ取るのが面倒だった。
(今どき就職浪人か……)
かくしてリューマは六年間続いた一人暮らしに終止符を打ち、実家のある某県に戻ることになったのだった。
降りていく乗客のほうが、乗ってくるのより多い。そろそろ座らないと不自然だろうかと考えはじめる頃に、駅に着いた。
帰ってくるのは2年ぶりだった。
駅舎のそばには桜の木が植えてあったが、雨にうたれて花はほぼ散っていた。薄暗い雲に空は覆われて風が強い。久しぶりの光景を見ても胸は躍らず、むしろ寂しさが際立つばかりだ。
「懐かしい! 俺はいま懐かしいと思ってるぞ!」
自分を奮い立たせて精一杯ノスタルジーの香りをカギ取りながら、リューマは無人改札を通り抜けた。
「リューちゃん!」
改札を出てすぐの場所で、女性が手を振る。
「母さん」
「大きくなったねえ!」
「大きさは変わんねえよ」
抜けたところがある母の物言いは、本気なのか冗談なのか区別がつかない。だが、女手ひとつで息子を育て、大学に進ませた母のことを、リューマは心から尊敬していた。
実年齢よりはずっと若く見えるが、記憶の中の母の姿より、2年分の確かな時がその表情には刻まれていた。
「こっちは変わらないな」
二人は駅からすぐのアーケード商店街に入った。ここを通り抜けてしばらく歩けば、懐かしの我が家だ。
「そうね……」
と、母は答えたが、リューマは変化に気付いていた。記憶にあるよりも、シャッターが下りている店が増えている。看板は下ろされ、ときどきテナント募集の張り紙が見られる。
リューマが高校生だった6年前には、友達とたむろしてこのアーケード街で遊んだものだ。食堂、喫茶店、カラオケ屋……ほとんどすべての店に思い出がある。それらの店のうち、半分はシャッターを下ろしていた。
「こっちで就職先探さないとな……」
地元に行けば何かしら見つかるだろう、と考えていたのだが、あまりにも甘い見通しだったかもしれない。
「リューちゃんには元気があるから、きっとすぐ見つかるよ」
と、母は言ってくれる。以前ほどの元気がまだ自分の中に残っているのか、リューマは確信を持てなかったから、
「ありがと」
とだけ、答えておいた。
と、その時。
「お? 見かけねー顔だな」
わざと聞かせているのだろう大声があがった。
アーケード街は全体T字型になっている。その交差部にはちょっとした広場がある。その広場に、10人ほどの若者がたむろしていた。
彼らは同じ色を着ていた。あるものは青いシャツ、あるものは青い帽子、また別のものは青い靴……全身が青一色の男もいた。年頃は高校生か、その少し上くらいだろう。
「まだやってんのか」
彼らの服装に、リューマは見覚えがあった。そのせいで、通り過ぎてもいいものを、つい口走ってしまった。
「あ? なんだ? 何見てんだよ」
「お前らのほうから声をかけたんだろ」
「リューちゃん、行きましょう」
母が袖を引く。
「悪い、ちょっとこいつらと話あるから。先帰ってて」
息子に言われて、彼女はしぶしぶ手を離した。彼女もよく知っていた……アーケード街にたむろする不良連中と、息子との間にかかわりがあることを。
「お魚焼いとくから、早く帰ってくるのよ」
「マジ? 最高!」
母親を見送ってから、リューマは若者らに振り返った。
「お前らブルーズか?」
「なんで知ってんだよ」
染めた髪が伸びたのだろう、金と黒のまだらになった男が、くちゃくちゃとガムを噛みながらにらみつけてくる。
「なんつーありがちな……」
ぼそりとつぶやく。
「おいオッサン、わかってんのか? オレらの前でデカい態度取ってるとどうなるか知りたいか?」
右手の握りこぶしを左手でぴしゃっと叩きながら、まだら髪がすごむ。その背後にいた仲間たちもぞろぞろとリューマを取り囲みつつあった。目立つ広場だ。周囲の目もあるが少年たちは気にした様子もない。そして実際、止めに入る大人もいない。
「やめろ。暴力は嫌いなんだ」
威嚇にもリューマは動じない。だがこれもありがちなこととして、その態度がかえって不良少年の神経を逆なでした。
「じゃあ、わからせてやるよぉ!」
まだら髪が拳を振り上げる。リューマに向けて殴りかかろうとしたとき…
「やめろ!」
静止の声がかかった。広場に面する建物から男が飛び出してくる。
「橋本サンかよ」
まだら髪は拳を止め、男の方を見た。飛び出してきたのは、ゲームセンターの2階にある喫茶店、「ぱれっと」のマスターである。
「お前ら、そいつが誰だか知ってるのか?」
橋本は額に汗を浮かべながらリューマを示した。
「は? 知るわけねーし」
少年たちは暴れるのは止めたものの、橋本に対しても小ばかにする姿勢は変わらない。止められたから止めたにすぎず、橋本に対して敬意を抱いていないのは明らかだった。
「そいつは青木隆真……お前らの先輩だぞ」
「地元か?」
まだら髪が舌打ちしながらリューマを見る。
「それだけじゃない。リューマはな、ブルーズの設立者なんだよ!」
「はぁ?」
少年たちが呆れたような、困惑したような目をリューマに向ける。リューマはちょっと恥ずかしそうにしていた。
「マジかよ?」
「いや、そういうんじゃないけど……」
「何照れてんだよ気持ち悪い」
リューマとしては、過去のやらかしをばらされているような気分でいたたまれない。もじもじしている青年を少年らが眺めている。微妙な空気だ。
「コバルトに聞いてみろ」
と、橋本は告げて、リューマを手招きした。
「寄ってけよ」
「ああ……ありがとう」
この場からは離れたほうがよさそうだ。橋本に導かれて階段を上がっていくリューマを、青い服の少年らはいぶかしげに見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます