「僕と契約して魔法少女になってよ」と誘われたおじさん達は、お互いに正体を知らないので、無理して少女のフリをする。

米太郎

第1話

 春の公園は、少し肌寒い。

 もうすぐ桜も咲く季節だっていうのに、まだまだ寒い日が続いている。


 隅田川沿いのお花見スポットでも、桜はつぼみのまま。


「はぁ……。契約全然取れねぇなぁ……」



 この会社は、契約を取ることが全て。売り上げが全て。

 契約さえ取れれば、するすると出世していくんだ。

 要領の良い同期達は、すぐに出世していった。


 俺だけが、ずっと平社員。

 上司からは、「君は遅咲きだから辛抱強く頑張れ」と言われて、早十年。

 まだまだ俺はつぼみのままだよ。


 最近では、上司が変わってしまって、契約が取れない俺を退社に追い込もうとする意思が見えてきている。

 ハラスメントとまでは言わないまでも、チクチクと嫌味を言われている。


 そろそろ会社から見放されちゃうんじゃないかな……。



 はぁ……。俺はいつになったら咲けるんだろう。

 桜みたいにパーーって咲いて、綺麗なピンク色を視界一面に入れたいよ。


 枯れ木の遠く先には、高い電波塔だけが見える。



 俺には、こんな枯れ木がお似合いなのだな。


 ここにある桜って、全てが咲くのかな。

 この中で、咲けない桜もあるんじゃないかって思っちゃうよ。



 うなだれて目線を落とすと、足元にボールが転がってきた。

 そして、子供の声が聞こえてくる。


「ねぇねぇ、おじさんボール取ってよ!」


 目線をあげると、小さい女の子が目の前にいた。


 そうか……。

 そろそろ俺も、おじさんって呼ばれる歳なんだな……。


 俺は、ボールを取って少女へ渡してやる。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 可愛い笑顔を浮かべて、走っていく。

 少女の向かう先には、お父さんらしき人がいて、こちらにお辞儀をしてきていた。

 俺と同じくらいの年齢に見える、お父さん。


 そうだよな。

 俺くらいの歳になると、娘がいても不思議じゃないよな。


 まったく俺は、何をやっているんだか……。

 少女の歩いていく方向を見つめていると、ベンチの後ろの方から声が聞こえた。


「女の子って、やっぱり可愛いですよね」

「そうですね。可愛いですよね」


 何気なく返事をしてしまったが、我ながら危ない発言な気もするな。

 俺は、ロリコンっていうわけではないし。


 知らない人に勘違いされてもかなわないと思い訂正しようとすると、声の主は俺の横へと座ってきた。

 声の主は、スーツ姿の若い女性だった。


 手に持っていた大きなカバンを、ベンチへと置いた。



「はぁ……。契約を取るって難しいですよね。私のあのくらいの少女時代に戻りたいですよ……」


 いきなり話し始めたけれども……。

 こんなところで、俺に話しかけてくるなんて、おかしいぞ……。

 花見もできない時期の公園にいるのも怪しい……。


 大きなカバンといい、この発言といい……。

 この女性はもしかすると、保険か何かの営業なのか……。

 女性は、少女の方を向きながら、なおも話しかけてくる。


「営業って大変なお仕事ですよね。あなたも営業さんですよね?」


 やっぱり同業者なのだろう。

 若い女性が営業をやるっていうのも、良くある話。


 営業は、顔で採用されたりするというが、すごく美人な人であった。



「商材がいけないんですよね。まったく、商品が良くなきゃ売れないってものですよ。はぁ……」


 見ず知らずの人の心に取り入れるためのテクニックというものがある。

 馴れ馴れしく話しかける。

 そして、自分の本音を披露する。

 この女性は、さりげなくそれを使って、俺に取り入って来ているぞ……。


 そしたら、次に来るのは……。


「この商品、全然売れないんですよ。なのに、上司からはこれを売らないと、給料抜きだーって言われちゃいますし」


 自分の弱みを見せること。

 そして、救いの手を求めること。


 売れない社員に対して指導される『接客マニュアル』通りの営業だ。

 商品が売れない社員に対しては、このような商品を無理矢理売るための『接客テンプレート』というものが用意されている。

 この女性は、俺に何か商品を売りつける気だぞ……。


 こういう若い子には、可哀想だけれども、ここは心を鬼にしてきっぱりと断ろう。

 俺も、給料が上がらなくて、今月ピンチだし。

 ここは、何を言われても反応しないぞ。


 何か反応すると、この人に情が移ってしまうから。

 話し込んじゃだめだ。


 何か言われても、軽く受け流そう。


 女性はそのままの調子で、言葉を続ける。


「契約して『魔法少女』になってもらうって、そんなこと誰も受け入れてくれないですよねー……」

「え……? 魔法少女……?」


 ついつい反応してしまった。

 女性からは、少し笑みがこぼれた。


「変な話ですよね。私の国の女王様がですね、人間界に行って魔法少女になってくれる人を探せーっていうんですよ」

「え……、え? 女王様? 人間界?」



 なんだ、このセールストーク……。

 気になるポイントが多いぞ……。


 営業の女性は、私が食いついたと思って、楽し気に話を続ける。


「そうなんですよ。魔法少女になって、暴れまわるハラハラ達を浄化して行ってもらうっていう契約なんです」

「そ、そうなんだ。何そのハラハラっていうのは?」


 最後にきっぱりと断れば良いだけだもんな……。

 気になる話なので、ちょっと聞いてみよう。

 俺の営業トークのネタの一つにでもなれば、儲けものだし。


「ハラハラ達はですね、黒く染まっている集団なんですよね。パワハラ、セクハラ、モラハラ……」

「あ、その『ハラ』なんですね。確かに黒い……。ブラックと言った方がニュアンス的には合いそうな集団ですね……」


「あー、そうかもですね。すごくブラックですよね。魔法少女は、そんな人たちを浄化させていくんですよ。浄化して、白色にしてあげるんです」

「それも、ホワイトにしてあげるっていう方がしっくりくるかもね」


 なんだか、魔法少女というよりも、別の委員会のような気がしてくるな……。


「魔法少女っぽくない名前で、『コンプライアンス委員会』って呼ばれてるんです。略称はそのまま、『コンプラ』」


 日曜朝にやっている魔法少女的な略称にしようとしたのか。

『二人は』とか、『ファイブ』とかいう言葉が付かなくて良かったけれども。


「スマイルとか、フレッシュとか、ハートキャッチとか。名前の前に何か付けたら売れると思うんですけどね」



 その名前を付けてしまうと、完全にアウトな気もしてしまうが……。

 けど、ハラスメントを無くして、コンプラを守らせるという活動をしているというのは、なんだか良い活動に思えてくる。


 俺も、ハラスメントを受けている立場だし……。

 あのパワハラ上司を、どうにかできたら、もっと会社人生も楽しくなるだろうし……。


 営業の女性は、ここぞとばかりに書類を出してきた。


「あ、もしかして、興味ありますか? 今なら無料体験できるんですよ。大丈夫ですよ。簡単な書類に目を通してもらって、ハンコを押してもらうだけです」

「えっと、それって、解約する時ってめんどくさかったりしないですか……?」


「大丈夫ですよ。私に電話一本くれれば解約しますよ。クレジットカードの登録とか、引き落とし口座の登録とかも不要ですし。私を助けると思って、体験だけでも成果になるんです!」

「……それなら、良いのかもしれないな」


 契約の時に、詳しく書かせないものは、まだ信頼できる。

 この契約は、住所も書かなくて良いらしい。

 それなら、少し体験してみても良いかもな……。


「今の上司をホワイトにしちゃうくらいはできると思いますよ!」

「……それじゃあ、一度だけ体験してみようかな」


 営業の女性の顔には、満面の笑みが咲いた。


「そうしましたらですね、今空いている色はですね……。『モーヴピンク』です! こちら一番人気のオシャレからーですよ!」


 コスプレ衣装のようなピンク色の衣装を渡された。

 これに着替えるのか……?

 ただのコスプレおじさんの出来上がりじゃないか……?


「変身の仕方は、後ほど教えますね。初回なので、もちろん私も付いていきますんで」


 俺は、新手の詐欺に引っかかっているのかもしれない。


「安心してください。ちゃんと魔法少女になれるんで!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「僕と契約して魔法少女になってよ」と誘われたおじさん達は、お互いに正体を知らないので、無理して少女のフリをする。 米太郎 @tahoshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ