【KAC2024お題作品】何歳でも推しの色を身につけたい

カユウ

第1話

「これじゃないのー!」


 絵里が用意してくれていた服を見せたときの涼香の第一声がこれ。あまりの大声にびっくりして、とっさの声が出なかった。


「やーなのー!」


「お、お母さんが用意してくれたお洋服だよ?」


「やー!りょーかちゃんはオレンジがいいのー!」


「オレンジ?うーん、あったかな……」


 地団駄を踏んで怒る3歳の娘。無理やり着せても自分で脱いでしまうので、わがままを聞かざるを得ない。しかし、涼香の服が入っているタンスを開ける。開けただけでパッとわかるよう絵里がしまってくれていたのだが、オレンジ色の服は見当たらない。


「涼香、オレンジ色の服ないよ」


「あるー!オレンジのあるのー!!」


 ドスンドスンと両足ジャンプを繰り返し、小さな体めいっぱいに不満を伝えてくる。着ている本人があるというのだから、オレンジ色の服があるのは事実だろう。となると、洗濯で干されていると思われる。俺はオレンジ色の服を探してくると涼香に伝え、洗濯物を干しているベランダに出る。すると、涼香用の小さなハンガーにかけられた、オレンジ色のワンピースが目に入る。オレンジ色のワンピースを触ると、まだ生乾き状態だった。


「涼香、オレンジのってこれ?」


「それー!りょーかちゃんオレンジきるのー」


 ハンガーにかかったままオレンジ色のワンピースを見せると、ニッコニコの笑顔で手を伸ばしてくる。


「わかったわかった。まだ乾き切ってないから、ドライヤーで乾かすよ」


 洗面所に行き、ドライヤーの温風を生乾きのオレンジ色のワンピースに向ける。


「なんでオレンジがいいの?」


「ぷいきゅあなの!ナイトー!」


「ぷいきゅあ?……ああ、プリキュアか。涼香もプリキュアを見るようになったんだねー」


 日曜日の朝にテレビ放送されている戦う女の子のアニメを見るようになったようだ。教育テレビ以外も見るようになったみたいで、娘の成長を感じる。


「オレンジ!ぷいきゅあー!」


 ドライヤーで乾かし終えたオレンジ色のワンピースを着せると、娘のテンションアップ。るんるんで踊っている様に微笑ましくなるも、時計を見て思ったよりも時間がかかったことに気づく。


 絵里の美容室はもう終わっていることだろう。急がなくていいとは言われているが、あまり待たせるわけにもいかない。楽しそうに踊っている涼香に上着を着せる。オレンジ色の服が見えなくなるので、また怒るのではないかと思ったが、着ていればいいのだろう。すんなりと上着を着てくれた。絵里が準備しておいてくれた涼香のおでかけ用具を持ち、涼香とともに家を出る。


 家を出てからも涼香のテンションは高いままだったが、こちらの言うことはすんなりと聞いてくれる。普段以上にシャキシャキと動く様は、オレンジ色のワンピースを着ているおかげだろうか。おとなしくバスにも乗ってくれたおかげで、絵里との待ち合わせ場所までほとんど止まらずに行くことができた。


「あ、いっくん。涼香ちゃん。こっちだよ。大丈夫だった?」


「おまたせ。着替えさせようとしたら、涼香がオレンジの服着たいっていうからさ。ドライヤーで乾かしてたら思いの外時間がかかって」


 待ち合わせ場所に近づくと、こちらに気づいた絵里が手を振って知らせてくれる。涼香と2人で絵里の元へ行くと、心配そうな顔で問いかけてきた。隠すこともないので、俺は家での顛末を伝えると、絵里は苦笑いを浮かべた。


「あはは……ごめんね。ちょっと前からプリキュアにハマってるの。好きなキャラクターの色がオレンジだからか、オレンジ色のものを身に付けたがるの。まるで推し活よね」


「あ、プリキュアの影響なのは涼香から聞いたよ。でもさ、プリキュアにナイトなんていないよね?」


 過去に戻れるのであれば、ここで聞いてしまった自分自身の口をふさぎたい。聞かなければ、知らなければ、こんな感情を持たなくて済んだのに。


「ナイトはそのキャラの決めセリフ?だからかな。キュアウィングっていうの。オレンジ色でね、男の子のプリキュアなんだって。本当の姿は飛べない鳥なんだけど、人の姿に変身できるの」


「へ、へー……お、男の子のプリキュアなんだー」




 ぎこちない応答になってしまったのは致し方ない。涼香が早々に手元を離れようとしているような気がして、キュアウィングというキャラクターに嫉妬してしまった。我ながら心が狭いと思うのだが、娘を持つ父親は繊細なのだ。帰ったらキュアウィングというキャラクターについて調べよう。そう心に決めると、気持ちを切り替えることにした。


 帰って調べた結果、樹もハマってしまったことはまた別のお話。

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