雨女な君と傘を忘れる僕

@KotatuNeru

雨女な君と傘を忘れる僕


 今日もシトシト雨が降っている。

 隣には雨女――楠木くすのき先輩が空を見上げて立ち尽くしていた。

 ここは放課後の正面玄関。


 『雨の日に僕と先輩は決まって傘を忘れる』


 雨女が傘を忘れるなんて可笑しな話だと思うだろうか。

 けど、僕も鞄に入れた折りたたみ傘の存在を忘れているから。

 きっと、雨女が傘を忘れることだって、あり得なくはないと僕は思う。

「絹傘きぬがさくん、傘忘れたの?」

「楠木先輩こそ傘持ってないんですか?」

 これは、ふたりしか知らない秘密の合図。

「じゃー、少し話さない?」

「いいですよ」

 そして、他愛も無い話しをする。



「雨、あがっちゃたね」

「そうですね」

「……それじゃ、絹傘くん。またね」

 雨が止むと、僕と先輩の時間も終わる。

 僕は先輩の後ろ姿を見送ってから、水溜りを避けて帰路に着く。



 『恋』という漢字を見たとき、僕は心が亦かさをさしている、もしくは雨宿りをしているように見えた。

 『恋人』という漢字を見たときも、僕の隣に立って空を見上げていた、あの『人』は僕のことをどう思っているのか気になって勉強が手につかなくなった。


 そして、楠木先輩が卒業する良き日。

 その日もシトシト雨が降っていた。

 隣には雨女――楠木くすのき先輩が空を見上げて立ち尽くしている。

 ここは放課後の正面玄関。


 僕と先輩はこの日も決まって傘を忘れる。


 雨女が傘を忘れるなんて可笑しな話だと思うだろうか。

 けど、僕も鞄に入れた折りたたみ傘の存在を忘れているから。

 きっと、雨女が傘を忘れることだって、あり得なくはないと僕は思う。

「絹傘きぬがさくん、今日も傘を忘れたの?」

「楠木先輩こそ、こんな大事な日にまで傘持って来てないんですか?」

 やっぱり、雨女が傘を忘れるなんて、どこか可笑しくて、僕と先輩はお互いにクスクス笑いあった。

「じゃー、少し話さない?」

「いいですよ」

 そして、他愛も無い話しをする。

 体育館が寒かったとか、卒業式緊張したとか、担任が号泣してて噴いたとか、そんな他愛も無い話しだ。


 そして、


「…………雨、あがっちゃたね」

「そうですね」

「……それじゃ、絹傘くん。元気でね」 

 雨が止むと、僕と先輩の時間も終わる。

 僕は先輩の後ろ姿を見送って――

 「先輩!」

 「……絹傘くん?」

 もう、雨は降っていない。

 だから、僕と先輩の関係はこれでお終い。

 その方が甘酸っぱくて、少し切ない綺麗な思い出として残せたかもしれない。

 けど、おかしいと思ったんだ。

 だって、そうだろ。

 どうして――

「絹傘くん?」

 どうして、先輩を引き止めて置けるのが僕じゃなくて、雨なのかって。

 だから、


 ――君を引き止めておけるのが雨なんかじゃなくて、君を引き止めておける僕になるために。


「楠木澪くすのき みおさん! また、僕の隣にいてもらえないでしょうか!」

 

 いや、気の利いた告白のセリフなんて僕には思い浮かばない。

 ただ、もっと一緒にいたい。

 それを、ストレートに伝えてみたら、こうなった。

「…………」

 沈黙が痛い。

 右手を差し出す形でお辞儀をしているものだから、先輩がどうしているのかもわからない……。

「…………」

 やっぱり、僕みたいな雨に甘えっぱなしな情けないやつじゃ、ダメかぁ。そりゃ、ダメだよなぁ……。

「…………」

 そろそろ、この姿勢もキツくなってきた。

 顔を上げてもいいだろうか?

 いや、でも待つのも男として大事なことでは…………あれ?


 ポツリ、ポツリ、――ザァァァァァァ!!

 

 急にどっと降り出した!?

 ハッとして先輩に駆け寄る。

「楠木先輩! 一旦校舎まで戻りましょう!」

「…………」

 放心なされている!?

「………… 」

 俺の告白、そんなに嫌でしたか!?

「いや、それより」

 取り敢えず、先輩が雨に濡れないようにしないと。

 そこで、アレを思い出した。

――まさか、使う日が来るとは。

 鞄の肥やしになりつつあったアレを空に向かって広げ、先輩が濡れないように引き寄せる。

 端から見れば、『相愛傘』というやつに見えるかもしれないが、折りたたみ傘はひとり用だ。

 正直、俺は頭以外ずぶ濡れという状況なので。

 まぁ、『恋人』という字で表すなら。

 『心』が楠木先輩で、『亦』が傘。

 『人』が俺なので。

 …………ミッションコンプリートってやつだ。

 報酬は風邪かな? 

 先輩優先だからいいんだけどさ。

「……絹傘くん」

「うん?」

 どうやら、魂が戻ってきたらしい。

 それならと、校舎まで移動しようとする俺にしがみつく先輩――えっ!?

「……いい。このままで」

「いや、あの、先輩? でも、雨がですね」

「……わからないかなぁ」

 なにやら、ご機嫌斜めな様子。

 寝起きが悪いタイプなのだろうか先輩は?


「だから、君の隣に居てあげるって言ってるじゃん!」


 いえ、初耳ですが!?

 寒いのか耳まで真っ赤になった先輩が俯いて、なにかつぶやいている。

「それに、校舎むこうに戻ったらさ……」

「え? 先輩なんですか? 雨の音で最後の方が聞こえなごふぅ!?」

 腹パン!? 先輩そんな人でしたっけ!?

「いいから! 絹傘くんは上向いてて!」

 放心状態から目覚めた先輩は少しだけわがままでバイオレンスになっていました。


 後に、その時の状況を楠木先輩はこう語っています。


「君と添い遂げるきっかけになったとはいえ、あの時の鈍感っぷりには、流石の私もおこおこぷんぷんまるだよ!」


END

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