裏切り者
「なにしに来たんですか」
階段下に下りた明路は、濃い色の車の前に立つ湊の姿を見て、そう言った。
「なにしにも何も事件のようだが」
「まだ連絡してませんよ」
「俺に来られちゃまずいのか」
「そういうわけじゃありませんが」
どんな裏切り者だ。
藤森が運転して連れてきたようだった。
そのとき、湊の視線が、一点を見つめていることに気がついた。
負傷した眉村と、下に落ちているナイフを見たようだ。
湊の足許がふらつく。
「部長っ!」
傍まで行っていた明路が、湊の顔を手で覆おうとする。
「明路っ!
そいつを甘やかすなっ!」
誰かが鋭い声を飛ばした。
眉村が階段途中に膝をついて、身を乗り出し、湊を睨んでいた。
「大丈夫だ」
と額に手をやり、湊は明路をもう片方の手で押し返す。
余程、あの場所で血を流すのが好きらしいな。
明路は湊から少し離れ、階段途中で座り込んだ『先輩』を見上げる。
彼が意識を取り戻し、死ななかったこの未来。
幽霊階段の霊はもう出ない。
ただ、意識不明の間、彷徨っていたときの噂だけが残っていた。
遅れて着いたパトカーの方に湊は行き。
救急車も来たのだが、眉村は乗らないと駄々をこねた。
「もっと重症な人のところに行ってください」
と救急隊員を押し返していたが。
いや、落ち着かせるために、あんな言い方したけど。
あなた、結構重傷ですよ、と思いながらも、そのまま見ていた。
言っても聞くような男ではないからだ。
あとで、あの病院に連れていこう、と思う。
彼の生徒が居る病院。
かつて、彼自身が浮遊していたあの病院に。
現場にも行かずに、車に縋り立っていた藤森がこちらを見た。
「ごめん。
手間かけさせたわね、藤森」
「いや――」
溜息をついたあと、それだけを彼は言った。
少しの沈黙のあと、
「お前が出たあと、部長が血相変えて出かけようとしたから、何かあると思って」
と言う。
そう、と言いながら、その言い方に少し違和感を覚えて彼を見る。
「知ってたよ」
「え」
「学校であの子と話したから」
藤森の目は、まだ階段途中に居る神崎葵を見ていた。
「一緒に暮らしたことはないんだろう?
なのに、話し方がそっくりだった」
血って怖いな、と言う。
「……私と似てるかしら」
「お前じゃないよ」
湊部長とそっくりだった。
そう藤森は言った。
十六年前の呪い――。
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