残像

 

「お、神崎。

 早いな」


 朝、もう服部怜を見張る気もしなかったので、葵は早くに学校に来ていた。


 廊下を歩いていると、教師ににこやかに話しかけられる。


 立ち止まり、丁寧に頭を下げ、挨拶をすると、教師は満足そうに頷き、歩いて行った。


 自分はいわゆる優等生の類いかな、と思う。


 意識してやっているわけではないし、そうなりたいわけでもないのだが。


 誰に似たんだろうな、と溜息をついたとき、突然現れた幻影が自分を追い越していった。


 楽しげに友人と笑い合っている佐々木明路の姿だ。


 此処は一年生の廊下だから、まだ何も知らなかった頃の明路かもしれない。


 その瞳の奥には、魂に宿る記憶の重さはあったが、笑顔は明るい。


 しばらく、ぼんやりとそれを見送っていたが、なんとなく、上の階へと向かった。


 今日は調子がいいというか、悪いというか。


 二階に上がると、同じように話しながら歩いて来る明路が見えた。


 その少し前を由佳と、確か四条とかいう友人が歩いている。


 二年生のいつの時期なのかはわからない。


 だが、誰もが仲間に囲まれて幸せそうだった。


 その場に立ち尽くし、その姿をいつまでも見つめていた。


「神崎」

 肩を叩かれ、葵は、はっと振り向く。


 眉村が立っていた。


「そろそろ他の生徒たちも来るぞ」

「……はい」


 顔を隠すように俯きがちに行こうとしたが、気配を感じた。


 目の前から誰か来る。


 カラカラと乾いた音を立てて。


 一瞬、棒立ちになる。


 何故、此処に?


 あの白衣の男。


 学校薬剤師の霊がこちらに向かって機械を押して、やってくるところだった。


「ああ、なんか来たか?」

と眉村は目を細め、こちらの視線を追っている。


「明路が何かしていったみたいだからね」


 何にも無関心な白衣の男が、すれ違うとき、こちらを見ていった気がした。


 佐々木明路がね……。


 一体、何を仕掛けていったのか。


 まるで、自分を見張っているようだ、と葵は思った。





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