連合王国成立録(習作)

出水でみ

第1話




 なんの為に俺はここにいるのだろう。


 いや、哲学的な話をしているのではないくもっと物質的で現実的な話だ。


 ここは王都の大聖堂だ。


 信心深い方ではない俺がこんなところにいる理由は察してもらえるかもしれない。


 わからない?


 まぁ、そうだろうね。


 俺がここにいる理由は一月前まで婚約者だった女の結婚式に参列するためだ。


 王国ではそれなりの地位である子爵の家に生まれ、物心のつく前に親同士が決めた許婚いいなずけが彼女だ。


 子供の頃から何度も交流はあるから、ある日親から「お前はこいつと結婚せよ」と言われるのが常である貴族社会において、俺と彼女は恵まれた関係だったと思う。


 幼少期にはお互いの家(領地にある本宅)を年に一度は行き来し、少年期には遠乗りをすることもあった。


 俺は彼女を大切に思っていたし、彼女と結ばれるのなら貴族の家にしては暖かい幸福な家庭を築けると思っていた。


 だがそれも5年ほど前までの話だ。


 隣国との不仲が表に出て、開戦の可能性が噂され始めた。


 王国は長い平和の時代を過ごし、「貴族というものは民の物心を守らねばならない」そんなことを考える者も少なくなって久しい。


 俺の両親も彼女の両親もそうだった。


 だが俺は違った。


 貴族が民草よりも裕福に生活し、より良い教育を受けることができるのは民の安寧を守るっているからであり、守るためである。


 そう思うようになったのは父親が雇った家庭教師の影響かもしれない。


 物覚えの良かった俺には何人もの家庭教師が付けられた。だがその何人も長持ちはしなかった。


 物覚えが良すぎたようだ。


 幼少期の行儀作法から始まり、算術、歴史、地理、語学とそれぞれ専門とする者が雇われたが悲しいことに彼らから学ぶことは多くなかった。


 書籍に目を通せばそのことごとくを身につけることができたからだ。


 もっとはっきり言おう、書籍に載っていることを口から出しているだけの家庭教師に何の意味がある?


 そうして俺の家庭教師を引き受ける者を探すほうが困難になった頃に迎えたのが彼だった。


 貴族の庶子(正妻以外から生まれた子)であるが学者として高い知識を持ち、剣の腕も立つ。俺は彼からあらゆることを学んだ。


 貴族として求められる知識は既にひと通り身に着けているので彼から学んだものは、さらに深めた知識と考え方、兵学と武術だった。


 考え方… いや、生き方と言ってもいいかもしれないな。


 先にも述べたが、貴族がなぜその地位にいられるか、その生活を維持していられるか。その考えこそ貴族に必要であると彼はいつも俺に教えた。


 その頃からだろうか、俺と父親、彼女の父親との考え方の乖離が気になり始めたのは。


 少年期と言える年齢になった頃、貴族は学校へ通うことになっている。


 女子であれば1つしかない貴族子女のための学校へ通えばいいが、男子はいくつかの候補がある。


 貴族子弟のための学校、ここでは貴族として他の貴族との交流や行儀作法を学ぶ。

 行儀作法なんてものはとうに身についているし、他家との交流は必要ではあるが最低限でいいだろう。


 学問を学ぶための学校、ここは学問を探求し国の発展に資することを目的とした教育が行われる。

 官僚や商人、学者になるための学校と言えるが、ここで学べることは既に彼から教えられている。


 俺が選んだのは軍人を育成する学校。

 文字通り軍人になるための教育を受け、王国軍の幹部になるにはここを卒業する必要があったりなかったりする。


 なぜあったりなかったり、という言い方になるか。

 俺が子爵家の出であると述べたが、王国には貴族という制度が良くも悪くも強くある。


 軍とは言えその内部は社会の縮図であり、端的に言えば家柄が物を言う。一軍の司令官がある日、軍人教育を受けたこともない高位の貴族になることだってあるんだ。



 話を戻そう。



 俺が軍の学校へ行くことを決めると皆が反対した。

 それはそうだろう、子爵家の跡取りが他の家であれば三男以降や庶子が行くような軍の学校へ行くと言うのだから。


 だが、家庭教師だった彼、先生だけは応援してくれた。


「民の生活を守るためには強い軍が不可欠だ。俺はそのために軍の学校へ行き、王国軍を強くしたい。」


 この話をすると先生は泣いてしまった。


「私はなんてことを… 彼の人生を…」


 そんなことが聞こえたが、先生が責任を感じる必要はない。決めたのは俺だ。


 王国軍を強くし、民を生活を守ることで王国は安定し、婚約者も安心して生きることができる。

 そのために俺は微力を尽くす。



 …そう、思っていたんだがな。



 彼女との間に溝を感じるようになったのは俺が学校へ入ってしばらくのことだ。


 軍の学校というところで育成するのは兵士ではなく士官。貴族の子弟も多く長期休暇などもあり里帰りも普通に行われている。


 この頃には許婚から婚約者に立場は変わっていたから遠乗りや茶会などと会えるように手紙を出していたが返事は「予定が合わない」とだけ。2年も続けばどういうことか察しもする。


 学校の同期の貴族出身者には近場の平民女性に手を出し、子供まで作った者もいた。将来的にはめかけにでもするんだろう。


 だが、そうなると貴族社会での風聞が悪く、結婚相手の実家からの風当たりも強くなる。当然、妻となる相手が妾を良く思うわけもない。


 俺としてはそんな環境は作りたくないのでひたすら身を律してきた。




 軍学校の卒業時、先生からの教育のお陰で首席での卒業で中尉として任官した。


 そこからは与えられた中隊を鍛え上げる日々を過ごした。


 中尉である俺が中隊長になれたのは子爵家の出であることが大きかったように思う。通常であれば小隊長であるはずの中尉だが各方面からの嫌がらせの一環なのはすぐにわかった。


 部下となった者たちとは当然に面識はないと思っていたが、1人だけ長い付き合いの者がいたことは正直なところ救いだったと思う。


 嫌がらせとはなにか?

 身の丈に合わない中隊を与えることで失敗を誘発させ、俺を潰そうということだよ。中隊員もその多くが平民の、それも貧民出身の者たちを割り当てられていたので貴族である俺に隔意があるのは当然だな。


 ならなぜこのように冷静に説明できるかというと、彼らは戦友だからだ。




 半年ほどの練成期間は取れたが、戦争が始まった。俺たちはさっそく最前線に送られ、幾度も死線をくぐることになる。


 部下たちとは何度も衝突し、語り合い、怒鳴り合い、殴り合った。


 何人もの犠牲を出したが、俺たちの中隊は他の中隊とは比較にならない戦果を出した。


 俺自身も幾人もの敵兵を斬り伏せ、突き倒した。これが部下たちから信頼を得られた理由だと後になって聞かされ、あれだけ語り合ったことが徒労に思えて力が抜けたものだ。


 戦線が硬直し、一度前線から離れると俺に与えられたのは勲章と二階級の特進、そして特別任務。これによって特務少佐となり俺は大佐相当の扱いを受けるように、士官の補充を受けることで中隊は特務中隊として大隊相当と扱われることになった。


 出世はいい。動かせる兵が増えればできることも増える。部下たちの給料も上がり、意欲も練度も高い。


 問題は特務だ。


 俺は何度も小隊長たち、分隊長たちと話をした。俺としては行きたくないと言ってほしかった。断ってくれと言ってほしかった。


 だが最後まで全員が共に戦うと言う。


 直属の小隊だけで行おうとしていたが、これにより全員参加となった。


 特務の内容は敵国首都の強襲。


 あぁ、作戦は成功した。


 部下の半数を失い、生き残りの者も多くが戦傷を受けた。だが誰一人として俺に恨みを言う者はいなかった。




 戦後処理がひと通り落ち着き、俺はまた特進し、准将となった。

 俺の年齢での将官はそうそうないことだ。


 昇進と勲章だけでなく、今回は叙爵じょしゃくまでされた。


 いきなり伯爵だそうだ。


 実家よりも格上となってしまった。


 俺に特務が与えられる前に、一個師団で攻撃したが返り討ちに遭っており、伯爵家当主が数人亡くなったことも原因であろう。




 家を離れたとはいえ、貴族では父親の言うことに逆らうことははばかられる。


 爵位も得た、軍人としての地位も実績もある、結婚しろ。


 父親からそう言われては従う他ない。




 俺の軍での功績は広く知れ渡っており、結婚式の式場として大聖堂の使用許可もすぐに取れ、高名な司祭に祝福をもらえることになった。




 これが一月前までの話。


 俺が自室で招待状の返信に目を通していると副官が訪ねてきた。


 付き合いは古く、学校へ行く前から始まり、卒業後は俺の副官として側で支えてくれた、誰よりも信頼している相手から言われた言葉に、俺は覚悟を決める。


「どうか結婚はおやめください、お相手には別の方との間に子供までおります。」


 副官が俺に嘘を吐くとは思えず、部下に命じて婚約者の身辺調査をさせた。


 答えは以前からの想像通りだが俺の想像を少し超えていた。


 婚約者である彼女は学校へ通い始めてすぐに、いくつか年上の侯爵家の子息と通じていた。


 学生のうちに一人、卒業後にもう一人の子を産み、それをあちらの一族は隠していた。


 今はまだ側に置いているようだが、俺との結婚が成立すればどこかに養子にだすと計画していたそうだ。




 なるほど。




 婚約者の実家である子爵家、相手である侯爵家は俺のことを、いや、俺たちのことを舐めすぎだ。


 俺のことを思い、怒り狂う部下たちを宥めることのなんと苦労したことか。


 出征中に妻や恋人が離れた者たちの怒りがここに集約されてしまった。


 三日ですべての予定を書き換えた。




 三男であり、本来なら侯爵家を継ぐはずのないその男を侯爵家の跡継ぎに指名させ、彼女と結婚させることにした。


 生まれている子どもたちは当然に侯爵家の直系と認めさせ立場を確定させた。


 俺が方々に手を回して準備を重ねた結婚式はそのまま彼らに行わせることにした。


 そうして、今ここに身軽になった俺は参列している。


 隣には副官が微笑んでいるが、、、


 お前… 嘘だろ…




 ★ ☆ ★ ☆ ★


作者です。

リハビリがてら書いています。

→書きました。


次回は

2024.04.19 23:59

の予約です。

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