幕間
幕間
土曜日。
盗難品の発見の大ニュースがあった翌日だとしても、声楽部のスケジュールは変わらない。アンサンブルコンテストの地方大会が間近に控える今、練習を欠かすことは無いだろう。
だが、その熱量は、永海にはあまり関係のないことだった。
今日も、心ゆくまで歌えれば、それで。
とはいえ、この時期は練習室の争奪戦になるのが困りものだった。出来れば他の部屋の音が聞こえにくい一番端の練習室を借りたいのだが、大会前には空いていないこともよくある。
そのため永海は、お目当ての練習室を確保するべく、少し早めに音楽棟へとやってきていた。
朝礼が始まる前に練習室の鍵を借りてしまおうと、まだ人気のないエントランスへ入る。そうして職員室へと向かう途中で、永海は立ち止まった。
「高宮」
「あれっ、ながみんじゃん」
声をかければ、先を歩いていたお団子頭がこちらを振り返る。
永海よりも早く来ていたらしい高宮は、これから練習室の準備へ向こうところなのか、右手には鍵と楽譜の入ったファイルを、左手には譜面台を持っていた。
永海の姿を見て目を丸くした高宮は、心配そうに首を傾げる。
「どしたの? もう体調はダイジョブそ?」
それを無視して、永海は言う。
「君、良い度胸してるよね」
一瞬、高宮の顔が陰った。
が、すぐに口角が上がり、人好きのする明るい表情が戻る。
「……え~? 珍しい。怒ってるねぇ、ながみん」
「誰のせいだと」
おどける高宮に、永海は吐き捨てるように言った。
昨日永海が聞いた、盗難を起こした犯人の――「物取り幽霊」の思い。怒りや悔しさのあまり誰かを恨むような、
それは、高宮の声から聞こえたものだった。
歌に込められた思いは強烈で、永海は思い出しただけでも
自身の歌声に対するコンプレックス。
アンサンブルコンテストで地方大会に進めなかった悔しさと悲しさ。
自分との伴奏を三回も断った永海が、新たな伴奏者と上手くいっていることへの怒りや嫉妬。
それらが全部混ざり合って、どうしようもないほどに膨らんで、胸から《だくりゅう》のように
その息苦しさを思い出して、永海は言葉を喉に詰まらせてしまった。
これは、高宮の思いが聞こえてきただけだ。覚えのない感情だ。そう分かっていても、永海の心は同じだけの息苦しさで悲鳴を上げていて。
――あぁ、くそ。かけがえのない宝物を盗まれても怒らない心優しい伴奏者に代わって、恨み言の一つでも言ってやろうと思っていたのに。
首に手を当てた永海は、肺が空っぽになりそうな大きな溜め息をつく。そうして、止めていた足を職員室へと向かわせながら言った。
「次は無いから」
「……うん。ありがとぉ、ながみん」
どこか絞り出すように返した高宮は、ぎこちない笑みを浮かべていた。
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