第1話 否定された『真珠湾奇襲計画』 前編

ーとある戦艦の防空指揮所ー


太平洋上を航行する第二航空艦隊の中で、旗艦でもある1隻の巨大な戦艦の防空指揮所に一人の海軍将校は夜風に当たっていた。

その海軍将校は、まだ20代になって間もない感じだ。

(開戦が回避出来れば、それに越した事はないが、アメリカの思惑を考えると、そう簡単には行かないだろうな・・・。)


その海軍将校こと遠藤泰雄中将は、内心で思いながら、約半年前の出来事を振り返っていた・・・。


今を遡ること約半年前の1941年6月、帝都東京・霞ヶ関 海軍省の一室では、『とある計画』について協議される事になっていた。

その場には、連合艦隊司令長官・山本五十六大将や彼の幕僚達の他に、第一航空艦隊司令長官・南雲忠一中将と参謀長の草鹿龍之介少将の他に航空甲参謀の源田実中佐がいた。

他にも、第一航空艦隊指揮下の第二航空戦隊司令官の山口多聞少将も出席していた。


本来ならば、直ぐに会議が始まる筈だったが、山本は始めようとしなかった。

「長官、出席者は全員、揃いましたが?」

そう声を掛けたのは、連合艦隊参謀長の宇垣纏少将だ。

だが、山本は少し意味有り気な笑みを浮かべながら答えた。

「いや、まだ一人、奴が来ていない。」


それから、5分~6分してからドアをノックする音がしたので、山本が「入って良いぞ。」と言うとドアが開いた。

「失礼します。遠藤泰雄少将、山本長官の要請により来ました。」

ケースを手にして敬礼をしながら入室して来た遠藤に対する出席者達の反応は様々だった。


遠藤は先月の5月に少将に昇進したばかりだったが、20代になって間もない彼が少将に昇進していたから、彼の事を何も知らない連中が遠藤の異例の昇進に疑問を抱くのは無理も無かった・・・。


また、遠藤は5年前に『1号艦』を設計した福田啓二造船技師と牧野茂造船技師に対して、容赦なく『1号艦』の問題点を指摘した結果、二人のプライドや誇りをズタズタにして『1号艦』の設計をやり直しをさせた『道場破り騒動』の張本人でも有名だった・・・。


そんな中、宇垣は遠藤が書類を入れたケースを手にしていた事から、遠藤が今回の計画内容を山本から事前に聞いている事を確信した。

(どうやら、彼は今回の計画を支持する気は無いみたいだ。この会議は、かなり荒れるな・・・。)

宇垣が内心、溜め息を漏らす様に思うのも無理は無かった。


今回の計画は、ほぼ、確定していて、山本の依頼を受けた第11航空艦隊参謀長の大西瀧治郎少将が源田と共に練り上げた計画で、連合艦隊先任参謀の黒島亀人大佐が細部を作り上げ、反対する軍令部を黒島が説得した経緯もあったから、尚更だった。


そして、用意された席に座る前に、遠藤は山本に尋ねた。

「長官、今すぐ、お話をしても良いですか?」

山本が軽く頷いて了承すると、ケースから取り出した書類数枚を手にしながら、遠藤は居並ぶメンバー達に臆せず話した。

「皆さんには、率直に申し上げます。今回、協議される『真珠湾奇襲計画』は、この国を亡国へと導く作戦です。」


数秒間の沈黙の後、遠藤の言葉を理解した数人から、怒号が室内に響き渡った。

だが、遠藤はそんな怒号に、平然としていた・・・。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る