【KAC20248】見えない眼鏡

雪月

見えない眼鏡

「不可視力矯正ですか?」

「はい!我が社の開発した最新技術でございます!」


 眼鏡のバイヤーをしているある女性の元にやってきたのは、白衣に瓶底レンズの眼鏡のいかにも科学者といった風体の女性だった。


 間違ってもセールスマンには見えないその相手にバイヤーの女性はアポイントメントを受けたことを後悔しかけていたところだったが“不可視力矯正”という聞きなれない言葉に少しばかり興味を引かれた。


「それは一体どのような……」

「はい!ご説明いたします!」


 喰い気味にされたその技術についての説明は要約すると、“見たくないものを見えないようにする技術”ということだった。


「つまり……見たくないものが見えなくなるようにできると?」

「はい!その通りでございます!」

「にわかには信じられませんが……」

「そうおっしゃることは予測しておりました!まずはこちらをお試しください!」

「こちらは?」

「試作品第12号ウォーターカット、つまり水が見えなくなる眼鏡でございます!」


 言うまでもなく水は透明だ。無論、屈折率の違いから水があるというのはわかるが。まさか“裸の王様”のように“ほら、水が見えませんよ”などとバカにするつもりではないか。

 そういぶかしみながらもバイヤーの女性は自分のかけていた眼鏡と渡された眼鏡とを入れ換えてかけてみた。

 しかし、かけてみてすぐに気がついた。

 かけてすぐに視界がクリアになったからだ。


「いかがです?視界がクリアになったでしょう?目には見えませんが大気中には大量の水分が、水滴とも言えないような細かい水の粒子が存在しています。この眼鏡はそれをカットしてしまうのです!」


 瓶底眼鏡の女性が得意気に語るのを、バイヤーの女性はほとんど聞いていなかった。

 彼女の頭の中では革新的なアイディアが生まれていたからだ。


「ねぇ、あなた。こういうのは創れますか?」


 ▽


 その眼鏡は“レンズレス眼鏡”と呼ばれた。

 パッと見は普通の眼鏡だ。

 もちろんレンズもある。

 しかし、使用してみれば“レンズレス”の意味はすぐにわかった。


 それまであらゆる眼鏡がどんなにクリアな視界をうたっていても、どうしようもなかったレンズそのものの存在。

 視力矯正をする以上は存在する屈折率による実際の視野との差違。

 それがその眼鏡には全くなかったのだ。


 レンズレス眼鏡は飛ぶように売れた。

 その技術はさらに発展と応用を重ね、特にその技術の使われたある水族館においては、連日客が詰めかけたという。


 ガラスも水すら見えないその巨大なトンネル水槽は、まるで別世界にいるようだと大評判であった。


 ▽


「いやぁ、凄まじい売れゆきで驚いております!さすが敏腕バイヤー様!」

「御社の技術のたまものですよ……ところで」

「またなにかアイディアが!?」

「……嫌な相手が見えなくなる眼鏡って創れますか?最近、出世したからか元上司が睨み付けてくるんです」

「ナイスアイディア!早速取りかかりましょう!」



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