白色光の分離は七色か?
あめはしつつじ
西、虹、に、し
放課後、文芸部の部室で、僕たち二人は、雨が止むのを待っていた。
「雨、止みそう? つつじくん?」
曇った顔で、くぐもった声で。
あめはしさんは、僕に尋ねる。
僕は窓から身を乗り出し、雲を見て、
「西の方が白くなってきているから、もうすぐ上がるんじゃない?」
と答えた。
あめはしさんは、ぼさぼさの髪をかいて、ぼそぼそと、
「どうしてそれで、雨が止むって、分かるの?」
「雲は西から東に流れていく。西の空が、白く明るいってことは、雲が薄くなって、雨が止むってことなんだ」
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際」
「枕草子?」
「今は夕方。太陽が、西の方に傾いてきて、それで、西の空が白く、見える。だけ、なんじゃないの?」
「うーん、なるほど。否定はできない。まあ、実を言うと、適当な理由をつけただけで、本当は、直感的にそう思っただけなんだ。こっち来て、見てみなよ。晴れそう、って思うから」
あめはしさんは、とぼとぼと、歩いて、窓際に、
「どっちが西?」
「教室の窓は南向きだから、黒板のある方が西」
「うん、少し、明るい。晴れそう」
「でしょ」
「虹」
「うん。西」
「違う、西じゃなくて、虹」
「ああ、レインボウの方」
「虹、見えるかな?」
「見えるんじゃない? 夕方、太陽が低い方が、虹はできやすいから。ただ、できるのは、太陽と逆の方向だから、東だけど」
「虹は東に、日は西に」
「何の話や?」
「……なの」
「波長?」
「好き、なの。虹。私、あめはしだから」
雨橋、だからなのか、天橋、だからなのか。
「それなら、僕も好きだよ。虹も、つじも、数字で語呂合わせしたら、24だし」
「……あれ? つつじなら、224じゃ?」
僕の名前は、つじである。
つつじの出自は、自己紹介の時に、つじのつ、が詰まって、つづまって、つ、つつつ、つ、じです。と言ってしまったことからだ。
以来、僕のあだ名は、つつじ、となった。
それを説明するのは、面倒くさいので、
「いや、虹は、一次の虹の主虹と、二次の虹の副虹で、二本あるから、二倍の虹で、224。つつじでも、同じさ」
と訳の分からない言い訳をした。
あめはしさんは、ただ、
「二人とも、好きなんだね」
とだけ言った。
二人の会話が、少し、止んだ。
ぽつぽつと、雨はまだ、止まない。
「七色って、何色だっけ?」
あめはしさんが、ぽつり。
「な、なな、七色?」
急に口を開くから、驚天、動転。
「虹の、七色?」
「うん」
「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」
「せき・とう・お う・りょく・せい・らん・し?」
「ああ、ちょっと待って、」
僕は、スマホで画像検索をする。
スペクトル、いや、可視光線、の方が良いか。
赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。横長で色分けされた図を見せる。
「ほら、こんなふうに、七色に分かれてる」
「うん、分かれてる。けど、繋がってないの?」
「何が?」
「茜さす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」
「あかね?」
「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも」
「むらさき?」
「茜さすは、紫の枕言葉。茜色と、」
あめはしさんは、七色に色分けされた図の、赤、を指さす。
「紫色」
紫、を指さす。
「繋がってないの?」
指を、くるん、とひと回し。
僕は何のことか、少し、考えた。
「色相環?」
スマホで、色相環を調べて、
「これでしょ?」
と、あめはしさんに見せる。
円。
時計回りに、12時から、赤、橙。
3時に黄色、黄緑、緑。
6時に青緑。
9時に青紫。
12時に繋がるように、紫、赤紫。
そして、12時、赤。
確かに色相環では、帯状のスペクトルと違って、赤と紫が繋がっている。
「どうして?」
「どうして、って。うーん、多分、スペクトルの方は、光の三原色で、色相環の方は、色の三原色で、」
あめはしさんは、じっと、僕を見つめる。
「ごめん、嘘言った」
「嘘、なの?」
「いや、多分、あめはしさんが思っている、嘘、とは違くて、」
「あっ、雨」
雨が止んだ。
西の空に太陽が出ている。
夕焼けは、まだ、始まったばかり。
橙色。
「虹、見えるかな?」
「屋上。行こうか」
僕は、職員室から、天文部のふりをして、屋上の鍵を持ってきていた。
屋上。
「虹、見えないね」
あめはしさんは残念そう。
雨は止んでいる。けれど、東の空は、まだ、曇り空。
「虹が見えるまで、居ればいいさ」
僕は、天文部が観測の時に使っている、ビニールシートを屋上に広げる。
寝っ転がると、シート越しに、ひんやりと、雨の冷たさを感じる。
隣に、あめはしさんも座る。
夕焼けが、どんどん進む。
橙色。
赤色。
茜色。
紫色の、夜の帳が下りようとしている。
「虹、見えなかった。太陽が低い方が見えやすい。って言わなかった?」
「まあ、そんな時もあるさ。人生そんなもんさ。でもさ、太陽が完全に沈むまで、待ってみない?」
「うん」
真っ暗。
結局、虹は見れなかった。
「じゃあ、行こうか」
僕は、言った。
「うん、つつじくん」
あめはしさんは、言った。
「つつじくんと一緒に、虹の向こう側へ」
何のことだろう。
ああ。
そういう。
なんて、なんて、くだらない。
「じゃ、あめはしさん、虹の向こう側へ」
二人で、手を重ねる。
声を、重ねる。
「「せき・とう・お う・りょく・せい・らん」」
僕たちは屋上から、飛び降りた。
白色光の分離は七色か? あめはしつつじ @amehashi_224
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます