第9章 運び屋ロブと聖白銀教会巡礼

王都から戻って半月ほど経つが、リナとクララは未だ面会希望の対応に追われているらしく、探索はお休みということになり、各自が自由行動をしていた。


スケさんはゴブ師匠と会ってくるとのことで、2階に常駐されたアジトダンジョンへ繋がれた格納門へ入っていった。


今まではアジトダンジョンに向かう際に格納門をその都度開閉していたが、ダンジョン内で開きっぱなしにした格納門はダンジョンから出てもそのままにできることを発見し、現在はロブが開閉せずともいつでもアジトダンジョンに行けるようになっている。


一方、ロブは居間で数枚のメモ書きを前に唸っていた。


メモにはそれぞれ『女神像配布』『活動計画』『ブロンズCランクへの道』『図書館閉架書庫RTA』『クロエからの依頼』『商業ギルドへの納品』と書いてある。


これらは、学園に入学する前に済ませたい案件をメモに起こしたものだ。それぞれの作業の重要度や作業時間で、優先順位を決めようとしているところだった。


最優先となるのは、この中でも『女神像配布』だろうか。


メモにはその作業の詳細として、『女神像作成』の他、『聖白銀教会の一覧入手』『教会の位置確認』『配布方法の検討』というのが挙がっている。


女神像作成は既に教会の数である888体を完成させたので、『済』と記載してある。


……仏像を888体作る、という時点で、生涯をかけてやるような仕事ではあるけど、お届けするまでがクエストになるので、ここからがまた大仕事になってくるわけだ。


『聖白銀教会の一覧入手』はクララやシスターを頼るとして、『教会の位置確認』は住所でまとめられた地図というのも無いので、教会なら必ず設置してある鐘を目印に探す他ないだろう。


『取扱説明書の作成』は依頼に無かったものだけど、リナやクララのアプデからすると必要だと思っている。ただ、印刷方法というのがネックにはなりそうだ。


割と困るのが『配布方法の検討』だろう。配布は教会に任せようかと、主要な大教会に配って任せるという方法も考えたものの、それで腐敗した上層部に独占されたら業腹だろう。


……と、項目1つ取ってもなかなか悩ましいメモが、いくつも並んでいるわけだ。


──『活動計画』は、スケさんやラビット氏との予定のすり合わせだ。


1年間不在となってしまうので、ロブがいない間のダンジョンへの移動をどうするかなどを相談する必要があった。


しかし、2階に格納門を常設した結果、半分ぐらいは不在でも問題なくなっている。


後はやることと言えば、郵便受けでも置いて連絡手段を用意することぐらいだろうか。


──『ブロンズCランクへの道』は、アイアンDランク以下は定期的に依頼を受けないと権利を失うので、入学前にブロンズCランクに昇格できないかという案だ。


ただし、アイアンDランクまでと違って昇格は『審査』があり、それ相応の資質が求められる。


既に30人の盗賊の捕縛というパーティでの実績があるので、他に審査の対象となる『ダンジョンの到達階層』を狙ってフィファウデに潜り、納品物でポイント稼ぎでもしようかと考えている。


あと、リナとクララについては既に目的を達しているので、ランクを上げるかどうかの確認も必要だろうか。


──『図書館閉架書庫RTA』は、1年間という短期間で閉架書庫の閲覧権限を得る必要があるため、事前にそのチャートを組んでおきたいというもの。


リナの兄で領主代行のワルターが学園の卒業生とのことなので、教科書のことや権限の判定基準やタイミングなど、色々と聞いてみたいと思っている。


──『クロエからの依頼』は、王都から戻ってきた時に玄関に連絡が入っていたので、ギルドで戻ってきたと返信する案件だ。


しかし、連絡がパーティ名ではなくクロエ名義なので、実家であるルーデミリュ絡みだと予想される。


詳しい話と急ぎかどうかも含めて、こちらは会ってからということになりそうだ。


──『商業ギルドへの納品』は、薬草や魔力草の回収と納品まわりについて、今後どうするかの検討だ。


恐らく日課でまた戻ってくるのは続かなそうなので、温泉まわりと同様に中州も週一にしようかと検討中。


代わりに、1週間あれば多少取りすぎていても収穫量は元に戻るので、上薬草のみだったものを中薬草まで全回収しようかと思っている。一度、全回収時の収穫量の変化は実験しておきたい。


問題は納品で、流通を壊す懸念もあってギルマスには5日の距離を飛べることは内緒にしているため、今まで通りにはいかない。


1年分を納品して小分けにしてもらうか、ラビット氏に代理で納品してもらうか、あるいは王都側でどこか信用のあるところを紹介してもらうか、だろうか。


……と、そんな感じで作業を整理して、優先度をつけていった。


クロエに連絡を入れることと薬草の全回収実験は先にやっておくとして、女神像は最優先、後はなるはや案件だろうか。


学園が始まるまで、あと実質的に4カ月ほど。早速動いていくことにしよう。


──聖白銀教会でクララかシスターに面会のアポを取ろうと思ったところ、教会の前は結構な人だかりだった。


野次馬やら手紙を届ける使用人やら、未だ『勇者様』『聖女様』の噂は覚めやらぬ様子だ。


そんな人だかりの中で、シスターが人を捌きつつも『喜捨』を募っていたので、声をかけて中に通してもらうことになった。


応接間でクララも対応がある中を来てくれたので、話を切りだした。


神像作りが趣味の知人が神託を受けて、総数900体もの女神像を作り上げた……という話をでっち上げて、その配布先として『教会の一覧』のようなものがあれば欲しい、と相談することに。


すると、『巡礼帳』という丁度いいものがあるとのことで、シスターはサンプルとしてヨンキーファ近辺を含む一冊を見せてくれた。


蛇腹折になった100ページほどの冊子で、各ページには教会名と、その周辺の都市からのアクセスを記載した模式図的な地図が書き込まれている。


ただ、材質は紙で出来ていて、ダンジョン産の皮からつくる獣皮紙が主流のこの世界では紙が高級なため、仮に譲ってもらうにしても値段が気になった。


ところが、この『巡礼帳』は本部からの購入ノルマが課せられた、いわば上納金システムのようで、結構在庫があるんだとか。


その上、ダンジョン経済により人口が増減した現代、教会があった町や村が寂れ、街道が見回りもされず整備もされず……と、過酷な道中となってしまったため、あまり巡礼自体が行われなくなっているそうな。


そのため、紙の本であれば本来は銀貨数枚するところ、大銅貨8枚で譲ってくれるらしい。


当然ながら譲ってもらうことにするが、今後の女神像配布のことを考えると、付近にある教会という情報は結構な需要があるのではないだろうか。


何せ、アプデは20分ほどの時間がかかるので、少し回転率が悪い。1回に4人が同時にアプデしたとしても、高々150人ぐらいしか捌けない。


そのため、数千人いる冒険者たちが待たされることになるわけで、周囲の教会の情報は金になりそうな予感がある。


一方で、周囲の教会側に冒険者や噂を聞きつけた貴族なんてのが押し寄せる懸念というのも発生する。


シスターに確認したところ、フィファウデも含めた近辺の教会は15カ所あるとのことで、1日の受け入れ枠は最大でも2000人ということになる。


ヨンキーファとフィファウデで人口は17万人いるので、全員をアプデするのに3カ月はかかる計算だ。


その間、各教会には『待ち』が発生するため、周囲には『宿』と『食料』が必要になり、また治安の悪化なども懸念される。


それらは都市部であれば問題ないが、寂れた町や村で賄うのは難しいだろう。


……とはいえ、この辺りは単なる冒険者の考えることではなさそうなので、リナ経由で領主様にでも陳情してもらうことにしよう。


──シスターから全国8区画分の巡礼帳を譲ってもらうことになり、端数をオマケしてもらって銀貨6枚を支払った。


その際に、倉庫の奥に見えてしまった大量に積まれた何かから、まだ在庫はありそうに見えたので、ついでに10冊ずつ追加で譲ってもらった。


また、今後それとなく冒険者に需要が出る可能性について匂わせておく。


アイアンDランク以上の冒険者であれば数日待つ代わりに銀貨程度なら支払えるだろうし、恐らくは不良在庫を多少は解消できるだろう。


それで教会の運営や孤児院などに金が回るのであれば、悪くないんじゃないだろうか。


今回の件で、なるべく被害者が出ないようにすることに割と気を遣っている。教会も、教会がある村や街にも、あるいは冒険者にもだ。


今回の女神像配布とそれに伴うアプデは、それ自体の高い利用価値があるのと共に、恐らくは女神デメディシナの認知度を上げる目的があるのだろう。


しかし、何かしらの事故や事件が起こると、その利用価値と関係なく印象を悪くしてしまうわけで。


せめて、この近辺ぐらいは何事もなくアプデが行われるよう、手を回しておくことにしよう。


──リナに早速、相談事がある旨をメモに書いて送っておいたところ、面会関連がひと段落したとのことで会えることになり、翌日に拠点へ来てもらうことになった。


開口一番、『また面倒事?』とご挨拶されたものの、実際そうなのだから仕方ないだろう。


神託が云々は誤魔化しつつ、近々女神像が教会に配布されることになったことと、それに伴う周辺の教会への影響について説明する。


女神像の効果を知るリナは、その大混雑が想像ついたのだろう、頭を抱えた。


ただし、その問題点はりかいしつつも、このことを子爵に話だけ持っていっても信じてもらえるかは疑わしい、と感じたようだ。


そうなると……子爵についても、ある程度この配布の話に巻き込む他にないだろう。


──その日のうちにリナは子爵に面会を取り付けてくれたので、屋敷へと向かって応接間で会うことになった。


そして、女神像の実物を見せると共に、実際にアプデを行ってもらい、これから起こることの一端を知ってもらうことにした。


アプデが終わり意識を取り戻したところで、ステータス画面の説明を行なっていく。


自身のステータスを確認している間は前のめりで興味深そうだったが、次第に唸り、考え込み、目線を外し……と、アプデが持つ意味とそこから発生する騒動に頭を巡らせている様子へと変わっていった。


その上で、巡礼帳にあったヨンキーファ近辺の地図を見せつつ、混雑とその緩和のための分散、それに伴う周囲の教会での治安悪化と資材不足といった懸念点を伝えていく。


子爵にはその緊急性を理解してもらえたようで、各地の教会へ派兵してくれるようだ。


それに伴って配布の日程を訊かれたが、1日100件が限界だろうと見積もって9日程度という目算で、今月中には届く予定とだけ返答しておいた。


子爵は聖白銀教会の第1報があり次第で動けるよう準備しておくとのこと。


──教会への派遣の件が済んだところで、子爵は突然リナに席を外させる。室内は人払いしてあるので、室内は子爵とロブの2人きりとなった。


口を開いた子爵はまず、王都までの護衛を無事に務めてくれたことに感謝をしてきた。


続いて、野盗に拐われた時にかけつけたことや、パーティを組んで腕を上げたことなど、リナとの関わりを挙げていく。


また、勇者様ことスケさんの復活と魔法袋の開封のことや、暴走スタンピードの早期終息、ウェスヘイム家の陞爵といったロブが来てからの出来事を、幸運が舞い込んできていると表現した。


入学試験の件も、誘拐を目的とした大規模な襲撃があると噂されていたらしく、あの程度で済んだのは『大した問題もなく』の範疇だそうだ。


また、こちらの知らなかった情報として、他の街道でも誘拐犯たちの拠点が発見されたものの、既に誰も残っておらず、残された食事や鎧などが発見された状況から、どうやら一斉に突然死したものと見られているらしい。


色々と出来事を挙げた子爵だったが、結果としてロブが関わったことが大事に至らずに済んでいることを言いたかったとのこと。


……あたかも、女神様の加護があるかのように。


子爵は言い伝えとして『迷い人異世界人』がそういった存在であると聞いていて、周囲に幸運を齎し、またパーティを組んだ仲間は能力が引き上げられるんだとのこと。


実際に、リナやクララは驚異的な成長を遂げており、また今回の女神像の件も街に利益を齎そうとしているという辺りから、子爵は暗にロブの正体を言い当てようとしていた。


ここまで見透かされたら、下手に嘘をつく方が良くなさそうだと思い、子爵に察しの通りだと明かす。


ただ、異世界人であることは元より、ロブの持つ【空間収納】というユニークスキルを明かすことはリスクが高いため、今後も秘匿しておきたいと子爵に伝える。


子爵も、過去の迷い人がひどい扱いを受けた例を知っているらしく、秘匿することには同意してくれた。


そのため、学園についても辞退するのかを聞いてきたので、そこは目的が出来たので1年ばかりは通おうかと思っていることを伝えておく。


ちなみに、子爵はロブの動向をかなり詳細に把握していたようで、ギルマスとの関係なども知っていた。


そこで、いつから目をつけられていたのかを聞いてみると、この街に来た初日らしい。


当時は常に身体強化をかけている状態だった上に魔力の隠蔽も行なっておらず、MPが多いことは見るものが見れば判った。


そのため、生まれ変わった勇者を探し続けていたウェスヘイム家には、街への出入りの時点で連絡が行っていたんだとか。


……まあ、シスターに指摘されるまで魔力操作については知らなかったし、そんなのは最初から気付けるものではないよね。


最後に、誘拐事件について何か分かったことがあればなるべく教えてくれると子爵は言い、その場は話を終えることとなった。


──ウェスヘイム邸の帰りに冒険者ギルドで降ろしてもらい、クロエの件でウォルウォレン宛てに連絡を入れてから拠点に戻った。


『女神像配布』のメモの記載を更新し、教会の一覧と位置確認が巡礼帳によって解決したので『済』とした。


残る作業は『取扱説明書』と『配布方法』だ。


先に『配布方法』についてだが、これは地域の本部がありそうな都市部を優先的に配布し、そこで方針を決めてもらっている間に周囲へと配布範囲を広げていこうと考えている。


主要都市と次いでダンジョン街、そして周辺へと広げていくため、運び屋として地理関連を知るラビット氏と、貴族まわりに詳しいリナに、協力をお願いしようと思っている。


リナには今のところ配布するのがロブ本人であることは明かしていないが、女神像の所持や遠距離移動などから今更だろう。


場所の選定が済んだら、各地に拠点を作って配布場所の下見、複数日に渡っての作業になるので重複に注意しながら配布していく流れだろうか。


『取扱説明書』の方は、『文面の作成』『ベースの試作』『量産』という工程で考えている。


『文面』については、時間やアプデ終了時の件、アプデ中の警備体制……等々、懸念点を列挙した上でまとめていこう。


あまり長くしたくはないものの、書いておけば教会側の判断も早まり、公開までが短縮されるのではと。


『試作』についてはひとつアイディアがあり、当初は紙に書いていくことを考えていたものの、木の板とかを黒く塗って文字以外を削る方向で考えている。


この形態なら『量産』でも複写コピーを適用してスキルで一気に作れるので、手書きで888枚書いたり、印刷方法を考えたりするより現実的だろう。


あとは、サイズを小さめにした上で同じものを縦横に並べて複写し、それを分割すれば一気に枚数が稼げるなど、工夫をすればなんとか行けそうな気がする。


──そんな計画で始めたが、作業は色々と難航した。


『文面』自体についてはそれなりの時間で完成させることができた。


『利用者』と『管理者』向けに分けて記載することにして、『利用者』向けにはアプデ開始前の注意事項と動作手順を、『管理者』向けには教会関係者向けの注意書きを並べていく。


『管理者』の方だが、今後もアプデは定期的に行われる可能性を考慮して、教会側も継続的な運営が出来るように、手数料を許容する文言をあえて明記しておいた。


教会に民衆対応の負担を押し付けてしまうと、続かないことが予想されるので、その辺りは新人冒険者でもアプデできる程度に上手くやってほしいところだ。


しかし、本当にこんなルール整備をこちらでやって良かったのかは、疑問が残る。


神託メールの方で運用方法については『お任せします』とあったから、考え得る範囲で最大限配慮したものにはしたつもりだけど。


……と、ある程度『文面』が決まったところで、『読まれない可能性』という問題が頭に浮かんだ。


そう、どんなに重要な内容を詰め込んだとしても、読まれなければ意味が無い。


そこで、女神像を箱へと収納し、その蓋を『取扱説明書』にすることにした。


蓋を開くという必須の作業に組み込むことで、目に付く可能性を上げるわけだ。


また、箱を蕎麦屋の出前とかに使われる岡持ちのように、蓋が縦にスライドする方式とすることで、一見して開き方が分からないようにしておく。


その上で、『取扱説明書』の最後に箱の開き方の説明を入れることによって、蓋の開き方を調べる過程で説明書の内容に目を通してもらう目論みだ。


──続いて、『ベースの試作』に取り掛かることにしたが、ここが大変だった。


【空間切削】は、矩形や球体を削り出すのが得意であって、曲線となると完全に手作業での制御となり、DEX器用さ依存だった。


最初は1枚の板に彫っていこうとしたが、10枚失敗した時点で止めた。これでは完成しそうにない。


そこで、文字単位で彫っていき、それらを並べることで文章を作る方に切り替えたが、それでも1.5cm角ほどの文字を彫っていくのは骨が折れた。


また、文字を彫るとなると、こちらの世界の言語というのも絡んでくる。


こちらの世界の表記は、現代語が平仮名に当たり、古語が漢字に当たるような感じで、漢字と平仮名が混ざったような文章だ。


現代語に準じた部分は、平仮名と同様に決まった文字を並べて作れるため、一度作った文字は複写コピーして使えば問題ない。


しかし、途中に出てくる貴族語丁寧語は古語由来の単語ばかりで、新規の単語が出てくる度に新たに彫り起こす必要が出てくるため、流用が効きにくい。


……結果、100種類ほどの文字を彫る必要が出てきて、必要な文字を彫る終えるのに3日が経っていた。


──文字が出来上がってから、『試作』を完成させるのはすぐだった。


出来上がった文字を仮組みしてまとめて複写コピーすると、本来の【連続体削り出し】によって読み取られた形状は『文字部分』だけとなり、それを新たな木の板から削ることで、『文字以外』が一体となった形状になる。


『文字以外』、言わばフィギュア制作における『型』のようなものが作れるため、その『型』を読み取って別の木の板を削り出すことで、判子のように量産が可能となった。


試しに1枚だけ完成させたところで、量産のために木材調達に行く必要が出てきたため、作業をしていたアジトダンジョンから拠点へと一度戻ることにした。


すると、ちょうどラビット氏がいたので、出来上がった取扱説明書の文言や内容に問題がないか、監修をお願いする。


ラビット氏からは、分かりやすくていいんじゃないかとお墨付きをもらうことができた。


ついでに、ラビット氏には『配布方法』の件で主要都市やダンジョン街などを訊きたいと思っていたので、相談を持ちかける。


女神像を配布する教会の優先順位を決めようとしていることを説明し、その一覧である巡礼帳を見せたところ、ラビット氏もこの巡礼帳を知らなかったようで、興味深そうにしていた。


そして、知っている範囲でよければと快諾してくれたので、そのまま巡礼帳を預けて領都や主要都市の情報の書き込みをお願いした。


──温泉付近へと移動したところでふと、ラビット氏と同様に正体を隠すため、パーティメンバーの成長ポイントを振ることを避けた異世界人というのは、どれぐらいいたのだろうかと考えてしまう。


正直、【空間収納】を応用して格納門転移ゲートワープが出来るようになり、『いつでも逃げられる』ことで、箍が外れた部分は大いにある。


もしこれが【鑑定】程度のものだったら、もしかして生活できる程度の稼ぎに留めて、一生隠して生きていたかもしれない。


いずれにせよ、現在の少しアクセルの効いた生き方を選べる状況を楽しんでいることは、間違いなかった。


──ウォルウォレンへと連絡を入れていたことを完全に忘れていることに気がついたのは、既に18時過ぎのことだった。


玄関には既にベルトたちから返信が届いており、しかし既に冒険者ギルドの窓口は閉まっていたため、翌日にでも連絡を入れようと考えていた。


しかし、取説の文字を彫って3日経っており、痺れを切らしたベルトたちは、翌朝に拠点へと訪ねてきてしまった。


先日までリナやクララ関連で不審者が押しかけてくる事案が数件あったので、またかと思って居留守をしそうになったが……寝ぼけてなくてよかった。


ひとまず皆で朝ごはんを食べながら、クロエの案件について聞くことにした。


依頼としては半ば予想通り、クロエをルーデミリュの王都まで送り届けてほしいという内容だった。


期日としては、春になるとまた忙しくなるので、その手前がいいとのこと。


しかし、彼女をルーデミリュから逃した冒険者パーティ自体が行き来が出来ているわけで、護衛といった意味では必然性が無い。


その辺りの経緯を確認したところ、クロエの父から『不可視の賢者』を呼べないか訊くよう言われたとのこと。


クロエの父は現在、元の伯爵から侯爵にまで陞爵し、宰相として忙しくしているのだとか。


侯爵とは随分と出世したものだと思ったが、以前のルーデミリュでは全く働かない上位貴族の尻拭いをしており、便利屋のように大半の仕事をこなしていたので、その実力を知る周囲からはすんなり受け入れられたんだとか。どこの雑用系実力者主人公だろう。


そんな宰相となったクロエの父が、一連の動きに礼をしたいというのが本題のようだ。


……そんなものは正直、メールで感謝の言葉でも1通送ってくれれば済むのになー、などと思ってしまい、ウォルウォレンへの連絡といい、今回の件といい、携帯電話やSNSがある前世のことを思い出し、羨んでしまった。


クロエの父親からは他にも、宝や爵位、領地、あるいは嫁など、欲しいものがあれば言ってほしいとのこと。


どうやら有力な冒険者を身内に取り込むために、爵位とかを持たせて繋がりを作るということのようだ。


ダンジョン経済においてはギルドとの連携も重要になってくるので、地域の冒険者ギルドに出向させることで連絡役となったり関係性を強めたりと、よくある手段のひとつではあるそうな。


なお、嫁を選択した場合、クロエ本人か、彼女の姉妹が紹介されることになるらしい。


クロエから「……私とじゃ、イヤ?」と強力に刺さる誘惑を受けたものの、まだダンジョンにも碌に潜れてないし、今はどこかに落ち着くよりも冒険者を続けたいと思っている。


ベルトからはリナやクララの先約があるのかと問われたが、そっちは特に何も無いから問題はない。


──そこからは、『勇者様リナ』と『聖女様クララ』の方へと話題が逸れていき、一旦報酬の話については有耶無耶となった。ベルトが話題を逸らしてくれたのかもしれないが。


王都までの旅や入学試験など雑談に花を咲かせたが、ふとベルトたちの予定とかは大丈夫なのか気になったので訊いてみた。


すると、どうやら来週までは予定がなく、休みを決め込んでいるらしい。


なんでも、例の事件の影響なのか今年は暴走スタンピードの兆候が無いため、れいねんであれば今の時期に間引きの強制依頼を出すところ、領兵による軽い調査で終わる予定なんだとか。


現在ダンジョンは20層以下が封鎖されているそうで、来週いっぱいまで入れないんだという。


……なるほど、色々とコチラの秘密を既に知っている4人が暇らしいとのことであれば、アプデのベータテストに丁度いいのではないだろうか。


──というわけで4人を引き連れてアジトダンジョンに入り、安全地帯に絨毯を敷いてテーブルと椅子を並べていく。


そして、女神像が梱包された箱を絨毯の上に置いたら、準備完了だ。もちろん、箱の蓋は『取扱説明書』になっている。


事前情報が無い状態で箱を渡して、果たして蓋に書かれた内容から問題なくアプデが開始できるかどうか。


暇だというウォルウォレンの4人に、その検証に付き合ってもらおうというわけだ。


4人は了承してくれて、早速箱をテーブルの上に置いて解読を始めた。文章を読む担当は貴族家出身でもあるクロエのようだ。


その様子を観察すると、色々と問題点も見えてくる。


そもそも、冒険者だけでは貴族語の混じった文章を読めない可能性とか、これを最初に運ぶのは教会のシスターだけど重量ある女神像と箱を持ち上げられるのかとか。


思わず助言しそうになるのを堪えながら、4人の作業を見守ることにした。


──開始から30分、ファルコが女神像の服の端に手を触れてアプデを開始した時点で、検証の終了を4人に告げた。


取説の文言については、クロエから基礎教養試験済であるシルバーBランクであれば問題ないものの、ブロンズCランク以下だと読めない可能性を指摘された。


他に気になった点を確認すると、少人数のパーティや女性冒険者などはアプデを躊躇ってしまう可能性を指摘された。


この辺りは制度として何とかならないか、リナ経由で子爵に相談して上の方で検討してもらうことにしよう。


また、待ち時間がそこそこ長いことから、その間に注意事項などを読めるように蓋を複製した方がいいのではという意見も出た。


これは、蓋の裏面を鏡写しで彫られた状態にすることで、版画の要領で印刷しておくことにしようか。複写コピーの範疇で対応できそうだ。


最後に、アプデは各自が任意の場所に触れることで同時に複数人が並行できることを伝えて、ベータテストを終えることにした。


──20分後、アプデが終わった4人にステータス画面の使い方を教えて、成長ポイントを振ったり挙動を確認してもらったりといった基本挙動を確認してもらった。


そして、ちょうどスケさんが転移部屋から出てきた頃には、全員が椅子へと座って脱力し、机に突っ伏していた。


ベルト曰く、ステータスオープンによる影響力があまりにも大きく、受け止めきれてないらしい。


確かに、今まで漠然と使ってきたスキルが、成長ポイントを振ることで明確に使えるようになり、明らかに威力が変わることはリナで既に確認している。


ベルトは【スラッシュ】が2種類あって使い分けが出来るようになり、クロエは物語の中だけと言われていた【精霊召喚】が使えるようになりサラマンダーの呼び出しに成功したらしい。


ファルコは【気配察知】や【気配消失】というのが明示的に使えるようになり動き方が変わりそうとのことで、グスタフはヘイト管理に関わる【挑発タウント】や【盾打】シールドバッシュが使えるようになって集団戦が根本から変わってくる。


こうなると、時間があるので検討はできるものの、フィファウデが封鎖中で実際の挙動を確認できないのがもどかしいとのこと。


……皆さん、ここがどこだかお忘れじゃないですかね?


──4人はすぐに装備を整え始め、探索に向かう様子を見せたので、ロブとスケさんも同行することにした。


アジトダンジョンは転移部屋があるため、転移部屋を開通させておけば、次からは下の階層から開始できる。


まだ14時過ぎだったので、行けるところまで行って開通させるつもりのようだ。


最短距離で踏破した結果、1層あたり30分かからずに通過していったので、夕方には10層に到達していた。


ゴブ師匠に4人を紹介して、軽く手合わせしてもらったが、当然ながら全員合格を貰っていたようだ。


──いい時間なので、転移部屋を開通させて拠点に戻ってきたが、明日以降も調整のために借りたいとのことなので、ベータテストのお礼も兼ねて許可を出した。


家に泊めることも考えたが、既に馴染みの宿を取っているのと、残りのベッドが2段でギリギリの枠なので、通ってもらうことにする。


今度、商業ギルドでフランさんに相談して、もう少し広い家を借りるか検討しようか。


4人を見送って、今回のコメントを文言に反映させたら、とりあえず『取扱説明書の作成』は『済』でいいだろう。


──翌日、ラビット氏に叩き台として主要都市の情報を書き込んでもらった巡礼帳を元に、リナにも来てもらって配布日程を詰めていった。


ダンジョン経済にと領都の情報を元に、有名なダンジョン街や有力貴族の領都といった優先度に関わる情報を重ねていって、1日目から順に割り振っていく。


3日目以降は全国8つの区画を均等に割り振って合計が110程度になるよう調整しつつ、日程を8日目まで埋めた。


あとは、各区画の中央付近の街に宿を取って、【ダンジョン化】の魔道具を置いて拠点を作り、そこから各教会に女神像を撒いていく。


正直、全国888カ所の教会の位置なんて覚えられそうにないので、日中に110カ所を頭に叩き込み、夜中に一気に配送することになるだろう。


教会に潜入すること自体はあまり問題ではないものの、やはり移動時間と迷うリスクが懸念点だろうか。


それを8日間繰り返すことになる。なかなか過酷だ。


時間があれば位置を覚えてから配る方法もあったが、来月からは年末の社交会に向けて王都に向かう貴族たちの護衛に冒険者たちは駆り出される。


そのため、今月の残り10日のうちになるはやの公開を目指したいわけだ。せっかくのアプデでタイミングが悪いといった顰蹙は買いたくない。


──昼ごはんのオムライスを食べた後リナを見送り、残っていた女神像の箱と蓋の量産と梱包作業を片付けることにした。


温泉周辺から伐採してきた木材が大量にあるので、湯船みたいにくり抜いた箱を量産していく。


蓋については、間に紙を挟みながら複数枚を重ねることで一気に複写コピーする方法を思いついたので、大幅に作業を短縮することができた。


そして残る作業は梱包ばかりとなったので女神像を取り出すと、ステータス画面が表示されてアップデートの確認が出た。


王都へ入学試験で向かう前以来となるので、1カ月半ぶりということになるだろうか。


更新内容を確認しようとステータス画面を開くと、何やらボタンが追加されていて画面構成が変わっていた。


神託メールの方を確認したところ2件の更新連絡があり、1つはスキルに合わせてステータス画面に切替機能が入ったというもの。特定のスキルを持っていると画面が拡張されるらしい。


もう1つは、報酬の先渡しを行うとのことで、なんと【地図】マッピングスキルが使えるようになった。


この【地図】スキルにより、ステータス画面には左側に『地図』のボタンが追加されて、画面の中に行ったことのある場所を表示できるようになっていた。


また、【鑑定】【気配察知】との組み合わせで【検索】機能が開放されており、『教会』と入れれば付近の15カ所にピンが刺されるという、前世のWeb地図のように使えるらしい。


極めつけは【空間魔法】と判定された【空間収納】により【移動】というスキルも開放されて、指定した位置に格納門を【移動】させることで、地図上の位置に一瞬で出現させることが出来るようになった。


これは実質的に瞬間移動ファストトラベルというやつで、行ったことがある場所を広げておけば、移動時間がゼロになるということ。


この【検索】と【移動】という2つの機能の組み合わせによって、888カ所への配布は完全にヌルゲーと化してしまった。


もはや、教会の場所を確認する必要も無く、とにかく日中に高速で格納門を移動させて地図を埋めることが、残った下準備の全てだろう。


……まあ、巡礼帳はリナとラビット氏からの情報を集約するのに必須だったから必要だったし、政治や経済といった辺りについては【検索】では出してくれなかっただろうから、決してここ数日の検討は無駄ではなかったんだけど。


とにかく、地図埋め作業を進めるためにも、さっさと梱包作業を終わらせるべく、女神像へと手をかけた。


すると、再びステータス画面が開いて、神託メールの新着を知らせてきた。


まさか【地図】が便利すぎるから一部の機能がナーフされるのかと恐る恐る開いてみると……内容は『運用方法に一文を追加してほしい』というものだった。


『犯罪歴や悪行カルマにより更新内容が無効化される場合があります』……つまり、女神像が窃盗された場合に犯罪者がアプデしようとしても、システム側で無効化してくれるという話のようだ。


これは懸念していたことの1つでもあったので、非常に助かる提案だ。


……まあ、蓋を作り直すことにはなるが、必要な作業だから仕方がない。


──蓋を作り直し、888箱+αの梱包が完了した。


【空間収納】での名称が『女神デメディシナ像(梱包済)』となっているのはスルーしておくことにしよう。


時刻はもうすぐ18時、配布は明日の夜から開始する旨をリナ経由で子爵には伝えてもらっているので、明日1日かけて地図埋めをする予定でいる。


……と、ふと思いつきで、どこかの教会で実際に配布するリハーサルを行なっておくことにした。


場所は、せっかくなのでワムワサフロス……いわゆる聖白銀教会の総本山へ向かうことにする。


この総本山、位置を把握していなかったものの、なんとヨンキーファとフィファウデの中間を西に行ったところという割と近い位置ににある。


──格納門を飛ばしてヨンキーファ付近にある15カ所の教会を含む地図を軽く埋めた後、いざ総本山お拝むことにしたが、さぞや立派な礼拝堂があるかと思いきや、大きめの体育館だった。


ヨンキーファの聖堂と同様の構造だったので、排気口から中の暖炉へと抜け、無事に内部へと潜入できた。


内部も変わり映えしない体育館で、正面に祭壇と説教の机がある。置き場所は机の横辺りでいいだろうか。


……そう思って祭壇の辺りへと格納門を移動させようとしたものの、結界か何かが張られてるように奥に行けないという現象に遭遇した。


その挙動にどこか既視感があると思ったが、しばらく現象を観察して思い出したその正体は【ダンジョン化】の魔道具だった。


そのことに気付いたのとほぼ同じタイミングで、体育館の入口の方から声がして、小太りなシスターが祭壇の方へと駆け寄ってくる。


さらに続いて、【ダンジョン化】されている祭壇の方から魔力感知の強い反応があった。


咄嗟に壁際へと寄って様子を窺うと、祭壇の上へと現れたのは、まさかのヨンキーファのシスターだった。


……明らかに、今のは【ダンジョン化】を利用した【転移】だろう。


ヒルデガルド様と呼ばれたヨンキーファのシスターは、出迎えた小太りなシスターとの会話の内容からするに、元枢機卿らしい。


その後、小太りなシスターをそれとなく退出させ、ヨンキーファのシスターだけがその場に残った。


途中で格納門の方へと視線が向いたので予感はしていたが、やはり気付かれていたらしい。壁際へと近寄ってきた。


『覗き見とは感心しない』と独り言のように語りかけられるが、ここでは反応しないの一択しかない。


しかし、その格納門の正体が誰によるものなのかは理解しているらしく、明らかにロブに向けた語りかけが続く。


どうやら今日は会合があるらしく、神託があったとかで近々忙しくなるとの話があるらしい。女神様側でも、何か連絡を入れてくれたのだろうか。


そしてシスターは言うだけ言うと、『いつでもヨンキーファの教会においで下さい』と言い残して、その場を去っていった。


……【転移】にせよ枢機卿にせよ格納門の看破にせよ、情報量が多すぎて、理解が追いつかない。


しかし、シスターは意味深に『長居は無用』と言っていたし、実際のところ地図埋めをしなければいけないしで、全ては保留にして大人しく退散することにした。


──翌朝。


気を取り直して、夜の女神像配布に向けて地図埋めの方に集中する。


まずは王都の旅で立ち寄った街へと宿を取って、付近の地図を埋めることにした。


穴を掘ってそこから格納門を飛ばすことも考えたが、野盗の遭遇や空調の整備、天候対策などを考えると、少し高めの宿を取るのが干渉も入らず確実という判断になった。


……実は、ギルマスからのポーションの依頼が増えていて、相当な金額がギルドに既に貯まっているので、あまり金の心配は必要が無くなっている。


どうやらギルマスが今まで使っていた仕入れが使えなくなってしまったとか何とからしいが、さておき。


王都までの付近が済んだら、他の区画にも格納門を延ばして、区画の中央付近の街に宿を取って地図を埋めていく。


埋めていくうちに気付いたこととして、街道から外れた位置には、あまりダンジョンや大都市が無いこと。


僻地の温泉郷にダンジョンが……とか想像していたものの、殆どが街道沿いに集中しているようだった。


そのためもあって、日中いっぱいを使った地図埋めにより、700近い教会の範囲を既に埋め終わっている。残りは2割と言うところだろうか。


【地図】スキルの進行度は既に50%を過ぎていた。『スキルを覚えたら成長しにくくなる』という話はどこに行ったのだろう。


ひとまず16時で今日の地図埋めは切り上げ、女神像配布の前に少しお高めな宿のベッドを堪能しながら仮眠を取ることにした。


──時刻は22時、ワムワサフロス。


やはり巡礼の旅は総本山からだろうということで、昨日と同じ祭壇前へと陣取る。


ここは白装束に笠を被って、首から数珠を下げなければいけないだろうか。


慎重に物音を立てないよう、女神像の箱を祭壇へと乗せて、巡礼帳の総本山の位置にチェックを入れた。


気分はどこかのローカル旅番組の如く、各教会の名称を心の中で呼びながら、次々に視点を次の教会へと切り替えて進めていった。


……1人でやる旅番組、寂しいにも程があった。


──結局、【地図】スキルの恩恵により、2日ばかりで888カ所を滞りなく配り終えることができた。


しかし、夜通し配り続けた疲れが出たために、拠点に戻ってからは爆睡してしまい、その反響を聞いたのは配り終えた翌々日の朝、ラビット氏からの『女神像の加護』という話によるものだった。


日付にして一昨日のこと、ヨンキーファ周辺の教会へと届けて2日目にして、教会から冒険者ギルドに2つの依頼が出されたらしい。


1つは『教会の治療の検証』。


もう1つは『女神像の加護の検証』。


あまり詳細が記載されていなかった2つの依頼は怪しげで誰も手を出す様子が無かったが、とあるパーティの1人が骨折を持ち込んだことがきっかけで流れが変わった。


足を骨折していたはずの男が、ギルドへとその足で駆け込んできて、開口一番『教会の依頼が凄い』と叫んだという。


その男は骨折の治療の後に、ついででアプデを行ってその効果を広めた形になったが、それに続いた50名ほどが別人のような強化を見せたことで、一気に風向きが変わったらしい。


──その話を聞いてあまりの展開の速さに驚きつつ、リナ経由で子爵に面会の依頼を出すのと並行して、教会へと向かうことにした。


教会は実質的な公開から3日目にして長蛇の列を成していて、随分と盛況なようだ。


シスターを発見すると、『こんなに早くお出でいただけるなんて』と嘯いてはいたが、あんな脅され方をしたら、来ないわけにはいかないだろう。


中に招かれて話を聞くと、最初に来てくれた冒険者は【高回復ハイヒール】の実験台になってもらうだけの想定が、『加護の検証』の方も空いていたのでやってもらったところ、それが上手いこと呼び水になったとのこと。


ギルドの募集は2日間の計200人で終えて、以降は大銅貨1枚の拝観料でアプデを行ってもらえるようだ。


ちなみに、行列の後方では別のシスターが巡礼帳を冒険者に売っている姿もあった。お値段は、良心的な銀貨1枚だそうだ。


アプデは治安にも関わってくるため、ウェスヘイム子爵から教会に何か働きかけがあったのではと思い、確認してみる。


領兵の優先したアプデ依頼とかあったかと思ったが、子爵は行列を確認すると、兵を周囲の教会の方へと向けて、そちらで加護を受けることに決めたそうな。


なるほど、周りはまだ空いているからアプデを早めに終わらせることが可能で、また色々と資材を運び込むのにも都合が良さそうだ。


ただ、シスターは反応が早いように感じたようで、『良い情報源をお持ちのよう』と評していた。


その後も反応したら負けのような会話をいくつか繰り返した後、一呼吸置いてシスターはあの日のことに話に移したようだ。


どうやら今の所、あの場であったことは他に明かしていないようで、しかしあそこにあった格納門の存在がロブと結びついていることは見抜いている様子だった。


その上で、『正体を探ろうとは思っていない』『何かがあった際に協力体制がとれれば、それで十分』とのことらしい。


こちらとしても、弱みに漬け込まれることが無ければ協力することは吝かではない、といったところではある。


……と、そんな話の最中、急用がある様子のシスターが扉を叩いて入ってきた。どうやら列に並ぶ貴族からクレームが発生した様子で、対応をお願いしに来た様子だった。


こちらとしても、聞きたいことは大体聞けているので、お暇することにした。


ただ、行列対策で大変そうだったことから、『番号札』を作って朝とか昼とか決まった時間に配布してはどうかと、アドバイスをしておく。


前世で列の解消の対策にやっていた方法で、客としても列の中に長時間待機する必要が無くなり、施設側もその対応から解放されるため、相互にいい方法だった。


……思い付きで言ったものの、思ったよりも画期的な方法だったようで、シスターからは『自重しろ』と釘を刺された。


ついでなので、しばらくすると発生しそうな番号札の『偽造』への対策についても言及し、偽造がしにくそうな『巡礼帳』を使ってはと言っておく。


……結果的に、シスターからは『使徒様』と認定されてしまった。


──拠点へと戻ると、ベルトたち4人がリビングで待っていた。


急遽フィファウデに戻ることになったとのことで理由を聞くと、フィファウデダンジョンが早めに封鎖解除されることになったらしい。


どうやらウェスヘイム子爵はキファイブン伯爵にもアプデの情報を流していて、早めに領兵を周囲の教会に送っていたようで、ダンジョン調査の戦力も底上げされたようだ。


ウォルウォレンの4人は今から先行して潜ることで、20層が解除されたらすぐに階層更新に挑むようだ。


フィファウデは転移部屋が無いのもあって、ギルドで解除を待つよりも先に潜っておいた方が、時間が無駄にならないのだろう。


それに、アジトダンジョンは魔石しか落ちないし、それも外には出せないためロブが買い取っている状況で稼ぎが悪く、武器の整備と宿代で消えてしまうんだとか。


やはり、冒険者家業はドロップで稼いでナンボだということか。


──クロエの件は時期が決まったら連絡することと、今度フィファウデに潜るかもということを話して、ウォルウォレンの4人とは別れた。


リビングで顔を合わせていた面々がいなくなると思うと少し寂しさはあるが、今度はこちらから会いに行けばいいだけだろう。


ひとまず、全ての項目が埋まった『女神像配布』のメモを【空間収納】に入れつつ、リナ経由で子爵への面会を入れていたのを思い出して、計画していた他のメモへと手を付けることにした。

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