第2話

 レレリプロポン刑務所には、様々な半生を送り、様々な罪を犯した者が収監されている。

 たとえばポポは、たった一斤のパンを飢えた甥と姪のために盗んでしまった、と涙ながらに語る見知らぬ泥棒にシルバーの食器を渡したために、逮捕されたのだった。

 最近の裁判はずいぶんとシンプルになり、短時間で終わるようになった。ポポにとっては、何故逮捕され、色々と聞かれ、一般の観客もいるようなところで演劇みたいなことをさせられたのかもわからないまま、気づけば刑務所の一室に連れて行かれた挙げ句、お前は今日からここで52年間寝起きするのだ、と宣言されたようなものだった。

 囚人としての生活に慣れたのは7年ほどが経った頃で、それには同じ房の仲間と親しくなれたことも助けになった。

 レレと名乗る者もその仲間のひとりだ。

 レレが、一番最初に刑務所へやってきた理由を、未だにポポは知らない。とにかく、ポポがレレと初めて口をきいたとき、レレはすでに有名な脱獄常習班だった。

「この刑務所に来るのは5回目だな」

「5回も!?」

 信じられない、と思ってポポは思わず眉間から粘液を噴射した。

 ポポは、一般的な刑期の長さというものを知らない。が、自分に照らし合わせて考えるなら、52年が4回で、延べ208年、レレは刑務所にいたということになるのではないか、と考えたのだ。

 思いついたままそう述べると、レレは7つの膝をぐるぐる回転させながら大笑いした。

「バカだな、52年も一カ所に留まってるわけないだろ」

「じゃあ、レレさんの刑期はもっと短いってことですか?」

「いいや、最初が49年、そこを3年で脱獄して再逮捕されて108年、そこを7年で脱獄して再逮捕されて400年……そう、そのときに初めてこのレレリプロポンの刑務所に来たな。そんときは脱獄に5年かかったっけ……その後は北極の刑務所に収監されたんだっけな」

「そんな! どうして脱獄なんてするんですか? それは、いけないことなんじゃないですか?」

「バカなのか、お前は」

 あきれたように、レレが頭頂部の耳たぶを揺らす。

「お前だって、いけないことをしたからここに来たんだろ」

 ポポは困ってしまった。3つの目から、紫色の液体が滝のように流れ出す。

「私は、どうして自分がここにいるのかわからないんです」

「お前んことは、ニュースで見たぞ」

 その頃は、テレビで犯罪者の顔や名前がふつうに報道されていたので、ポポのことを知っている者は多かったし、レレの経歴やなんかを把握している囚人仲間も多かった。ニュースも新聞も見ないために、ポポだけが知らなかったのだ。

「なかなかの重罪人じゃないか」

「なにがいけなかったんでしょう。困っているひとを見たら親切にしてあげなさいって、お父さんも、神父さまも、いつも言っていたのに」

「それで、シルバーの食器を盗人にあげちゃったってわけか」

「だって、気の毒な身の上だったし、困っているっていうし、あのシルバーの食器が欲しいって言うから……」

「しかし、そりゃあ、横領だぜ」

「あのシルバーの食器が、神父さまの私物だったからですか?」

「それは別の問題だぜ。お前、ちゃんと学校で習うだろうよ。貧しさから道を誤った市民に、個人が施しをするのは、「社会」が彼らを救い更正させる機会を妨害してると同義なんだよ」

「ちょっとなに言ってるかよくわかんないです」

「まあわかんねえからここにいるんだよな」

 なお、レレによると、あのシルバーの食器は本当は教会のものだったはずなのが、神父さまの個人名義になっていたことが判明し、神父さまも今、横領の罪で南極の刑務所にいるらしい。

 なんだかんだいって、その後も、レレは何かとポポの面倒をよく見てくれた。

 その頃、レレリプロポンの刑務所では、刑務作業でおもちゃの剣を作っていた。

 樹脂製の素材を削り、ペイントする作業には、マニュアルも具体的な指示もなく、不器用なポポは難儀した。

 丸一日かかっても1本も剣を製造できなかったポポの隣で、レレは13本の剣を作り上げていた。

「レレさん、それ、刑務官が最初に見せてくれた見本と形が違いませんか?」

「ああん? 当たり前だろうが」

「見本の通りに作らなきゃダメじゃないんですか?」

「お前よお、考えてみろよ。あのクソ刑務官センセイ様の作った見本。あんなだっせー剣で遊びたい子ども、いるか?」

 ポポは、朝一番に見せられた見本を頭の中で再現した。刑務官は手が8本あるタイプのポポロンティラ星人なので、その剣は持ち手が8箇所あった。すべての手で同時に持てるが、そんな風に持って振り回してもあまりかっこよくはない、と思った。

 それに比べて、レレが作った13本のおもちゃの剣はどれをとっても、形も色合いもかっこいい。

「お前よ、子どものおもちゃを作るんだぞ? 子どもが喜ぶもんを作んなきゃだめだろうがよ」

 3つの目をかっぴらきながら、軟体の全身を天井まで引き延ばしたレレに、高いところからそう言われると、もっともな気がしてきた。

「お前も、お前の考える一番かっこいい剣を作れよ」

「かっこいい剣かあ。でも私、デザインのセンスなんてないから……」

「たとえばよ。お前が今までに見た、映画やアニメの中で一番心引かれた武器を再現するんだよ。お前、一度見たものを記憶するのが得意なんだろ。はっきりしたイメージが頭の中にあれば、時間がかかっても必ず形にできるはずだ」

 そう言われて、ポポは、子どものころに見たマンガの中のワンシーンを思い出した。それは、太陽系第三惑星の遺跡から発掘されたとかで、近所の小さな博物館に展示されていたもので、貧しくて有料の映画やアニメが見れなかった幼少期のポポが唯一親しんだエンターテインメントだった。

 レレに励まされ、その剣――斬鉄剣ざんてつけんを、ポポは1年かかって完成させた。

 その夜、レレは鉄格子を破壊して25回目の脱獄に成功して、行方しれずとなった。そのときにポポ作の斬鉄剣も紛失していることが判明し、ポポには何故か理由がわからないが、ポポの刑期が突然50年伸びたのだった。

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