誰かのおともだち
碧
第1話
「囚人番号240325番!」
看守の甲高い声が作業室に響いて、レレリプロポン刑務所の囚人、ポポ・エーレゲンは、額についた5つの目で辺りをキョロキョロと見回した。
「さっさと返事をせんか、囚人番号240325番!」
もう一度、怒鳴り声と共にレーザービームが放たれ、ポポの全身がビリビリと小刻みに震える。凝り固まっていた7本の腕や脇の筋肉が良い感じにもみほぐされ、絶妙に気持ちがよい。
「ひぎゃあ!」
「なんだその間抜けな声は! さっさと姿勢を正さんか!」
「は、はい!」
手足をぴーんと延ばし、すべての目玉を看守にしっかりと向けながら、ポポは心の中でしょんぼりした。
ポポは数字が極端に苦手だった。個人情報保護の関係から、看守が囚人を名前ではなく番号で呼ぶようになって59年経過したが、未だに自分の番号を覚えることができない。
せめて桁数が少なかったり、数字に意味がある――つまりたとえば、収監された順番で各囚人に番号が振られ、付き合いの長い囚人とは似たような番号であったりすれば、覚えやすいだろう、と思うのだが、収監順で番号を振ると裁判記録や報道履歴から囚人の情報が推測できてしまうため、この囚人番号というのはコンピューターがランダムに付与した番号なのだ。
ただでさえ鈍くさくて、かつて名前で呼ばれていた46年の間もしばしば看守に叱責されていたのに、この59年間ときたら、それに加えて自分を呼ばれたことに気づけず反応が遅いせいで二重の叱責を受ける羽目になっている。
「お前、なんなんだ今日の作業結果は!」
「は、はい、なんでしょう?」
強面の看守が全身の皮膚をトゲトゲさせ膨らんでいる。3つの目は額から飛び出て、威圧感を放っている。
「これだ! 何のつもりでこんなものを作った!」
言葉の意味がわからずおろおろしながら、看守の怒鳴っている場所へ駆け寄った。
長机には今日の刑務作業で各囚人が作った成果物が並べられている。
(みんな上手だなあ……)
ここ7年ほど、ポポが収監されている刑務所では子供用のぬいぐるみを製造する作業を担っている。この刑務所から出荷されたおもちゃがどんなルートをたどってどんな子どもに売られていくのか、ポポは知らない。
ポポは裁縫の腕はからっきしだったし、作業用に配られた設計図のようなものもどう読めばいいのかよくわからなかったが、頑張って良いものを作ろうと常に考えていた。
(だって、ぬいぐるみだもん。きっと、寂しい子どもたちとかがが買ってくれるんだよね。かわいくて愛着が湧くものを作れたら、いいな)
59年+46年=105年の間、ポポはその一心で、まじめに、丁寧に、ぬいぐるみ作りに励んできたつもりだった。たまに縫製のクオリティが低いといってダメ出しをされることもあった。しかし、作業終了直後に、他の囚人たちもいる前でこんな風に叱責されたことはない。
「な、なにが問題でしょう?」
ポポはどきどきしながら、そっと自分の作ったぬいぐるみのうちの一つを抱き上げた。今日は、太陽系第三惑星にいるホルスタイン牛というほ乳類をモチーフにしたぬいぐるみを7つ縫い上げた。長く一緒に房に入っている先輩にコツを聞いておいたため、最近ではなかなかにかわいくクオリティが高くなっているのではないかと自負していたので、まさか作品の質について怒られるとは思っていなかった。恐怖とパニックで、ポポの4本の足はぷるんぷるんと震え始めた。
「それは一体、何のつもりで作った、囚人番号240325番!」
「は、はい! ホルスタイン牛であります!」
「囚人番号240325番! お前は本物のホルスタイン牛を、見たことがあるのか!」
「いいえ、ありません!」
「なら何故調べて正しい姿を再現しない! ホルスタインがこんな色をしていると本気で思ったのか!」
ポポは、腕の中に収まった自作のホルスタイン牛形を見下ろした。生成り色のメインボディに、ポポの表皮と同じ蛍光ブルーの布で斑紋を縫っている。
ポポは、看守がなにに怒っているのかよくわからなかった。ポポロンティラヒラ星では古の時代から、銀河太陽系第三惑星に生息する「ホルスタイン牛」が子どもから大人まで大人気だった。それに関連したグッズも常にあちらこちらで売られている。中産階級からリッチなご家庭の子供たちはみんな、最低1個はホルスタイン牛のぬいぐるみを親に買ってもらって、愛でながら大人になるものだ。
だが、ひどく貧しい家に生まれ育ったポポは子どもの頃、牛のぬいぐるみを買って貰えなかった。
「ぼく、いいよ。いらない。ホルスタイン、好きじゃないもん」
近所のお祭りで、ぬいぐるみが売られている屋台の前を通りがかったとき、ポポは父を気遣ってそう言った。それと同時に、そのときに目にした売り物のホルスタイン牛のぬいぐるみが忘れられなかった。
ポポは数字が苦手だし、コミュニケーション能力もあまり高くないし、いつもなにをやっても鈍くさいと言われるけど、一度目にしたものを忘れないという特技が、密かにあった。
だから、子供たちに人気があったあのホルスタイン牛のぬいぐるみを、色以外は完璧に再現できたと自信を持って言える。
(なのになんで、看守は怒っているんだろう)
ポポは理解できず、思わず押し黙ってしまった。ポポは、看守がどれだけ怒っても理不尽に殴ったりはしないのを知っているし、懲罰に使うビームは当たるとむしろ気持ちいい感じの刺激装置なので、本当は過度に怖がる必要性はないと頭ではわかっている。だが、どうにもやはり、大声を出されてしまうと萎縮してしまう。さっきから段々と体がぎゅっと縮こまり、固くなり、全身を凝結した水滴がたらりたらりと流れていく。
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