恋は桜色に溶けて……
亜璃逢
恋は桜色に溶けて……
桜舞うその日、私は自分の恋心に終止符を打った。
3年前、入学式のあとの教室で隣合った席に座る彼と初めて話した。
うちの高校は幼稚舎から短大・大学まである敬愛学園の附属学校園で、彼は持ち上がり組、私は高校から入った外様組。
そんなアウェイな状況の私に気さくに話しかけてくれて、なにかと相談に乗ってくれる彼に惹かれていくのにさほど時間はかからなかった。
なにより、顔がいい、面倒見がいい、所作がきれい。
女子が心をつかまれそうな三要素をしっかり持っているのが、彼だった。
「えーと、今日の日直は……と、園田か。園田~園田舞桜~、あとで研究室にプリントトリに来てくれないか」
「あ、はい。わかりました、先生」
廊下を歩いていると、後ろに誰かの気配を感じる。
振り向いてみれば、彼がひょこっとついてきていて、
「プリント取りにいくんだろ?一緒にもってやるよ」
「え、あ、ありがと……」
先生から渡されたプリントは結構な量があって、とっても助かった。
うちの学校は2年生になるときだけクラス替えがある。
上に短大も大学もあるにはあるけれど、やっぱり試験はあるわけで、その大学入試に備えて、最後の一年は「新たな人間関係の構築」などしなくていいようにしているらしい。
で、彼と私は、2年でも同じクラスになった。つまり3年間一緒ってことだ。
正直、嬉しい。
自分の想いを伝えられていないまま過ごしているイマイチ勇気のない私は、ただそれだけが嬉しい。
時々ある席替えで隣り合うことが多く、「お、園田、また一緒か~。教科書忘れたらまた頼むわw」なんて笑っている笑顔がまぶしい。
ちなみに、彼はバスケ部、私はかるた部。
明治時代の女学校が発展したこの敬愛学園はお琴やら詩歌やら、ちょっと雅な部活動もあったりする。
私が所属するかるた部は、いつだったか滅茶苦茶流行った競技かるたが題材の漫画にハマった子たちがどどっと入部して、まったりしていた部活動がやたら活気にあふれてきたらしい。先輩からそう聞いた。
入学してからできた友達に引きずられるように入った部活だけど、いろはがるたくらいしかやったことのなかった私には、百人一首を覚えるところから苦難の連続だった。
でも、そこで知った「歌」の中には、今の私の気持ちに近い「ことば」もたくさんちりばめられていて、競技としては下手ながら、その世界に引き込まれていった。
あ、競技としては、「何字決まり」ってのがあって、もう札を見るとその文字にしか見えなくなってくるってのは噂通りで笑った。
かるた部の研修旅行を、滋賀の琵琶湖そばにあるかるたの聖地、近江神宮の勧学館に1泊2日でやったときは、ああ、名人戦やクイーン戦が行われてる場所だと感動したけれど、ここに来て初めて知ったこともあった。
名人戦やクイーン戦をするし、高校生の大会もするから、高校野球の聖地が甲子園であるように場所的な意味で「聖地」なんだと思ってた。
お参りをして、ご祭神を知った時、ああ、だからかって思った。
天智天皇が祀られているのね。
百人一首の第一首、「秋の田の~」を詠んだのは、天智天皇なのだもの。
そんな部活も楽しみながら過ごした高校時代だったけれど、私の恋に進展はなかった。
何度も何度も、この想いを彼に伝えたいと思ったけれど、やっぱり、勇気はなかった。
男子にに女子にも同じ気さくさで人気があり、彼のことを狙っている子も何人か知っている。彼女たちと比べれば、私は、見劣りするな……なんて思ったら、言えなかった。
百人一首だと、そうだな……
『かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひを』というところだろうか。ああ、藤原実方はモテモテだったらしいから、ちょっとそこは大きく違うけど、『友達関係を壊したくなくて告白できないでいる』私のようだ。
でも、3年も見つめてきたから、この気持ち気づいてくれてたらいいのになって思ってた。勝手に、思ってた。
卒業を間近にした今、ずっとフリーだった彼に彼女ができたという話を聞いた。
後輩に押して押して押しまくられて、彼が折れたらしい。
やっぱり、言えばよかったのかな。
玉砕しても、その方が今のこのもやっとした気持ちにはならなかったのかもしれない。
大声で泣けたのかもしれない。
でも、これは、言えなかった、ううん、言えなかった私への罰だ。
卒業式のあとの喧騒の中、私は一人、歩き出した。
ふと、立ち止まり、校舎を振り返る。
風に揺れる桜の花びらを見上げながら、私はそっと呟いた。
3年間の私の想いに、誰にも伝えられなかった恋に。
「ありがとう、そして、さようなら」
私の声は、風に消えていく。
桜色の風に、溶けて、散った。
恋は桜色に溶けて…… 亜璃逢 @erise
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