別面:野生化魔族の事件録3
とあるやや辺境にある町。夕暮れ時、家路を急ぐ人々が行きかう大通りから少し離れた所で、絹を裂くような悲鳴が上がった。
その声に反応して、通りを警戒するように歩いていた警備隊の面々が路地へと走っていく。大通りを歩いていた人々はその姿を見送り、目的地へと移動する足を速めた。
そこからしばらくして、警備隊の詰め所に報告が届く。それに目を通した警備隊の責任者は、頭を抱えた。
「またか……!!」
そう。この小さな町では最近になって、奇妙な事件が毎日のように発生していた。それこそ、住民も警備隊も、ある意味慣れてしまう程に。
どんな事件かというと、町の中にモンスターが出現し、人を襲うというものだ。ここだけを見るともっと上の方に話を通して徹底的に捜索・解決の為に動くべきなのだが、奇妙なのはここからで、そのモンスターは、被害者に一切の傷を負わせていないのだ。
そしてそのモンスターとはスライムであり、これだけならやや強いが警備隊でも何とかなる。だが更に奇妙な事に、このスライムは
「何故服だけを溶かすんだっ!? お陰で報告しても冗談と取られて取り合って貰えないのだがっ!?」
と言う事だ。実に奇妙な話である。
なお一切の傷を負わせていないとは言え、それは身体的な話だ。安全な筈の町の中でモンスターに襲われるという恐怖。及び、方法は謎な上にアレだが服をはぎ取られ、屋外で肌をさらされるという恐怖。心の傷はがっつり作っているので、害悪には違いない。
被害者にこれといった共通点は無く、襲われる時間や場所もバラバラだが、今の所被害者の性別は女性が半分以上を占めている。警備隊にはその活動内容上男性が多いので、被害者の心の傷は察するに余りあるだろう。
「服だけが溶ける理屈は不明、スライムの出現経路も不明! 被害者の傾向も分からない! どうしろと言うんだ……!!」
そろそろ薬に頼らなければ胃の痛みが耐えられそうになくなってきた警備隊の責任者。ちなみに警備隊の面々も、主に周囲の女性から冷たい目を向けられるようになっていて、ストレス具合は似たような物だったりする。
ギリギリと見えない手に胃を握り潰されかけているような痛みを感じつつ、それでも報告書と向き合う警備隊の責任者。そこへ、ノックの音と共に来客が告げられた。こんな時に何だ、と思いつつ応じる警備隊の責任者。
やって来たのは、鉄のような色の髪を短く刈り揃え、緑色の目を穏やかに細めた若い男だった。もちろん、警備隊の責任者に見覚えは無い。
「初めまして。クラン『超克のファルシオン』のリーダーを務める、召喚者のダーモットと言います。本日は、この町で起きている奇妙な事件について、少しお話したい事がありまして。……お時間、宜しいですか?」
間違いなく初対面のダーモットと名乗った召喚者が言うには、現在神々より下された託宣により、召喚者達は特殊な空間を探索しているとの事だった。そしてそこで見つけたものは持ち帰る事が出来るのだが、その中に魔人族……魔族と呼ばれる種族の、古代に生きていた人物が含まれていたという事だ。
そしてこの町に拠点を置いている召喚者の1人がその人物を連れ帰ったはいいが、初対面の時に準備が足りず、相手も状況が分からずお互いパニックに陥った挙句、うっかりと現在の状況を説明する前に逃げられてしまったらしい。
それだけなら何の話だと思うところだが、ダーモットと名乗った召喚者によれば、その魔族は何かしら世界の理を読み解こうと知識を探求する類の性格であり、その知的好奇心が向いていたのは、人を楽しませる為の娯楽だという。
「……そしてその魔族は、主に成人男性に向けた娯楽を専門、えーと、主に追及していたようで……」
「成人男性に向けた娯楽……まさかっ!?」
そこまで言われれば、言っては何だが警備隊の責任者も大人の男である。主に妻には内緒の「楽しみ」の1つ2つは持っているし、部下のそれにも理解を示す必要がある。話の先には察しがついた。
そして、そのやらかしてしまった召喚者が助けを求めたのが『超克のファルシオン』だったらしい。そこまで聞いた警備隊の責任者は、自分の責任で今までの捜査資料をすべて開示した。
「え、これ外部に見せたらいけない奴じゃ……」
「この事件が解決するなら、この首1つぐらいは賭けられる。これ以上続いて胃が壊れる事に比べれば安いものだ」
「……心中、お察しします」
と言う訳で、『超克のファルシオン』全面協力の元捜査は一気に進展。町の空き家の1つに勝手に住みつき、各種認識阻害魔法を駆使して潜伏していた魔族の捕縛と相成った。
で、それはいいのだが、問題はスライムが服だけを溶かす現象である。もしこれが「狙った物だけを溶かす」という特性なら、とんでもない発明だ。使い道などいくらでもあるだろう。もちろん、悪用する事も十分可能だ。
相手が悪用だけを考えていた場合に備え、念の為警備隊の責任者も立ち合いの元、“天秤にして断罪”の神の審判の奇跡を願って追及する事にしたのだが……。
「え、そんな便利な特性無いに決まってる。というか、そんな特性持ったスライムを作れてたらそれで食えてるよ」
「じゃあどうして服だけが溶けたんだ?」
「そりゃ、スライムが触れたら溶ける繊維を作ったからだな。いやー、古着屋って便利だわ。研究費と生活費が稼げる上に時間経過で無作為の被験者が増えるから、研究が進む進む」
……後に調べた所、事件が起こる数日前辺りから、古着屋に連日古着とは思えない新しい服を売りに来ていた人物がいたことが判明した。そして被害者たちは、全員その売られた服を買って着用していたという事も。
もちろんその「スライムが触れたら溶ける服」は即日回収。魔族は『超克のファルシオン』が引き取って、町と警備隊員たちの胃には平和が訪れたという――――。
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