あなたの色は?(KAC20247)

歩致

独占インタビュー!大人気となった色の本の作者の原動力とは!?

僕には「色」というものがわからない。目が見えないとかいうわけではなく単純に「色」という概念が分からないのだ。僕には世界にあふれる色が全て文字に見えてしまう。具体的には青信号を見れば僕には薄赤色、薄黄色、緑色という文字が並んでいるようにしか見えないし、人なんて見ようものなら肌色、黒色、茶色なんかの色の名前の集合体に見えてしまう。正直滅茶苦茶気持ち悪いし、文字しか見えないものだから人の顔なんて全く覚えられない。


そんな僕だがもちろん生まれた時からこんな風に世界が見えていたわけではない。我が家には古い書庫があったのだが、そこには俗にいう「禁書」的なものが置いてあった。いつからあったのかとかそんなものはどうでもいい。重要なのは僕が「一日3分でできる!色彩感覚を鍛えるトレーニング」を一日3時間くらいしたせいで僕はあらゆる色を見分けられるようになった代わりに色を文字でしか認識できなくなってしまった。つまり常時視界が文字にに占領されるようになった。何故か文字だけは赤や青で書かれていたとしてもモノクロで認識できるので生活ができないというわけではないが、困るのは自分の知識に無い色を見た時だ。いくらどんな色でも見分けられるといっても知らない色は知らないので、その色を見ると文字化けして見えてしまうのだ。自分の視界を文字化けした文字が覆う光景を想像すれば僕が初めて文字化けした世界を見た時に叫んでしまったのも理解を得られるはずだ。


そんな僕にも唯一と言っていいほど良かったと思える光景がある。それが彼女を見た時だ。彼女とは僕がこの文字だらけの世界が見えるようになってから3年後に高校の教室で偶然出会ったが、初めて彼女を見た時僕の目には彼女の顔には「綺麗」という文字があった。これにはとても困惑した。なにせ初めて見る色は全て文字化けするのだ。つまり初めて会う人間は漏れなく顔が文字化けしているというSAN値チェック待ったなしの光景だったのだ。それが急に「綺麗」なんていう単語で埋め尽くされていたのだから返事なんてできずにその場で考え込んでしまった。そもそも「綺麗」は色なのか?とかなんで彼女だけ?とかいろいろ考え込んで考えるのをやめてしまった。思えばこの時もう少し考えたり、彼女に話を聞くなりするべきだったのだ。まぁ今となってはどうしようもないことだが。


結局僕は彼女とこの後特に接点なくそのまま高校を卒業した。その後僕は自分の能力を活かせる道を探し始めた。一番に思い立ったのは画家だったが色使いはよくとも画力がいまいちなせいでこれで食べていくのは無理という結論にいたった。その後も色々な職を転々としながら最終的にはカフェで働かせてもらえることになった。コーヒーを淹れた時の少しの色の違いで美味しさを見分けられたので毎日自分の理想に近いコーヒーを淹れることができ、雇い主のおじいさんにも満足してもらえた。そんなカフェで働いていたある日、入ってきた女性の顔がまた「綺麗」という単語で埋まっていた。久しぶりに見たので初めて見た時ほどではないが少なからず動揺した。そんな僕を見ていたその女性が僕に話しかけてくれたことでわかったのだがどうやら高校の時の彼女と同一人物だった。しか僕と彼女は高校が初対面ではなかったのだ。僕と彼女が初めて会ったのは僕がこの文字だらけの世界になってすぐ両親に病院に連れていかれた時で、その時に偶然入院していた彼女とそれなりに仲良くなっていたらしい。らしいというのは僕がその時のことをほとんど覚えていなかったから。言われてから思いだしたが当時の僕にとって病院で出会った彼女は今までの人生で一番綺麗な人という風に思っていたらしい。


このことを思い出させてくれた彼女には僕のこれまで起こっていたことを素直に伝えたがまるで中二病の人間に接するような声だったので多分信じていないかからかっているとでも思っているんだろう。顔は分からないがなんとなく面白がっているという雰囲気は感じていた。


この彼女との出会いによって僕は自分自身を振り返ることができた。つまり、彼女の顔を見て「綺麗」という色として認識し、再び会った時も同じように見えていたということはこの文字だらけの世界は思ったよりも融通がきくということだ。もっと言えば色なんて赤や青みたいなちゃんとした名前でなくても「綺麗」だとか「空の色」みたいな自分の好きな名前で見て良いということがわかった。この気づきは僕の中にすっと入ってきて体の中から少しずつ体を温めてくれるかのようだった。


それからの僕の世界は少しはいい風景が見れるようになった。自由に色に名前を付けるというのは存外楽しいもので今ではすっかりおじいちゃんになってしまった僕だが毎日新しい色を見つけて名前を付けることがもはや趣味になっている。彼女と会ったカフェはマスターが疲れて店を畳むということで僕が40代くらいになる頃に無くなってしまった。それからの僕は世界を旅して初めて見る色を見つけてはどんな色なのか聞きながら名前をつけていった。今ではむしろ文字化けをみるとテンションの上がる変な老人になってしまった。





さて、僕がここまで長ったらしい話をして言いたいことってのは要するに色なんて自分で好きな名前を付けていいし、色以外にも自分で名前を付けていけばつまらないように見える世界でも面白く見えるんじゃないかってことだ。明日はぜひとも知らないものに何か名前を付けてみてはどうかな?



















え、あのときの彼女はどうしたって?もちろん告白して、プロポーズもして今でもずっと隣で僕の見えない色を教えてくれる大事なパートナーになってくれている。

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