第35話 迷宮ダンジョン十階を目指そう

 ルシウスとジャスは、荷物持ちの籠に、ギルドで売るドロップ品を入れて防衛都市カストラに帰る。


「アレクは、金熊亭に戻っていても良いぞ。白猫レオがいるからな」

 ダンジョンを出たら、基本的にカバンの中にいる白猫レオだけど、ギルドでエールを飲んだりしている間も我慢させているのは可哀想だとジャスが言う。


「ちゃんと取り分はアレクに渡すから」

 ルシウスの金勘定は信頼している。ケチだけど、誤魔化すような事はしない。


白猫レオは、カバンの中で寝ているから、大丈夫だとは思うけど、お言葉に甘えるよ!」


 ダンジョンの中は常に同じ気温だけど、帰りの馬車で一雨あって蒸し暑さが増している。風呂に入りたい気分だ。


「宿に帰ったら、冷風機を出してくれ!」

 そうジャスに言われて、早く風呂に入らなくてはと慌てたよ。


 金熊亭の食堂でエールを飲んでいる間に、お湯を運んでもらう。

「女将さん、白猫レオにアルミラージの肉を茹でてくれないか?」


 金熊亭、掃除と食事の味は大雑把だけど、女将さんは親切だ。

「ああ、良いよ! アレクだけ先に帰ったのは白猫レオの為かい? ギルドに連れて行ったら、可愛いから盗まれるかもしれないよ。何か所有者の印をつけたほうが良いんじゃないか?」


 そうか! あの馬鹿どもなら一悶着ありそう。白猫レオは、性格は問題ありだけど、見た目は本当に可愛いから。


 部屋で白猫レオをバスケットに寝かしてから、風呂に入る。

 ジャスやルシウスが帰って来たら、冷風機を出さなきゃいけないから、サッと風呂から出たよ。


「あああ……幸せ!」

 冷風機をつけると、涼しい風が! 普段着に着替えて、二人の冷風機も出しておく。


 白猫レオは寝ているから、せっかく茹でて貰ったけど、アルミラージの肉は後だな。蒸し暑さで悪くなったら困るので、皿ごとアイテムボックスにしまう。


 急いで風呂に入ったのに、二人はギルドから戻って来ない。少し暇だから、女将さんに言われた所有の証について考える。


「前世だったら首輪だけど……嫌がるかな? 従魔って、前はいた筈だよね。ルシウスがテイマーについて話していたから……」

 こんな時は、神様ガウデアムスの記憶を探索する。


「相変わらず、読みにくいよ!」と文句を言っていたら、金色の目を開けた。


「お前が低脳だからではないのか?」

 相変わらず失礼な白猫レオだけど、肩に飛び乗り、冷たいピンクの鼻を頬に押し当てる。


「酷い! 我の崇高なダンジョン情報が無茶苦茶ではないか! 馬鹿者! ちゃんと整理しろ」


 脳内の神様ガウデアムスの記録がインデックスファイルに納められ、探索ツールも作られた。


「先ずは、調べたい項目にアクセスして、より深く探索したい時はツールを使うのだ……酷い! 女神様クレマンティアの知識もぐじゃぐじゃだが……それは、自分で整理しろ!」


 低脳め! って軽蔑の目で見られたけど、これで調べるのが楽になる。女神様クレマンティアの知識も、後で整理しておこう。


「お礼にアルミラージの肉だよ」

 銀の皿を一枚、白猫レオ用に取っておいたんだ。女将さんは、大きな切れに切っているから、陶器の皿の上でナイフで薄切りにして、銀の皿に置いて出す。


「二切れで良い。まだ身体が小さいから」


 残りはアイテムボックスにしまうけど……気になる発言だ。


白猫レオは大きくなるの? どのくらい?」


 ウミャウミャと二切れ食べた白猫レオに質問する。あまり大きくなったら、部屋に一緒にいれなくなる。


「成獣になるにはレベル100は必要だろう。レベル50で巨大化はできるようになるが、基本は猫サイズだ」


 大人のサイズの猫なら問題ないよね? 頭の上に乗るのは、ちょっと重たそうだけど、カバンは大きいのを買えば良い。


「そうだ! 従魔の証について調べようとしていたんだ」

  

 露骨に嫌な顔をする白猫レオ。猫って表情がないって、犬派の人は非難するけど、白猫レオ以外でも気持ちはよく現れるよ。


「先ずは、従魔の契約をする。えっ、テイマーの血で作るの?」


 金属に血を落として、それを従魔に埋め込む……何だか痛そう! クレジーホースもしているのかな? スレイプニルの蹄とかになら、痛くないのか? クレアがベィビィに痛い思いをさせるとは考えられない。


 白猫レオの耳なら良いのかな? 自由猫を去勢したら、猫の耳を三角に切り取るとかあったけど、あれ、痛くないのか気になっていたんだ。

 自由猫保護団体がしているぐらいだから、大丈夫だよね? 耳に私の血を落としたイヤーカフとかしたら良いのかな?


 白い三角形の中がピンク色の耳を見ていると、白猫レオがブルブルッと身を震わせて怒る。


「愚か者! 全能神様オムニスが我をそなたの従魔としたのだ。そんな事をする必要はない。他の人間に見せる為の証なら、何か作って身に付けさせれば良いだけだ」


 私は、初めて白猫レオを見た時の、小さな王冠の印象が強かった。それと星の海シュテルンメーアの印が混じったみたい。


 指輪がピカッと光って、三個の星がついた王冠が白猫レオの額に現れた。


「ゲッ、センス悪い!」

 いや、いや、ほぼ同じだよ。王冠が小さくなり、小さな星が三個先端に付いているだけじゃん。なかなか可愛い!


「ええっと、ギルドで従魔登録しなきゃいけないと書いてある。今はテイマーは殆どいなくなっているけど……クレイジーホースはどうしているのかな? ジャスに聞いてみよう」


 ただ、クレアはスレイプニルを魔物だとは認めていないけど、馬とは明らかに違うよね。でも、心は通じ合っているから、従魔契約はしていると思うんだ。


 そんな事を考えていたら、二人がギルドから戻ってきた。


「お疲れ様!」と労うと、冷風機の前にジャスが座り込む。


「涼しい! 生き返る!」

 その気持ちはわかるけど、冷風に乗って漂う汗とエールの香りは嫌だ。

浄化ピュリフィケーション!」を二人に掛けておく。


「遅かったなぁ」と声を掛けると、ルシウスが複雑な顔で報告する。


「メイド服はかなり高額で売れた。銀食器なども……宝石は、オークションに掛けられる。小さいけど、純度が高いとかなんとか……俺には理解できないが、高価になるのは嬉しい。金の細い王冠、金の懐中時計もオークション行きだ」


 金が大好きなルシウスなのに、儲けた割に顔が固い。


「魔導灯の件で、ギルドマスターにあれこれ詮索されたんだ。防衛都市カストラとしては、少しでも安価な魔導灯が入荷されるのは良いけど……自由都市群パエストゥムの錬金術師が文句を付けるかもしれないそうだ」


 ジャスは「そんなの相手にしなきゃ良い!」と一言で終わらせる。


「まぁ、ジャスの言う通りなんだが……自由都市群パエストゥムへの護衛依頼は受け難くなるかもってだけさ!」

 

 私は、元々、護衛依頼は乗り気じゃないから良いけど、万が一、追っ手が来たら、自由都市群パエストゥムに逃げる必要があるかも。ちょっと困る。


 白猫レオは、ふん! と鼻を不満気に鳴らす。


防衛都市カストラは、交易都市エンボリウムの為に存在しているのだろう。自由都市群パエストゥムに忖度しすぎだ。何か怪しい!」


 交易都市エンボリウム防衛都市カストラ自由都市群パエストゥムは、女神様クレマンティアの時代になってから発展したから、神様ガウデアムスは詳しくないはずなのに? 

 あっ、さっき私の頭の中の女神様クレマンティアの知識を読んだんだ。ぐじゃぐじゃだと文句を言っていたくせに。


交易都市エンボリウムの船を襲っている海賊は、自由都市群パエストゥムが雇っている私掠船だとの噂もあるな……」


 ジャスがボソッと呟く。それって拙いのでは? 


防衛都市カストラの北にオークダンジョンが沸いたのは、恣意的なのかもな。交易都市エンボリウムに取って代わろうとする陰謀かもしれない」


 白猫レオ、それ怖いんだけど!


「ダンジョンを人工的に沸かす事なんてできるのか?」


 ルシウスが真剣な顔で白猫レオを問い詰める。


「オークダンジョン石を、沸かせたい場所に埋めて、二、三百年も待てば沸くだろう」


 神様ガウデアムスの視点は、私たち人間の寿命を無視している。三人で深い溜息をつく。


「ダンジョン石の欠片が、何らかのアクシデントで、そこに埋まったと考えた方が自然だな。陰謀にしては、長期すぎて、首謀者も生きていないだろう」


 ただ、自由都市群パエストゥムへの警戒は、頭の隅に置いておこうと顔を見合わせた。


「兎に角、迷宮ダンジョンの十階を明日は目指すぞ! 当分は、魔導灯を売るのも目立つから駄目っぽいからな」


 いずれは、魔導灯よりも目立つ機械兵や機械騎士や冷風機も売るつもりなんだけど、兎に角、部品がドロップする階に達するまでは塩漬けだね。

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