第15話 仕事終わりのエールが遠い

 五階を踏破して、転移陣の前まで来た。

 アイテムボックスから、レッドウルフを縛った縄を取り出し、気絶している八人を縛る。

 途中で、何人か意識を取り戻しかけたので、首をチョップしておく。


「お前たちも縛るぞ!」

 一瞬、転移陣で逃げようとした荷物持ち二人を睨みつけて縛る。


「お兄ちゃん、縛り慣れているね」

 ジル、それは言って欲しくなかったよ。変態っぽく聞こえるじゃん。


「よし、地上に上がるぞ!」

 中級者用のダンジョンは、やはり一日では十階は無理だった。


 転移陣に乗ったら、地上だ。

「何事だ!」

 ダンジョンの前にいる兵士が槍を向けてきた。


「五階で、こいつらが襲って来たから、返り討ちにした。常習犯だぞ!」


 八人を縛っている縄を兵士に渡す。


「それと、この二人は荷物持ちだが、この犯罪に関わっているかもしれない」


 後は、ジルとサミーに一銀貨クランをやって、下級薬草を買い取ってやれば良いんだよね。


 コカトリスの毒袋と卵の依頼があれば良いから、ギルドでチェックして、エールだ!


 そうは簡単に行かなかった。馬鹿達が目覚めて騒ぎだしたからだ。


「ダンジョンの中で襲われた!」

「あいつは、怪しい魔法を使う!」

 やれやれ、よく言うよ。


「俺たちは、防衛都市カストラで活動している『ファイヤーウルフ』だ! もうすぐ銀級になる俺たちと、その怪しい小僧のどちらの話を信用するのだ! 縄を解け!」

 もじゃもじゃ髭のリーダーが喚く。


 ファイヤーウルフ? ああ、嫌な名前に似ている!


 兵士達も、ファイヤーウルフは知っているみたいだ。つまり、あちらの言い分を取るのかな? と思ったけど……評判は良くないみたい。


「スベン! お前が銀級になれるとは思わないが……お互いの言い分が違う。ギルドマスターに判断してもらおう」


 つまり、ギルドにぞろぞろと向かう羽目になった。因みに、ファイヤーウルフと荷物持ち二人の縄は解いていない。

 やはり、バリアで囲ってスルーするか、殺してダンジョンの肥やしにすれば良かったなぁ。でも、それが出来ない自分の甘さが憎い。


 ダンジョンで死んだら、時間が経つと死体は消えるそうだ。ゾッとする話だけど、だから盗賊も出るんだよね。

 

「ジル、サミー、面倒な事になって御免! 後で、飯を奢るよ!」


 ギルドに着いたら、兵士が知らせていたのか、ギルドマスターが待ち構えていた。


「ギルドマスター! こいつが俺たちを襲ったんだ!」

 もじゃもじゃ髭のスベンが喚く。


「八人が一人にやられたのか?」

 ギルドマスターがギロリと睨む。

「変な魔法を使うんだ!」

 ああ、煩い! 本当に、今度こんなことがあったら、殺そう! できるかな?


「アレクの言い分は?」

 口を開くのも面倒だけど、自分の主張はしなくてはね。


「俺が五階に下りて、転移陣を目指していたら、そいつらがやってきて、籠を渡せと言ったんだ。断ったら、殺す! と言うから、縛って連れてきた。今度からは、殺して放置しておくよ」


 本当に、面倒臭いからね! 

「アレクが言う通りなら、ファイヤーウルフは盗賊だな」


 ギルドマスターの言葉に、ファイヤーウルフの八人がギャンギャン喚く。煩い!


「そちらの荷物持ちに訊いたらどうだ?」


 何回か荷物持ちをして、遣り口を知っているなら有罪だ。知らなかったなら無罪だ。


「お前たちは、鉄級だな?」


 やはり、初心者の冒険者だった。なら、知っていたのか?


「そうですが……ファイヤーウルフに雇われたのは、今日が初めてだし……あいつがいきなり魔法で攻撃してきたのです」


 これ、真っ黒判定じゃない? 


「そっちが籠をよこせ! 殺す! と言ったからだ!」

 ジルが叫ぶけど、あちらの十人の方が騒がしくて掻き消された。


「よう、アレク! また馬鹿に絡まれたのか?」

 ジャスがケタケタ笑っている。

「いや、盗賊に遭ったから、縛って連れて来たんだけど、これってどうするのが正解なの?」

 ギルドマスターが顔を顰めている。


「盗賊は、殺す! これ一択だな。次からは迷わず殺せ!」


「成程! 了解だ!」

 甘ちゃんでは生きていけない。それに、こんな面倒ごとは二度と御免だ!


「おぃ、基本は捕縛出来たら、そうした方が良いのだぞ」

 ギルドマスターは、苦い顔でそう言うけどね。ダンジョンの中では、何があるか分からない。


「俺たちは無罪だ!」

 騒ぎ立てるファイヤーウルフ、それにそろそろ冒険者達も依頼を終えてギルドに戻って来ている。


「ギルドマスター、上で話した方が良い」

 ルシウスの提案で、ぞろぞろと会議室に行く。


「縄を解いてくれ!」

 スベンが騒ぐけど、ギルドマスターは兵士に解けとは命じない。


「このところ、中級者ダンジョンで五階の生存率が低いのだ。特に、初めて潜る冒険者が亡くなっている」

 

 ギロリとギルドマスターがスベンを睨みつける。つまり、前から疑われていたのだ。だから、ダンジョンに潜る時にギルド証の提示を求められたのかな?


「そんなの冒険者がダンジョンで死ぬのは、前からだろう。俺たちは関係ない!」


 ああ、これって水掛け論だ。それに、荷物持ちの一人はまだ有罪か無罪かわからないんだよね。一人は嘘をついたから、真っ黒だけどさ。


 髪の毛が伸びるのは嫌だから、袋の中から帽子を取り出して被る。


汝の罪を告解せよコンフェッシオ!」

 気の弱そうな荷物持ちに掛ける。キラキラと金の光が、荷物持ちの頭に降り注ぐ。


「俺は、コイツに誘われて、ファイヤーウルフの荷物持ちに雇われたんだ。中級者ダンジョンの五階まで連れて行ってくれると言われたから……でも、五階から先には進まない。変だとは思っていたけど……」


 口を噤もうとしても、言葉が溢れてくる。


「黙れ!」とファヤーウルフの馬鹿達が騒ぐけど、ギルドマスターに睨まれて口を閉じる。


「今日も五階に転移して、四階からの階段に向かった。斥候が『一人で潜っているカモがいる』と報告したので……俺は、ファイヤーウルフについて行っただけだ!」


 髪の毛が伸びないように軽く掛けたからか、途中で口を閉じた。判定は灰色だ。


「それからどうなったのだ!」

 ギルドマスターの圧が強い。私の魔法より効果があるんじゃないの?


「あの小僧がいたから、スベンさんが『籠をよこせ!』と言ったんだ。なのに、アイツが断るから……」


 ルシウスとジャスが呆れている。


「アレク相手に無謀だな!」

「相手が悪かった!」


 酷い! 同じパーティなのに!


「ルシウス、ジャス! この小僧を一人でダンジョンに潜らせるな! 弱いカモだと勘違いする馬鹿がゾロゾロ出てきそうだ……うん? 掃除ができて好都合なのか?」


 兎も角、ファイヤーウルフの連中と荷物持ちの二人は、これからギルドマスターにみっちり取り調べを受けそう。これが初犯とは思われないからね。荷物持ちの一人は、まだ盗賊とまでは言えないのか? そこら辺も厳しく調査されると良い。


「じゃあ、これで!」と立ち去ろうとしたけど、ギルドマスターは「さっきの魔法は?」なんて聞いてくる。


「ギルドマスター、冒険者の技能については、各自の自由申告だったと思うぞ」


 ルシウス、頼りになるよ! それに、今回は弱く掛けるのを意識したから、髪の毛が伸びていない。このギルドマスターの前で髪の毛ザッパンは拙いからね。


 ルシウスとジャスに囲まれて、一階に下りる。勿論、ジルとサミーも一緒だ。


 普段はダンジョン前にいる商人にほとんどのドロップ品は売るのだけど、全部持って来ている。


「精算する前に依頼品があるか、チェックしろよ!」

 ルシウスのケチな忠告はありがたい。

「下級薬草……これは無し! 自分で作りたいから。ロイヤルゼリー……一瓶なら売っても良いな。コカトリスの毒袋、卵……これは全部売ろう! ファイヤーウルフの毛皮……これも売ろう!」


 四枚の依頼票を持って列に並ぶ。ジャスはルシウスに精算を任せて、エールを飲んでいる。私も早くエールを飲みたいな。


「ルシウス、この赤い短剣って使う?」

 ファイヤーウルフがドロップした短剣、鑑定したら『ファイヤーボムが出る』と出たんだ。


「えええ、お前、引きが良いな! だが……これはお前が使った方が良いんじゃないのか? 短剣なんて、俺もジャスも使わないし」


「俺も短剣なんて使わないから、売ろうかな?」

 

 荷物持ちの二人が欲しそうだけど、これは流石にね! それに、こんな武器を持っていたら襲われそう。


「草原の風のメンバーなら欲しがる奴がいるかもな。売らずに取っておけよ! 良い武器はなかなか手に入らないからさ」


 なるほど! 草原の風には弓矢を教えて貰ったし、適正価格で買ってくれそう。


 やっと順番になって、下級薬草と赤い短剣とロイヤルゼリー一瓶、ハチミツ何個か以外は全部売った。


「五十五金貨ゴルディになります」

 荷物持ちの二人から下級薬草を買い取ってもお釣りがくるね。ついでに回復薬の空き瓶を三十買っておく。


「さて、お前らには迷惑を掛けたな。二銀貨クランだ。食べたい物を注文しろ!」


 ジャスが荷物持ちに二銀貨クランだなんて! と笑っているけど、下級薬草代も含んでいる。


「私は……持って帰れる物が良い」


 うん? 腹は減っていないのか?


「俺も……仲間が待っているから……」


 げぇ……余計な事を聞いちゃった。ジルとサミーはもっと幼い子達の世話をしているのか?


「おい、アレク! 子ども全員を養う訳にはいかないぞ!」

 ジャスに言われるまでもなく、わかってはいるけど……。


「いっぱい持って帰らせたら良い。保存が出来そうな物も!」


 ルシウスに言われて、ステーキを挟んだパンを四本。それと、パンを六本とチーズ。


 今日と明日は、食べ物に困らないだろう。でも……その先は? こちらの世界は、生きていくのに厳しい!


「明後日、またあの中級者用のダンジョンに潜る。あと二人なら荷物持ちを連れて来ても良いが……あまり幼い子は駄目だぞ!」


 流石に今日は疲れたから、明日は休んで下級回復薬を作ろうと思う。


「甘ちゃんだなぁ!」とジャスに笑われたけど、このくらいしかできないんだ。


 やっと生ぬるいエールにありつけた。

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