第30話 さらば、交易都市!

 カインズ商会の護衛依頼を受けたので、本格的に交易都市エンボリウムを出立する準備に入った。


 護衛依頼は、冒険者ギルドで受けるから、星の海シュテルンメーア交易都市エンボリウムを出立するのは、ギルド長の耳にも入り、私は呼び出しを食らった。


「アレクにはずっと交易都市エンボリウムにいて欲しいと願っていたのだが、防衛都市カストラに行くのだな。また戻って来たら、治療依頼を受けてくれ!」


 冒険者の移動は自由だから、ギルド長も止める事はできない。私は、黙って頷いた。

 

 輿入れ行列から逃げた時は、一刻も早く遠くに逃げなくては! と焦っていたけど、今のところ聖王国からもアスラ王国からも追っ手は来ない。


 あのゲンペル男爵とカリンが、どこかの娘をサーシャ王女と偽って、好色王アマースの第四夫人にしたのかも知れない。

 あの二人が花嫁に逃げ出されたと素直に報告し、罰を受けるとは思えないからね。


 それにサーシャが修道院育ちだと、アスラ王国でも知っているだろうから、王女としての教育を受けていない娘でも不審に思わなかったのかも?

 

 これは、全て私の勝手な想像でしかない。本当は、ゲンペル男爵とカリンは、好色王アマースに罰を受け、殺されているのかも? そして、面子を潰された好色王アマースの手の者が、サーシャを探している可能性もある。


 どちらにせよ、防衛都市カストラに逃げた方が安心だ! 気候は暑いみたいだから、ルシウスとジャスと一緒に麻や綿のシャツやズボンなどを購入した。

 

 塩、砂糖、香辛料、干し肉、干し魚、果物、日持ちしそうな焼き菓子、これらを思いっきり買った。

 本当は、生の魚も買いたかったけど、防衛都市カストラで不審がられるから諦めた。


 それとシャツとズボンも、後で、違う店で何枚も買ってアイテムボックスに収納しておいたよ。

 レッドウルフの奴隷落ちの賞金、ニ十五金貨ゴルディを貰ったからね。

 

「お前が去勢したり、腕を片方切ったから、安くなったんだぞ!」とジャスに笑われたけどさ。

 人間の値段、安くない? 南の大陸は奴隷が多いと聞いていたから、少し心配だよ。


 それとエールの樽を買って、荷馬車に乗せて貰う交渉をジャスがしてくれた。これは、凄く熱心にしてくれたよ。


 後は、防衛都市カストラの近くになると、スコールが降る事が多いそうなので、撥水性のある魔物の皮のマントを買った。


「なぁ、夜寝る時はテントがいるんじゃないか? 買わなくて良いのか?」と聞いたら、二人に爆笑された。


「お前、護衛の意味がわかっていないだろう! 夜は魔物が襲ってくる可能性が高いから、見張りをしなくてはいけない」

 ジャスに馬鹿にされると、ムカつく。


「じゃあ、寝ないのか? 十日以上も掛かるのに無理じゃん!」

 睡眠は、人間の三大欲求だよね?


「他のパーティと相談して見張の当番を組むのさ。だから、テントは商隊の連中の端っこで寝させて貰う感じだな」

 ルシウスに説明して貰ったけど、体力が持つか少し不安になった。


「夜の見張当番は、だいたい三つに分ける。夕食後から真夜中、これが一番身体は楽だな。真夜中から三時頃、これが一番キツい。魔物もよく襲ってくる時間帯だからな。三時頃から朝まで、ジャスは嫌うが、割と楽だ」


 ジャスは、朝早く起きて、そのまま移動するのが嫌だとブツブツ言っている。そうかもしれないな。


「他のパーティも決まったんだろう? どこだ?」

 星の海シュテルンメーアだけで、護衛依頼を受けるんじゃない。私も知らない冒険者が多いけど、気になるよ。


「ジャスもよく知っている『クレイジーホース』と『草原の風』だ」

 ジャスは顔を顰めたけど、文句を付けない所を見ると、問題はないのかな?


「どんなメンバーなんだ?」

 私は知らないからね。


「ああ、夜にギルドで顔合わせをする。アレク、暴れるなよ!」

 えっ、ジャスじゃなくて、私に注意をするの? 


「彼奴らもオーク討伐隊に参加していたから、アレクに手を出したりはしないさ。ただ、口止めしておかないと、拙いぞ!」

 

 銀髪バッサァの女神様クレマンティア案件だったからね。


「何か手遅れの感じはあるけど、一応、リーダーのシャムスとクレアには言っておく」


「えっ、クレアって女の名前っぽいけど?」

 女性冒険者もギルドで時々見かけるけど、数は少ない。


「ああ、『クレイジーホース』のリーダーは、クレアという女だ。だが、アレクは、絶対に近づくんじゃないぞ! 犯されるかもしれないからな」

 

 ジャスに警告されて、どんな女の人なんだろう? とドキドキしながら、夜の顔合わせに行く。


「おお、ジャス! ちょっと見ない間に、大きくなったなぁ!」

 赤毛の大女がジャスをサイド・ヘッドロックしている。そっくりなんだけど?


「クレアはジャスの姉貴さ。彼奴の唯一の苦手な女だ」

 ルシウスがコッソリと説明してくれた。


「クレアがいたら、ジャスはおとなしい。心配なのはアレクだけだな」酷い!


「これがうちの新人のアレクだ」と皆に紹介して貰う。


 他のメンバーは銀級が多いと聞いているから、大人しく頭を下げておく。


「ジャスが迷惑をかけたら、私に言ってくれ! 躾なおすからな。うちのメンバーは、右から、オルフェ、ダーク、プルーだ。全員が騎兵だから、疲れたら乗せてやるぞ」


 騎兵? それにしては、身体がゴツイ。馬が疲れそうだけど?


「『草原の風』のリーダーをしているシャムスだ。皆、走るのが特技だから、斥候は任せてくれ! あちらの背が高いのがキム、細っこいのがバリー、紅一点なのがルシアだ」


 紅一点のルシアが一番背が高くて、眼光が鋭い。『草原の風』のメンバーは、冒険者としては細身だし、気楽に付き合えそうだと思っていた時期もあったよ。エールを飲んでいる間はね!


 ハチミツ酒が入る頃から、『草原の風』のメンバーでナイフ投げが始まり、物騒になった。皆、何本ナイフを隠し持っているのだろう?


 それに、何故か私は、クレアとルシアに挟まれて、ハチミツ酒を浴びるように飲んでいる。

 かなり、毒耐性が強くなったから、酔い潰れたりはしなかったけど、ジャスに二人の間から抱き上げられて、助けて貰わなければ、ギルドの床で寝ていたかもね。


「明後日の、朝六時にカインズ商会の前に集合だぞ!」

 ぐだぐだのクレア、酔っ払ってナイフでジャグリングしているシャムズ、大丈夫かな? 兎も角、海亀亭トゥラトゥラで寝たい!

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