第29話 カインズ商会

 次の日は、冒険者ギルドに向かわないで、カインズ商会に行く。

 今日は、背負い籠は置いて来た。リリーがくれた小さな木の箱に下級回復薬(優)を十本いれてある。

 二本は、アイテムボックスに入れたよ。何かあった時の為にね!


「へぇ、大きな建物だな!」

 サーシャは田舎の修道院育ちだし、王都では殆どの時間は、城の部屋に閉じ込められていた。鍵は掛かっていなかったけど、ここに居ろと言われて素直に従っていたんだ。

 クズ王子リグズェールに誘われて、テラスに出たのがサーシャの大失敗だったのか、残酷な運命だったのかは、私には判断できない。


 輿入れ行列では、大きな街にも泊まったけど、あの時は逃げ出す事だけを考えていたからね。


「そりゃ、交易都市エンボリウムでも一、ニを争うカインズ商会だからな!」

 何故、ジャスが偉そうに言うのか理解不能だよ。


「ジャス、アレク、行儀よくしておくのだぞ! できれば、カインズ商会の護衛依頼を受けたいと思っているのだからな!」

 えっ、ルシウス、酷い! ジャスと同じ扱いなの? ショックだよ。


 商会の中に入ると、店員が「いらっしゃいませ!」と声を掛ける。

 うん、交易都市エンボリウムの店で、こんな挨拶を受けたのは初めてだ。社員教育が行き届いているのかな?


 そんな事を考えていたら、ジャスに「ほら!」と声を掛けられた。前だったら、背中を叩いていたと思う。学習したんだ!


「あのう、下級回復薬を売りに来たのですが……」

 私って、やはり小心者だ。初めてのカインズ商会で、ちゃんと鑑定して貰えず『偽物だ!』と追い出されるのではないかと、ドキドキしている。

 

 でも、そんな事を言われたら、暴れそうな自分もいる。これって、二重人格なのかな? なんて考えている間に、社員が奥に行き、何か報告している。


 その奥から、店員達より上等な制服を着た男の人が出て来た。

「私は、カインズ商会の支配人をしているモースと申します。下級回復薬を売って下さると報告を受けたので、私が対応させて頂きます」


 支配人のモースに案内されて、奥の部屋に通された。商談とかする部屋かな?


「さぁ、お座り下さい。失礼ですが、ルシウスさんとジャスさんは知っていますが、貴方は初めてお目にかかると思います」

 

 ジャスとルシウスが頷くので、ソファーに座り、自己紹介をする。


星の海シュテルンメーアのアレクと言います。下級回復薬を買い取って下さい」


 箱から一本、下級回復薬を取り出して、モース支配人に渡す。


「これは! 私どもが知っている下級回復薬とは色が違いますね。鑑定させて頂きます」

 

 モース支配人、ちゃんと鑑定できるのかな? 偽物と言わないだろうか?


「とても優れた下級回復薬と出ました! 北の大陸では、澄んだ緑の下級回復薬の方が優れているとは、聞いてはいましたが、本当に目にする事ができるとは!」


 ホッと息を吐く。優秀な鑑定スキル持ちで良かったよ。


「何本、売って下さるのでしょう!」

 うっ、熱意が強い。全部、売るつもりだったけど? ルシウスの顔を見ると、任せろと頷いてくれた。


「こちらにも何本かは売るつもりだけど、防衛都市カストラの方が高く買ってくれるのでは?」


 ふぅ、こう言う交渉は苦手だ。任せよう!


 なんと、綺麗な秘書が香り高いお茶と茶菓子を持って来てくれた。

 南の大陸では、砂糖が取れるんだよね。輿入れ行列の時に、デザートで砂糖を使ったお菓子を初めて食べた。

 しまった! これも買わなきゃ!


「これも食べて良いぞ!」

 ジャスは甘い物は食べないみたいだから、二個食べられる! ラッキー! いや、一個はリリーにお土産にしよう!


 私が茶菓子を食べて、香り高いお茶を飲んでいる間にも、支配人モースとルシウスの商談はエキサイトしていた。


「勿論、防衛都市カストラでも販売したいと考えておりますが、交易都市エンボリウムにも優れた下級回復薬は必要です!」

 

 もう、茶菓子は食べたし、お茶も飲んだから、服を買いに行きたい。それと、塩と香辛料と砂糖、ああ、日持ちしそうなお菓子もね! 


 ルシウスは、私が商談に飽きているのを見て、手を打つ事にした。だって、また作れば良いだけなんだもん。


 それは目敏いモース支配人も気づいた。

「下級回復薬としては、格別な値段、一瓶八銀貨クランで買い取らせて頂きます」

 私がこれからも納入しそうだと思ったみたい。因みにギルドで売っている下級回復薬(劣)の値段は五銀貨クラン


「ふぅん、それなら別の商会に売りに行っても良いかな? これからも、下級回復薬はそちらに売ることになるだろう」


 ルシウスが駆け引きをしている。モース支配人が、ハンカチで汗を拭く。


「これからも、アレク様が下級回復薬をカインズ商会に売って下さると約束して下さるなら、一瓶一金貨ゴルディで買い取らせて頂きます」

 

 ルシウスが「どうする?」と目で尋ねてくる。


 ううん、どうしよう? 高いのは嬉しいけど、カインズ商会にしか売ってはいけないのは困る。


 ジャスって読心術ができるんじゃないかな?


「モース支配人さん、それってカインズ商会以外には売ってはいけないって事なのか? それともカインズ商会にも売るって事なのか? それによっては返事は変わるよ」


 モース支配人は、少し考えて口を開いた。ソロバンを弾く音が聞こえた気がするよ。この世界にソロバンがあるかどうかは知らないけどさ。


「これだけ優れた下級回復薬を独占したら、儲けは莫大になるでしょうが、他の商会を全て敵に回す事になります。ですから、できれば優先的に販売して下されば、幸いだと考えております」


 つまり、下級回復薬を売る時は、カインズ商会にも売って欲しいって事だね? それなら、良いんじゃないかな?


 私が頷くと、ルシウスとモース支配人がホッと息を吐いて、お茶を飲んだ。商談で喉が渇いたみたい。


 会長のカインズ氏も出てきて、モース支配人から報告を受け、にっこりと笑うと私達と握手した。


「これからも星の海シュテルンメーアとは友好関係を続けていきたいです。ああ、そうだ! 今度の防衛都市カストラへの商隊の護衛依頼を受けて頂きたいですね」


 やったぁ! 防衛都市カストラに行けるよ。追っ手は、もしかしたら来ないのかもしれないけど、遠い方が安心だからね!


 そちらで落ち着いたら、薬師で食べていけるかもしれないね!

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