色が見えない彼女は心の色が見えるので

華川とうふ

幼馴染との再会はオレンジ

「私は色が見えません」


 新学期の自己紹介、天野葵はそう言った。

 新しい学年、新しいクラス、そんな環境に緊張してありふれた自己紹介を繰り返すクラスメイト達のあとにそんな自己紹介をした天野はとても目立っていた。

 いや、少し浮いていた。

 しんと静まり帰った教室の空気をなんとか元の新学期特有のものに戻そうと、担任は何か言おうとするが、


「以上です」


 それだけ言って、天野は自分の自己紹介を終わらせた。

 ひどくぶっきらぼうで、冷たい印象だったが、天野のさらさらとした長い黒髪に学校にほとんど来ていないにも関わらず成績上位という噂によってそれが彼女の神秘性に変換された。


 だからといって、神秘的であろうとも、ただのコミュ障であろうともクラスの人間は天野に積極的にかかわろうと思わないのは至極当然のことだった。


 俺だって、関わりたくなかった。


 だけれど、俺は偶然にも天野の隣の席に座ることになった。

 どうせ、ほとんど学校にもこないという噂だし特に問題ないと思っていた。

 ところがどっこい、天野は噂と違って毎日学校に来ている。

 ただし、授業の大半は夜を切り取ってきたような黒髪のカーテンで自らを隠して眠っているが。

 その寝息さえも、天使のさえずりに聞こえる。

 天野は正真正銘の美少女だった。


 ただ、小説の中の美少女と違うのはあり得ないくらいとっつきにくく、その上「色が見えない」ということだろう。


「ねえ、これ何色?」


 天野がある日、教科書の一部を指して言った。

 丁度、地学の時間で天野がさしていたのは夕焼けに染まる空の写真だった。


「うーん、オレンジ?」

「なんで疑問形なのよ。あなたも色が見えないの?」


 天野はちょっとむっとしたように言った。

 突然話しかけてきて図々しい女だと思った俺は、言い返す。


「なんで色が見えないくせに、色なんて知りたがるんだよ。意味ないだろ」


 言った後に、「しまった」と思った。

 天野は病気で色が見えなくなったと担任は言っていた。

 それなのに、その件で冷たいことをいうのはあんまりだろう。

 だけれど、天野は気にする様子もなく続ける。


「大事なことなのよ。ねえ、本当にオレンジ? ただのオレンジじゃなくて、もっと丁寧に言葉で表現できない?」


 天野は真剣な表情で俺を見つめる。

 俺はさっきの気まずさもあって、もう一度夕焼けの写真を見直す。

 よくよく眺めると、確かにオレンジと一言で表現したのはあまりにも貧弱だ。


「濃い赤を薄めて……昼間の太陽の黄色と夜の暗闇を少しずつ落とした感じの色?」


 俺はなんとか目のまえの写真を説明しようとするが、色の説明をしようとしても、結局別の色を使って表現することしかできないと気づいて自分の言葉がいかに限られているか分かって、ショックだった。


「いいわね。それは嬉しい感じ? それとも何か嫌な感じ?」


 だけれど、天野は満足そうに次の質問をする。

 先ほどみたいにむっとした返事が返ってくるかと思っていたので、意外だった。


「どっちでもない。寂しいって感じがするかな。あと懐かしいとか」


 俺の返事に天野はにっこりとほほ笑む。

 眠り顔か無表情ばかりみていたので、その笑顔はとろけどうなほどに甘く美しく感じた。


「ねえ、みて。あの教室の隅で話している二人。あの二人きっとくっつくわよ」

「はあ? なんで?」

「たぶん、あの二人は幼馴染なのよ。数年ぶりに再会した。懐かしさと寂しさとあふれている暖色系の色なんだから、確かよ」


 天野はこそっと俺に耳打ちした。

 意味が分からない。

 俺があっけにとられていると、天野は俺の袖をくいっとひっぱって、内緒ねといって教えてくれた。


「私ね。色を見ることができなくなったけど、代わりに人の心の色が見えるようになったの」


 そういたずらっぽく笑った。



 そして、天野が再開した幼馴染だといった二人は翌週には付き合い始め、数か月後には校内でも有名な仲良しカップルとなっていた。


「ね、これで分かったでしょ。もしよかったら、私に協力してくれない?」


 天野は嬉しそうに、俺に向かっていった。


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色が見えない彼女は心の色が見えるので 華川とうふ @hayakawa5

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