おべんとう

細蟹姫

おべんとう

「明日の遠足楽しみだなぁ」


 布団に潜った息子が寝入る直前に投下した爆弾に、あげそうになった悲鳴をなんとか両手で押さえつけて、私は息子の寝顔に視線を戻した。


 そこには既に、穏やかに寝息を立てる天使がいる。


「おやすみ。」


 額をそっと撫でてから、天使を起こさないよう慎重に寝室から退散した直後。


「ヤバイ、弁当忘れてた!!」


 ガバっと冷蔵庫を開き、全部の引き出しをチェックする。


「ウィンナーある!! 卵はギリ1個。あ、ミニトマトさっき全部使っちゃったじゃん。冷食は…ひじきの煮物かぁ。」


 あまり料理をしない家の寂しい冷蔵庫。野菜室にはじゃが芋が1個。

 ひじき好きな渋い息子である事が救いだわ。

 しかし、ウィンナーをタコにして、おにぎりを型抜きしたとしても、全体的におかずが茶色い。見栄えしない。

 

 大変だけど、明日は朝一で芋揚げるかぁ。

 お弁当の赤はケチャップって事で。


 *


 ―――ジリリリリ


 何度目か鳴った目覚ましを止め、ようやく重い頭を起こす。


「ヤバッ! 弁当!!」


 予定より20分遅い目覚め、このロスが朝は致命傷。

 急いで飛び起きてキッチンに立つも、どう考えても時間が足りない。


 「朝から揚げ物なんてしてられるかっ!」


 昨日の自分に物申したいが、今はそれどころじゃない。


 時間が足りないという事は必然的に一品足りない。ピンチ過ぎる。


 これはもう、奥の手を使うしかない。

 

 『旦那召喚!!』

 

 *


「ただいま」


 と、夜勤明けの旦那が、コンビニ袋に息子が大好きなミートボールを入れて帰って来たのは登校まで15分となった頃。


 急いでお弁当箱におかずを詰め、出来上がったお弁当はやっぱり茶色い。

 凹むわ…

 だけど、蓋を閉める直前に聞こえて来た歓喜の声。


「わぁ! 僕の好きなミートボール沢山入ってる。ありがとう!」


 それだけで、憂いなど全部吹き飛んだ。


「楽しんで来てね!」


 包んだお弁当を渡しながら、何だか誇らしい気持ちになる。

 素直な笑顔の前じゃ、見栄えなんてどうでも良いのだ。


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おべんとう 細蟹姫 @sasaganihime

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