やはり姪っ子は魔法少女なのかもしれない
真夜ルル
第1話
駆動飛鳥は僕の二つ年下の姪っ子だった。
けして愛想がいいわけでもなく、落ち着きがあってクールな子だな、と思っていた。確かいつも髪型がショートだった。
同じ中学に通っていたわけでもなかったし、プライベートで遊ぶような親しい間柄でもなかった。単に近所に住んでいる親戚で、年末に挨拶する程度の薄い、と言ってはなんだけど、特に語れるような彼女に関することはこれくらいしか無かったというのが事実だ。
後は駆動家の人間なら割と全員が知っていることだと思うことで、駆動飛鳥には魔法の素質があることだった。
三十年前に発見されていた魔導書が七年前から急速に解析が進み、魔法の扱いに対する知識が広まり魔法社会となった今、魔法が使えるかどうかは、頭の良しあしなんてどうでもよくなるほど重要視されていた。
つまり、どれだけあんぽんたんな高校生でも魔法さえ使えてしまえば、そこら辺の魔法の使えない大学生をまとめて跪かせる以上のことが出来てしまうほど価値のある素質だった。
だから、駆動飛鳥が魔法使い試験を見事合格したという噂はボケーっと高校生をしている僕の耳にも当然わたって来た。まぁ、そのころは羨ましいという感情よりも、あぁそう、それはそれは、と言った感じで全く関心がなく、所詮は他人の事でしょ、と反抗期の中学生のような事を言っていた。
魔法は資格を取らなければ使ってはならない。資格もなしに魔法を使うと魔女だとか魔導士だとかと呼ばれてしまう。
魔法使い試験はいわば魔法使いのための登竜門。魔法の素質がなければ受かることは絶対にない。僕のような凡人には全く関係のない事だったしどうでもよかった。
しかし、一般常識として知らないわけではないから言っておくけど、魔法使い試験を合格したとしても魔法が全て使えるわけじゃない。その先にある魔法を取得するための魔法検定で資格を取らなければ魔法の資格はもらえない。だから魔法使い試験は魔法を学ぶための許可証を手に入れるための試験だ。
それに駆動飛鳥は合格したということ。
そんな駆動飛鳥は僕が一七歳の頃に引っ越してしまい、その日以来一度も会っていなかった。だから今となっては彼女がどんな中学生活を過ごし、どんな高校へ行き、何をしているのかは皆目見当もつかない。しいて言えるのは、僕よりは賢い高校に行ったんだろうな、という霧のような曖昧なことだけだった。
駆動飛鳥の事を再び聞いたのは、大学生活が始まる少し前の春休みの期間に一人暮らしの為に、駅近のマンションに引っ越した時のことだった。
オートロック式のマンションの便利さと不便さを実感していたくらいの時期だったと思う。
駆動という苗字を名乗るいかつい体格の男性が饅頭の差し入れを持って来てくれた。大学の合格祝いだと言われ、個人情報の流出を危惧した僕だったが、母親から聞いたよと言われ納得した。
この時来てくれた人は駆動飛鳥の父親だった。僕が知っている頃の彼はもう一回り小柄だった気がしていたので分かるまでに時間を必要とした。会話してみて分かったのだが、駆動飛鳥の父親は筋トレにハマったらしく、その成果だと白い歯を光らせて微笑んでいた。
わざわざ挨拶に来てもらって、更には高級そうなクッキーを貰ってしまった僕は、何にも返さないなんてことは出来なかった。思念に思念を重ね、先日思い切って大人買いしておいた高級カップ麺をいくつか差し上げることにした。常識的に考えてお返しがカップ麺なのはおかしいと思ったけれど、何も返さないよりは全然いいはずだと考えて。
駆動飛鳥の父親はそんな僕の気持ちを汲み取ってか、すごくうれしそうに受け取ってくれた。それで、その時に聞いたのが駆動飛鳥の名前だった。たしか、「飛鳥も喜びますよ」というような些細な会話だったと思う。
その会話のおかげで僕は駆動飛鳥が同じマンションに住んでいるのだと分かった。
それから数週間が経ち、僕は近くのカフェでアルバイトを始めていた。雰囲気的にカフェのアルバイトをしている人ってかっこいいなと思いやってみた事だったけれど、仕事の大変さを身をもって経験し、果たしてこのまま大学が始まっていいのだろうか、と不安視していた時のことだった。
事件が起きる。
カフェでのアルバイトがほぼ深夜にまで長引き、帰路につくまで時間がかかってしまった。
自室のあるマンションすでに見えており、あと数メートルで歩けば寝られると思いながら少し小走りに歩いている時だった。
僕は基本的に財布の中に二万円とクレジットカードを入れており、いついかなる時でも欲しいものを変えるように準備していた。しかし、それが裏目に出てしまったらしかった。
僕の前に突如、深々と帽子をかぶった髪の長い人(おそらく女性)が現れ、木の棒のような物を取り出して、まるで指揮者のように滑らかにくるくると動かした。
すると、あら不思議、僕のポケットに入っていた財布は意思を持ったかのように飛び出してご主人様の元へ駆けるかのように勢いよく髪の長い人の方へ行ってしまった。
呆気なかった。一瞬だった。
髪の長い人は僕の財布をがしっとつかむとそそくさと立ち去ってしまった。
まずい! 僕の財布が!
そう冷や汗と共に湧き出た声にならない言葉に動かされるように、戸惑いながら追いかける始めた。必死に走って走ってとにかく行く先を推測して走ったのに、髪の長い人の姿はすでに見えず、足音一つ聞こえなかった。ただ心臓の跳ねる音とぜーぜー乱れた呼吸をする僕の姿がそこにあっただけだった。
「マジか……盗まれた」
口にしたつもりはなかった。流れ出るように、突発的に出てきた言葉だった。そう言わずにはいられなかったんだと思う。
魔法を使っての財布のすり。そんなのは法律的に許可されていない。これは魔女による盗難だった。
あの財布にはこれから先発売されるであろう様々な素敵なグッズに進化するであろうお金たちが詰められていたんだから。
どうにかして追いかけて捕まえたいのに、泥棒の行く先が分からない。呆然とただ立っているしかできない。
もう少し警戒するんだった。財布をポケットに入れているのにボケーって歩いているからこうなった。なんなら二万も入れるんじゃなかった。
後悔するしかやることがなくなってしまった。
だからだと思う。偶然にも耳を澄ませることが出来ていた状況だったから、異変に気付くことが出来た。近くで何か弾けるような音が聞こえたのだった。
僕はいちるの望みにかけてその音のする方向へ走っていった。途中で音が聞こえる方向がどっちだったか分からなくなってしまったがとにかく走った。
マンションの隣を流れる川沿いまで走ってきて、辺りを見回してみる。雲に隠れたり出たりを繰り返している三日月、月光に照らされる川。そして電柱。特に目立つのはない。
「あ」
僕は見た。
数年前ならありえないような光景だったけれど、今の時代ならあり得て当然のその景色。
箒に乗って川を渡る、魔女の姿を。
魔女。無許可で魔法を使う人。
遠くて姿を見分ける事は出来なかったけれど、恐らくだが先ほどの僕の財布を盗んだ髪の長い人だと思う。
きらりと何かモールス信号のような不自然な光を視界の隅でとらえ、その方向を見やる。不自然な光は川沿いから発されていた。眩しい光ではあったが、こらえながらもう少し目を凝らしてみると、まるで何かを狙っているように左手を右手に添え、その先には杖のような物を構えた女の子の姿が見えた。
次の瞬間、その杖の先から一途の光が放たれ、悠々と箒を飛ばす魔女に命中した。
魔女は黒焦げになって叩かれた蠅のように川に落ちていった。そのまま着水するのかと思えば次の瞬間、別の箒がその黒焦げを拾った。その箒に乗っているのは恐らく、先ほど不自然な光を放った女の子だった。
その女の子はくるりと回転し、川沿いにいた僕のところに来た。
「これはあなたの、ですよね。魔法少女の私が取り返してきました! どうぞ」
息切れ一つない軽やかな口調で女の子は話す。差し出してきた右手には僕の財布があった。
「あ、ありが、とうござい、ます」
対照的に息切れの酷かった僕は歯切れの悪い感謝をした。高校卒業後から全く運動していない事がここにきてこんなかっこ悪い姿を見せることになるとは思わなかった。恥ずかしいとしか言えない。
しかし、ここで目を合わせない事は彼女への感謝にならないと思い、しっかりと彼女の雄姿を目に焼き付けようとした。
まじまじと見たからなのだろか。女の子の表情は少し引きつっていた。
女の子は白色のショートで綺麗に切りそろえられた髪型をしていた。それに僕よりも華奢な体つきであるのに、どこか僕よりもしっかりした雰囲気を感じさせた。
なんというか、僕よりも上品で落ち着きのある、例えるなら住む世界が違う人。
「……」
あれ。
しかし、どうしてだろうか。
女の子の顔の輪郭と言い、赤い目の色と言い、頬にある小さなホクロと言い、どこかで見たような気がした。
魔法が使える人の事をちゃんと知ろうとしたことは人生であるか、と言われれば自分で言うのも恥ずかしいが嫉妬心にかられ、視界にすら入れようとしていなかったのでないはず。
だったら、この人は有名人でテレビに映っていたとか?
僕は女の子の顔を見ながら、実際には腕を組んではいないが、長考するかのように考え込んだ。
するとーー。
「えと、私もう行くね」
そう言って女の子は箒に座り、飛んで行ってしまった。行く先を追うように見ていた僕は、女の子の背中が月明かりに霞んだ瞬間に、いつしかの記憶がフラッシュバックした。
三年前の年明け。
親戚の集まりがあった時。似たような女の子がいた。
「もしかしてーー」
駆動飛鳥。
その名が浮かんだ。ーーしかし、なんというか言葉使いが少し違う気がする。本来の駆動飛鳥の事を知っているかと、言われれば頷けないのだけれど、あんなにテンション高めの口調ではなかった。
あれは駆動飛鳥なんだろうか。
僕は彼女のいない空を眺めてそう思った。
これは、僕の姪っ子である駆動飛鳥の正体を探った僕の記録だ。
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