桜が咲いたら
諸星るい
第1話
桜吹雪が舞う大学の入学式で、私は彼女に出会った。金髪の私に対して、唯一気さくに話しかけてきたのが
「その髪色、似合ってるね。」
彼女は、脱色した後にピンクを塗り重ねた綺麗な髪色をしていた。
「あ、貴女も似合ってる。」
私はこの時、桜吹雪とピンクのロングヘアに見惚れていた。この日から愛美とは、毎日連絡を取り、休みの日には二人で出かけるようになった。
「
土曜の昼に、喫茶店でアイスコーヒーを飲みながらレポートを進めるという名目で、雑談を繰り広げていた。
「バイト多めに入りたいからサークルは入らない。」
地方から東京の大学へ出てきた私は、学生マンションで一人暮らしをしている。学費の半分は両親が負担して、もう半分は奨学金を借りて支払っている。家賃は父親が支払ってくれているけど、それ以外の生活費はアルバイトで稼ぐしかない。サークルで遊んでいる暇なんて、私には無かった。
「まじか。友達にダンスサークル一緒に入らないかって言われて迷ってるんだよね。」
「愛美ってダンス経験あるの?」
「高校はダンス部だったよ。韓国アイドル好きだから、ダンスサークルは正直アリなんだよなぁ。」
愛美は、都内の実家から大学に通っている。週二回のアルバイト代は、全てお小遣いとして使っていて、学費や生活費は両親が負担してくれているらしい。韓国アイドルにお金と時間を費やす余裕のある人なのだ。
「みんな同じ顔に見えるやつね。」
「またそんなこと言って!」
同級生はみんな韓国アイドルが好きで、今はどのグループが人気で、誰の顔が美しいなんて話をよくしてくれる。
「今度ライブに行くんだけど、葵も来ない?」
「ファンでも無いのに…?」
「生で見たら好きになるかもしれないよ。」
「韓国語で話すんでしょ?韓国語わかんないし…」
「日本人メンバーもいるし、韓国人メンバーは日本語が上手だから全然大丈夫!」
押し切られそうになりつつ、愛美の目を盗んでチケットの値段を調べたら、一週間分の食費と変わらない額だったので断った。興味のないジャンルに福沢諭吉を飛ばす覚悟は無い。
お手洗いから帰ってきた愛美がアイスコーヒーのストローをクルクルと回しながら、こちらを見た。
「葵は、一体何が好きなの?」
「……」
好きなものを問われて黙り込んでしまった。レポートを進めるために持ってきたパソコンのEnterキーを一定のリズムで押し続けた。増え続ける改行の矢印だけを目で追った。
「え、無いの?」
「大学とアルバイトと家事で一日が終わるから、好きなものと言われるとピンと来ないな。」
実につまらない回答だとわかっていたけど、愛美なら優しく笑ってくれるだろうと思った。
「なんか、退屈だね。」
思わず顔を上げて、愛美の顔を見る。そこには、想像通りの優しい笑顔があったけれど、顔と台詞が合っていないと感じた。
一ヶ月という短期間で、私達は友達を辞めた。
愛美はあの後ダンスサークルへ入り、胸元の開いた洋服や下着が見えそうな短いスカートを履いていた。夏休み明けには男と二人で行動しているのをよく見かけたので、きっと恋人が出来たのだろう。校内で何度顔を合わせても、目を合わせることは無かった。
講義を終えた夕方、窓の外は既に暗かった。
「うわ、雨降ってる。」
「降らない予報だったのに…」
傘を忘れた人達が校舎の入口付近で、空を見上げながら佇んでいた。今日は晴れのち曇りで降水確率は10%という予報だったが、朝玄関を出る時に雨の匂いがしたので、折りたたみ傘を持参していた。佇む人をかき分けながら傘をさして校舎を後にする。
大学の校舎を出て右へ曲がると、桜の木が歩道沿いに並んでいる。遠くに見える信号機まで歩いていると、雨の中傘もささずに地べたへ座り込む髪の長い女性がいた。真横を通り過ぎようとした瞬間、視界の端にピンク色の髪が見えて、咄嗟に身体が動いてしまった。彼女の頭上に傘を差し出し、顔を覗き込む。
「こんなところで何をしてるの、愛美。」
ゆっくりと私を見上げた愛美は、見たこともない表情で泣いていた。
「翔吾くんね、私のこと好きじゃないんだって…」
そう言いながらまた俯く彼女を放っておけなかった。
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