第17話 休日の朝〈拾の姫エルナ〉その2


 シャルロッテ姫が話し出した。

「今までのお話を聞いて思ったのです。5人の姫と5人の王子、組み合わせとして仮に5組できたとして、皆が卵を孵した、対外的にそう発表することも可能ではないかと。

 ただ、それぞれに事情がおありでしょうから、卵を孵す役割を得たい、あるいは得たくないなど、皆さまいかがでしょうか。

 例えば、テレーゼ様は?」


 いきなり話を振られたテレーゼさんが、驚いたようにかちゃりとカップを置いた。

「失礼しました。私の場合、何と言ってよいのやら。そもそも、この話し合いに参加する資格があるとも思えませんので。」

 そこにリーンハルト王子が口をはさむ。

「テレーゼは弐国に来ていただきます。表向きは体調不良、または修行など理由を付けて神殿預かりにします。前回と同じやり方になりますが。」

 

「あら、それは良かったわね。行けるところがあるなら、面倒な場所に戻る必要はないわ。」とイザベル姫。

「私も賛成です。」とクリスタ姫。

「必要があれば、壱国もそれを後押ししましょう。」とシャルロッテ姫のほっとした顔。

 テレーゼさんがはにかむように笑った。


 リーンハルト王子が続ける。

「テレーゼの状況では、卵を孵した姫になると、八国に今以上に利用されかねません。僕としては避けたいですね。」

「分かりました。八国は除外となると、弐国はどうされますか?」

「僕も除外してください。もともと、卵を孵せという命は受けていません。」


 シャルロッテ姫が続ける。

「分かりました。弐国は辞退ですね。

 そうなると、4組が卵を孵したとするのは少々不自然に見えます。

 バランスを取るために、壱国は辞退しましょう。ですが。」

 シャルロッテ姫がランベルト王子に視線を向ければ、王子が姫を見つめて穏やかに答えた。

「私も、五国も辞退を。」


 クリスタ姫が手を挙げた。

「参国は前回、姫として参加しています。バランスというならば、続けてはやめたほうがいいでしょう。辞退します。」

「七国も同じだ。辞退する。」

とディルク王子。


「ありがとうございます。

 そうしますと、残り四つの国が卵を孵した国になることは、比較的妥当と思われます。

 四国のユリウス様、六国のイザベル様ははいかがでしょうか?」

 シャルロッテ姫が問いかければ、ユリウス王子がのんびりと答える。

「オレは、もらえるならもらっとくよ?」

 少し間が開いて、イザベル姫が答えた。

「わたくしは、シャルロッテ様の判断は適切であり、支持したいと思いますわ。ただ、わたくしが卵を孵した姫になって良いものかと、少し考えてしまいましたの。」

 するとユリウス王子がにっこりとイザベル姫に笑いかけた。

「オレは欲しいよ、箔が付いて助かるから。だからさ、イザベルも付き合ってよ。」

 少し間が開いて、イザベル姫が大きくため息をついた。

「……仕方ありませんわ、付き合いましてよ。」


 続いて、シャルロッテ姫がケヴィンに顔を向けた。

「では、九国のケヴィン様はいかがでしょう?」

 ケヴィンが足を組んだまま答える。キミ、サマになってるけど、マナー悪すぎじゃない?

「俺は参加するだけでいいという条件でここに来た。

 1才年下の弟が、婚約を解消してまで箱庭に行きたくないっていうんで、頼まれたんだよ。ついでだから、弟のために情報収集もしてた。

 ちなみに弟が王位を継ぐ予定だから、今後よろしくな。

 ってわけで、俺はどっちでもかまわねえよ。」


 ケヴィンの返答に肯いて、シャルロッテ姫が今度はボクを見る。

「拾国のエルナ様は、どのような状況でしょうか?」

 順番的にボクしかいないけど。困ったな、今までペラペラしゃべっていたわりに、上手く説明できなくなった。

「どうした?」

 ケヴィンがわざわざ、どういうわけか真剣に聞いてくれたけど。

 ボクはシャルロッテ姫に話そうと口を開きかけて、やっぱり閉じて。

 するとケヴィンが、ぽんぽんとボクの背中を軽くたたいた。

「心配するな。どこにでも連れて逃げてやるから。」

「……そういうのは、口説きたい女の子に言ってください。」

「だから、言ってんだろ。」

「キミならきっと実行可能でしょうけど、ボク、そういう冗談はキライです。」

「間違いなく実行できるし、冗談でもねえ。」


 何となくカチンときた。ボクはそう簡単に人に頼るわけにはいかないんだから。 

 それなのに、はっとして周りを見れば、ますます生ぬるい雰囲気が広がって。

 ボクは苛立ちながら、大きく息を吸い込んだ。このままケヴィンのペースに巻き込まれるわけもいかないんだからね!


「失礼しました、シャルロッテ姫。ボクの状況をお話します。

 その上で、辞退したほうがいいのかどうか、皆さんの意見を聞いてみたいです。

 

 ボクは、ある日突然、この世界に、この世界で拾国と呼ばれているところに来ました。

 そこは幸い神殿の庭だったので、ひとまずそこで保護していただきました。

 そこで、なぜか聖魔法が使えるということが分かって、王都の神殿に行くことになりました。

 そこで、どういうわけか王の養女つまり、姫にするという話が出て、ボクはちょっと待ってって言ったのにそうなって。

 でも、姫としてのふるまいなんてボクにはさっぱりできないから、神殿で立ち居振る舞い、マナーに教養などなどを学ぶことになって。つまり引きこもりしてました。


 その時点で、ここがなんとなく知ってるゲームに似てるなとは思ってて。箱庭の儀式何てものがあるというから前回の話を聞いて。それに魔獣の侵入が頻繁に起こるようになったとも聞いて。クリアする条件が足らなったのかもしれない、だから次の儀式は80年後かもと推測してみて。外界との結界も気になるから、とりあえず神殿の人に話さなくちゃと思って。話したら話したで巫女姫なんて呼ばれるようになっちゃって。

 とっても困ってたんですよ。今思えば、ボクの行動も迂闊すぎましたけどね。


 ここへは、どうも王様がボクを行かせたかったらしくて。卵を孵した姫の国っていうのは非常に魅力的みたいですね、ボクにはわからないけど。

 でも年齢に該当しないから拾国の神殿の皆は反対してくれたんです、そうしたら。ボク、王様があんなに私利私欲に走るとは予想できなくて。結局、ボクの箱庭行きに反対した人たちが捕まえられちゃって。だから、年齢はどうでもとりあえず箱庭に行くってボクが決めたら、残った神殿の皆がボクを逃がそうとしてくれて、それはちょっと待ってっていったのに聞いてくれなくて。でも結局、王様の力のほうが強くて、皆捕まっちゃって。だから本当に困って、とにかくボクは箱庭に行くから皆を解放してって、その条件でここに来たんです。結界のことも、零国の神殿の人に話したほうが早いような気もしたからね。

 王様は、ボクが卵を孵す姫になることを望んでる。でも年齢を偽ってるから、そうならないほうがいいとボクは思うんだけど。でも、卵を孵した姫なれば、ボクが拾国に帰ったあと、ボクを助けようとしてくれた皆が、これ以上困らないようできるかもしれない。」


 じっとボクの話を聞いていたシャルロッテ姫が、小さく首をかしげた。

「箱庭を出た後、エルナ様は拾国に戻られますか?」


 ボクは答えようと口を開けて、やっぱり閉じた。

 ボクはあまりこれを考えたくなかったんだよ。箱庭にいる間はそれを考えなくてもいいと思って、むしろ嬉しかったんだ。

 だから、ゲームの進み具合を見守って、それを楽しんでみることにした。こんなに早くゲームが終わるとは思ってなかったけどね。

 ボクはゲームを終わらせたい。結界は修復されたほうが良いし、箱庭から出たい。帰って、神殿の皆が無事か確認したい。でも、あまり帰りたくはない。

 引きこもる日々も、姫としての未来も、ボクはあまり好きじゃないんだ。衣食住を保障してもらっておいて、贅沢かもしれないけどね。でも、ボクは望んでないんだよ。

 弐国に頼んでボクも逃げさせてもらおうかと一瞬思ったけど、拾国の王様はボクを利用したくて、探しそうなんだよね。無茶な方法を使ってでも。

 だからボクは。

「拾国に戻った方がいいとは、思ってるんだ。」


 シャルロッテ姫が目をふせる。

 いつの間にか、テーブルは静かになっていた。クリスタ姫は沈んだ眼差しで、イザベル姫はきゅっと眉を寄せて、テレーゼさんは表情をくもらせて。

 ケヴィンが気に入らないとでも言いたげに、さらにそれ以上の意味を込めてボクを見ているのに気づいたけど、意地で気づかないフリをした。ボクはこれ以上、ボクと近くで関わる人を増やしたくないんだ。

 そうだよ、ボクは怖いんだもの。ボクのせいで誰かが傷つくのも、誰かのせいでボクが振り回されるのも。どちらも、ボクはイヤなんだ。ボクはただボクのしたいことをしたいだけなのに、それだけのことが、何でこんなに難しいんだろう。


 しばらくして、シャルロッテ姫が顔を上げた。ボクはその表情にちょっと驚く、それはとても綺麗で透明な横顔だったから。

 その姫が告げた。


「壱国の権限を行使します。

 皆が幸せになれる道があるならば、わたくしはそれを探したい。

 皆が幸せになる道があるならば、わたくしはそれを選びたい。」


 ボクはシャルロッテ姫を見返した、意味が分からなくて。

 でも、目をきらめかせたシャルロッテ姫の、その様子はまるで。こんなお姫様の見本みたいな人だけど、実はお転婆だったの!?ボク、ちょっとびっくりなんだけど。


 シャルロッテ姫がふわりと微笑んだ。

「例えば、壱国が祝いの宴を開きましょう。箱庭の儀の完了を祝って、十国の王と、儀式の参加者を招きます。神殿の大巫女様から、わたくしたち皆が儀式の参加者として立派に役割を果たしたと、そう褒め称えていただきます。

 そんな場で、エルナ姫とどなたかの婚約が結ばれれば、それを大巫女様と壱国の女王が祝福すれば、更にはそのほかの国々も賛同すれば、拾国の王といえど簡単には覆せなくなります。エルナ姫の婚約者が誰であっても。

 婚約者と一緒であれば、エルナ様は拾国を出やすくなります。拾の王には卵を孵した姫の国という称号を与えましょう。ただし、参加者の年齢を偽った件については、零国から釘をさしてもらいます。」


「となれば、あとは根回しですね。」

とリーンハルト王子が補足する。

「拾国の王は少々やりすぎだという話が出ていましたから、多くは牽制の方向に動きますよ。」


 シャルロッテ姫がテーブルを見回せば、この場に満ちていく軽やかな雰囲気。

 クリスタ姫は明るい眼差しで。

 イザベル姫は澄まして。

 テレーゼさんは安堵した表情で。

 ランベルト王子は穏やかに沈黙し。

 ユリウス王子は「いいんじゃない?」

 ディルク王子は「賛同する。」

 ケヴィンは「そんなもんだろうな。」 

 

 ボクはただ、驚いてそれを見ていた。

 まさか、そんなふうに言ってもらえるとは思わなくて、ボクはすごく驚いてしまった。

 提案したシャルロッテ姫だけじゃなくて、それに同意する人がいるのにも驚いた。

 

 シャルロッテ姫がボクに向かって小さく首をかしげた。

「エルナ様、いかがでしょうか?」


「……ボクはそれを望んでもいいのかな?」

 思わずそう言ってしまった。ボクはそんなことを言うつもりなかったのに。

 ホントに言うつもりはなかったのに。

 でも、本当は。

 ボクの手には負えないかもとは、思ってたんだ。それでも頑張ってみなくちゃならないって、そう思って苦しかったんだ。


 シャルロッテ姫が告げる。 

「あなたがそれを望むならば、わたくしたちはそれを受け入れます。」


「……神殿の皆が無事か、確認してくれる?」

「それは零国の大神殿を通した方が確実ですね。」

とリーンハルト王子が答え、シャルロッテ姫が付け加える。

「必要ならば壱国も動きましょう。」


 それを聞いてボクは。

「望むよ。」

 とても小さな声になってしまったけど、ボクの声は皆に届いてしまった。

 だって、皆がボクを、泣きたくなるくらいの、あたたかな眼差しで見てくるから。


 って、ちょっと待って。その話だとボクの婚約者って誰!?


「筋書きは良いとして、問題は誰が婚約者をやるかですわ。」

と澄まし顔のイザベル姫が切り出した。

 その隣でうんうんとテレーゼさんが肯いている。

「婚約者役をする者なら、用意はできますが。」とシャルロッテ姫。

「王子くらいでないと、国に連れ戻されそうですね?」とクリスタ姫。

 これまた、うんうんとテレーゼさんが肯いている。

 

 ……待って、なぜそんな展開になるのか、ボクちょっと分かんないな。


 その時、満を持してと言わんばかりにケヴィンがのたまった。

「エルナ、俺と一緒にくるか?」


 ボク、何だか罠にはめられた気がしてならないんだけど。それとも、ボクは自分から罠にはまりにいったのかな!?

 ボクは誰にも頼りたくない。頼るのが怖いんだよ。王様はもちろん神殿の皆も、ボクの言うことを何も聞いてくれなくなる。

 でも、ボクの状況は厄介なことになりすぎて、自分ひとりの力ではどうにもならなくなってしまった。

 今、ボクが知ってる人の中で、頼れそうな、頼っても大丈夫かもしれないと思えるのは、ひとりしかいない。

 ……何で、ケヴィンしか選択肢がないんだろ。ボク、運悪すぎじゃない!?それとも、頼れそうなひとりがいるだけでも、好運なのかな!?

 でも、ボクは怖い。ボクのせいで誰かが傷つくのも、誰かのせいでボクが振り回されるのも、ボクはもう、うんざりなのに。

 

「ボクがケヴィンと行ったら、たぶん、きっと、厄介ごともついてくるよ。」

 ケヴィンがふっと小さく笑った。

「お前らしくもない、随分としおらしいな。

 まあ、適当に誰かと婚約して、この中の姫か王子の王宮が良いっていうなら止めないが。

 俺と一緒に来たら、そういう堅苦しいのはねえな。どこかに閉じ込めることもない。

 とりあえずは気ままな旅だ。街に、辺境、森でも山でも。行きたいところに連れていってやる。

 お前の世界とは違うこっちの世界を、見てみたくならないか?」


 ケヴィンの口調はいつもどおりだった、でもケヴィンが描いてくれた未来は。

 それは、ボクの悩みがちっぽけに感じられるほどで。


「ああそうだ。」

と、ケヴィンがダメ押しのように続けた。

「九国には温泉もあってな。

 そういや、異界からの来訪者には温泉好きもいるって、聞いたことがあるな?」


 思わずケヴィンに詰め寄った。

「温泉!?」

「そう、温泉。」

「ホントに!?」

「本当だ、本当。」


 ……ああ、ボクってなんてチョロいんだろう。異世界の温泉に行ってみたい!そう思っただけで、何だか元気が出てくるなんてさ!

 そんな自分がちょっと恥ずかしくて、でも好奇心は抑えられなくて、ボクは苦渋の決断をすることにした。はた目にはそう見えなくてもね。


「……行く。」

 そんなボクにケヴィンが言う。

「お前、子犬みたいだな。」

「……失礼な。ボク、ペットじゃないよ。」

「悪い、そういう意味じゃなかった。子犬みたいに可愛いってことだよ。」

「……キミ、俺様タイプのはずなのに、そういうところ調子狂う。」

「俺に対してそういう態度が取れるのは、エルナくらいだよ。」

 そして、なぜか頭をなでられて、

「じゃ、俺が婚約者な。」

と当然のようにそう言われ、ちょっと愕然とした。ボク、チョロすぎるかもしれない。


 そんなボクのことなんて気にせず、ケヴィンは皆に向かってこう言った。

「夕方まで解散ってことで、いいよな?」

 皆の返事も聞かずケヴィンは立ち上がり、ボクはケヴィンに手を引っ張られたかと思ったけどそうでもなく、丁寧なエスコートみたいな何かをしてもらって、ガーデンを出た。

 ボク、ちょっといろいろ疲れちゃって、文句を言う気力も残ってなくて。

 結局のところ、連行されたわけなんだけど。


 ホント、ボクの人生ってどうなるんだろうね?



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