第15話 休日の朝〈八の姫テレーゼ〉
いつの間にか眠っていたようでした。ベッドから起き上がります。
窓からは朝の光が差し込み、部屋は明るく。
隣の部屋から、女官が朝食の配膳をする音が聞こえます。
私の心のなかに昨夜の騒めきはなく、静かです。
リビングルームに行けば、テーブルに小さな花束が置いてありました。
朝摘んできたばかりのような、みずみずしい花の色。
花束を手に取り胸に抱けば、ただ嬉しい気持ちがあふれました。
花束にはメッセージカードが添えられています。ハルト様からでした。
嬉しさに、少し切ない気持ちが混ざります。私はただの元令嬢で、ハルト様は王子様ですから。
そしてカードには、午前中に皆でガーデンに集まり話し合いをする予定、との旨が記されていました。
ふと、箱庭に来たばかりの日のことを思い出しました。
それから、今までのことも。
シャルロッテ姫はいつも穏やかに微笑んで、私に声をかけてくださいました。昨夜もただ私のことを心配して、気づかって。
クリスタ姫はごく自然に私に接してくださいました。私の話を聞き、あるいは質問して、答えて、そんなことを自然に。
そしてイザベル姫。何となく私のことを気にかけてくださっていたのはわかります。そして昨夜、わざわざ私の部屋まで来てくださいました。
殿下方も、皆さま私に丁寧に接してくださいました。話を聞こうとしてくださいました。
皆、私という人間を尊重してくださったのです。
私に姫という肩書があったからだとしても、それが張りぼてであると分かった上でそれでも、皆さまは私を尊重してくださったのです。
だから私は、私を大切に思ってくださる方がいるということを、信じてみようと思います。
女官に頼んで支度を手伝ってもらいました。ガーデンに行くためです。
装飾の少ない控え目なドレスを選びました。私が身代わりであることを、昨夜口に出してしまいましたから。
だから、もう偽らなくても良いのです。私はただのテレーゼです。
ええ、そうでした。当たり前のことを思い出しました。雑草はそう簡単には引き抜けないのです。
大きく息を吸い込みます。
私は、大丈夫です。
ガーデンにおもむけば、姫君と殿下方と、皆さまおそろいでお話をされているところでした。
まず私は片足を引き軽く膝を曲げます。
「八国、元ベルツ子爵家の娘、テレーゼでございます。
昨夜は取り乱してしまい、お恥ずかしいのですが。」
顔を上げれば、そこにあったのは。
私に向けられる、喜び、賞賛。
あるいは祝福のような何か。
世界には悪意がある。それでも世界には、こんなあたたかなものも、あるのだと。
シャルロッテ姫が、どうぞこちらにと席を示してくださいます。
立ち上がったハルト様が、私を席までエスコートしてくださいました。
大きな丸テーブルに私を含め8人が座っています。ケヴィン様だけは、少し離れた小さなテーブルに1人で座られています。
シャルロッテ姫が教えてくださいました。
「今、拾国の姫にお話を聞いた方が良いのではないかと、意見が出まして。」
イザベル姫が付け加えます。
「わたくしたちの情報は出し合ったでしょう?残るは銀の巫女姫ですわ。」
クリスタ姫も付け加えてくれます。
「聞くところによると、拾の姫はいろいろご存知のようなので。」
そこで、ディルク殿下が皆に向かって問われました。
「誰か、拾の姫と直接会っていないか?」
誰も答えません。やはり引きこもられていたのかと、皆さまそんな表情になられています。
クリスタ姫が発言されます。
「書庫の本ですけれど、ところどころ持ち出されています。そして、しばらくすると戻ってくる。女官に確認したところ、拾国の姫が読まれているという話でした。」
次はシャルロッテ姫。
「食事は届けられています。お加減が悪いのではと思い女官に確認したのですが、食事はなさっているとのことでした。」
そしてイザベル姫がくすりと笑われます。
「わたくしも、拾の姫の部屋に女官が出入りするところは何度か見かけていますわ。女官に拾の姫について尋ねたこともありましてよ。けれどもそれは、拾の姫がそこにいる、という証拠にはならないですわね?」
そこでハルト様、衝撃の発言。
「実は、後ろ姿だけ見たのですよ。」
皆の視線がハルト様に集まります。どうやって!?という視線です。私も知りたいです。
「朝ならまだ警戒されにくいかと思いまして。姫君がたが滞在されている館は、暗黙の了解で王子が立ち入ることは遠慮するものですが。落とし物を拾った、巫女姫の祈りに使う大切なものであってはいけないから急遽届けに来たと。部屋の入口で朝餐の準備をしてちょうどドアを開けて入りかけた女官に話しかけ、女官が手に持っていたトレイを受け取り、確認して欲しいとお願いしたのです。本来ならば僕は入口で待つのがマナーというものですが、少しだけ部屋に入って様子をうかがわせてもらいました。」
それで!?という皆さまの視線がハルト様に向かいます。姫の部屋に勝手に入るのはどうなの!?という非難は誰もされないようです。私はちょっとそこ、どうかと思うのですが。
「長い銀の髪、紫水晶の髪飾り、レースをあしらったドレス。後ろ姿ですが、年齢に該当しそうな令嬢がいらっしゃいました。」
皆さま、う~んという思案顔ですね。
ケヴィン様だけは、可笑しそうにこの様子をご覧になっています。
ところでハルト様、落とし物っていうのは嘘、部屋に入れそうな口実に使われただけですね。ハルト様はこんなに正統派王子様らしいのに、実は腹黒策士系の王子様だったのでしょうか。
「そこで僕はこんな推測をしてみました。部屋にこもられているには何かわけがあるに違いない。例えば、女装した王子ではないかと。」
皆さま、ハルト様の推測を真剣に考えていらっしゃいます。私はそこ、笑いを取るところかと思ったのですが。
ユリウス殿下が真面目そうに発言されます。
「やっぱり姫の身代わりじゃない?」
皆さま、ユリウス殿下に賛同のご様子。身代わりなんて1人で十分だと、私は思うのですが。
ディルク殿下が真面目に発言されます。
「それなら、実は女官が姫の代わりをしているってのもありだ。女官たちだけで、姫がいるように見せかけていたとか。理由はわからないが。」
さらには、ランベルト殿下まで大真面目に発言されます。
「さすがに幽霊だとか、そういう話にはならないと思うが。」
シャルロッテ姫が続けます。
「それもそうですね。よく分からないもの全般を代表するものとして、オバケということもないと思いますが。」
クリスタ姫が楽しそうに続けます。
「あら、実は妖怪かも。名のある妖怪が姫に化けているのかも。」
さらには、イザベル姫があきれたように続けます。
「それならば、年齢不詳の零国の大巫女が姫のフリをしているのでも、良いのではなくて?」
皆さま、イザベル姫が示した可能性にお悩みになっています。確かに、大巫女様はかなりお年を召されているはずですが、謎多き方なのです。可能性の一つとしてはアリかもしれないのです。
そこにケヴィン殿下の笑い声が響きました。耐えきれずに笑い出したというご様子です。まあ、わからないでもありません。
そんなケヴィン殿下がおっしゃることには。
「お前の正体、面白過ぎることになってるから、そろそろ出て来いよ。」
どういうことでしょうか、と思ったら!?
さすがに驚きです。ケヴィン殿下が座られているテーブルの下から誰かが、テーブルクロスをめくってその下から誰かが出てこようとは、誰が想像し得たでしょうか!?
しかも、長い銀の髪をもつドレス姿。
もしかして、拾の姫君でいらっしゃいますか?
それとも、実は妖怪なのでしょうか?
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