臆病のしおり

シャル

読み切り

1日目


怒られてしまった。また怒られてしまった。何度目だろうか?バカだから覚えてないな…


「新刊出てる…」


俺は学校帰りに本屋さんへ来ていた。と言っても部活動が終わってからなのであまりにも遅い時間なのだが…


目的の本をある程度読み、しおりを馳せ、店を後にする。バス停に移動し家に帰るために今日も最後のバスを待つ。


そんな時だった。


「あれ?お兄ちゃん?」


俺をそう言んで来たのはこの夜中に外を出歩いてはいけないだろう一人の少女だった。


「なんだ…ユキか…」


俺はその少女をユキと呼んだ。するとその少女は微笑んで俺の膝に乗ってくる。


「そうだよー?ユキだよ〜」


そうもたれかかってくる少女の体はあまりにも軽い。


「相変わらず軽いな…ちゃんと食べてるのか?」


「お兄ちゃんと一緒にご飯食べようと今日来たんだよ〜?」


そうか…そうだったな…ユキと俺は一緒にご飯を食べる約束だったな…


「そうだったな…ここら辺だと…ラーメンでいいか?」


俺の言葉に大きく頷くユキを確認すると俺は車椅子を押して近くの店を目指す。


店に入って注文をすると、ユキが心配そうな声で聞いてきた。


「お兄ちゃん…お金はどうするの?」


「気にしなくていいさ…俺が払う。どうせ使い道もないからな〜」


「ありがとう…お兄ちゃん」


そう答えるユキはどこか苦しそうで、俺はゆっくりと頭を撫でた。


そのあと俺は0.5人前でギブアップしたがユキは3人前と俺の残りをたやすく食べてしまった。


「いい食べっぷりだな」


俺は満腹になって眠ってしまっているユキを膝に乗せたまま家に帰るためバスに乗る。その途中、自販機に栄養ドリンクを見つけたのでつい買ってしまったが…


ふとスマホを見るとすでに日付が変わりそうになっている。


バスの優先席に座っていると後ろからいつもの大人が声をかけてくる。


「そろそろ預かりましょうか…社長?」


その言葉に俺は、


「そうだな…」


少し名残惜しそうに膝の上の少女を明け渡す。大人…と言っても俺と同じ高校生にしか見えないその男はユキを抱えると俺に頭を下げてバスを降りて行った。


それからしばらく、家の近くのバス停で俺は降りた。


「さて…頑張りますか〜」


そう口に出すと臆病な俺は自販機で買ったドリンクを一気に飲み干したのだった。




2日目


いつもの本屋さんにきていた。


「お兄ちゃん〜」


「今日も来たんだな」


すでに日付が変わりそうだと言うのにまたユキは俺の元に来ていた。まぁ、それが約束だから仕方ないが。


「うん?お兄ちゃんどうしたの?今日は元気ないね〜」


そんなことを指摘され、俺はそうか…と答える。否定はできなかった。


「ユキが癒してあげる〜」


そう言ったかと思えばユキは俺に真正面から器用に抱きついてくる。車椅子の肘置きもあるのにだ。


「ありがとな」


無邪気な行為を無碍にすることはできずに俺はユキを抱きしめる。


「やっぱりお兄ちゃんは優しい家族だ〜」


力が抜けたようにそんなことを言うユキに俺は答えた。


「ユキは俺の大切なたった一人の家族だよ」


その言葉に満足したのかユキは俺の頬にキスをしてきた。流石にまだ小学生のユキに恋愛感情は抱かないが、純粋に向けられる愛情に冷え切った心が暖かくなるのを感じた。


やっぱり俺は臆病だ。


俺は今日も家に帰るためバス停を目指す。ユキを膝に乗せたままに。





3日目


今日も同じ時間、同じ場所に来ていた。いつもと同じようにユキもいる。だがいつもより顔色が優れない様子だ。


「今日は調子悪そうだな…何かあったのか?」


特に深く考えずに俺はそう聞く。


「今日はパパが乱暴な人だったからさ〜疲れちゃって〜」


俺は失言をしたなと後悔しつつゆっくりと今生きて目の前に立っているユキを撫でた。するとユキは俺の手を握って自分の頭に強く押し付ける。動くに動けなくなった俺はしばらく待機していると、


「あったかい」


とユキの口から溢れた。


「人の温もりってのはいいもんだ。自分を大切にしてくれる人と触れ合うのはあたたかい」


俺の言葉にユキは頷くと俺の手を握っていた手を外し、俺の顔に触れてくる。そのままの勢いで俺は深いキスをされた。


「ほんとだ〜お兄ちゃんはあったかいや」


臆病な俺は今日も闇に帰る。覚悟なんてない。この温もりを味わいたいから明日もここにくる。どれだけきても、しおりの位置は変わらないと言うのに…




4日目


今日はユキは来なかった。代わりにバスの中でユキを預けた大人が来た。


「ユキは?」


俺はその男に聞く。


「彼女は勇敢になりました」


その言葉に俺は言葉をこぼす。


「そうか…」


「あなたはどうか臆病であることを祈ります」


それだけ言い残し男は店を出て行った。


時刻は午前0時。最後のバスに俺が乗ることはなかった。


進んでいなかったしおりを外し、その本を読み切る。


バス停を通り過ぎ、とある廃ビルの一階に入る。そこで俺は車椅子から立ち上がった。階段を上がり、屋上に出る。夜の闇とこの時間まで営業している店の明かりのみ。


臆病な俺は柵に手をかけ、臆病だった俺は屋上の淵に立つ。


勇敢な俺は覚悟を決め、一歩前に踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

臆病のしおり シャル @anmezuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る