とある領邦の画房にて

プロ♡パラ

第1話

 

 さる高名な錬金術師が偶然的に合成したその顔料は、鮮やかでありながら深みのある美しい青色を発する。いまでは大陸中に広く普及し、このオルゴニア帝国においても、よく利用されている。──しかし、最近はこの顔料の輸入が滞っているという。

 とある地方貴族の領邦の領都である。

 困り顔で工房に帰ってきたマルジェンカは、画具の調達が想定通りにいかなかったことを師匠に伝えた。

「ああ、それなら」と師匠はうなずいた。「共和派が帝都の港を占拠しているからだろうな」

「共和派……ってなんですか?」マルジェンカは首を傾げた。それは初めて耳にする単語だった。耳慣れず、なにやら仰々しいな雰囲気の言葉。

 ふむ、と師匠は背筋を伸ばし、親指を顎に当てた。その目には知性の光が宿っている。──絵画制作の邪魔にならないように装飾が少なく実用的な恰好をしているが、それがかえって細身の人間がもつ一種色気を強調しているようだ。

「共和派というのは、つまり、王権による統治を良しとしない連中のことさ。軍の一部がこの共和派に影響を受けて反乱を起こし、帝都は混乱状態だとか。……マルジェンカ、修練や仕事に熱心なきみその態度は美徳であるけど、もう少し世事を知ってもいいかもしれないな。いつか独り立ちしたときに困るだろう」

「はあ、そういうものですか」

「そういうものだよ。結局、われわれがこの仕事でおまんまを食っていけるのも、お客相手に商売をしているからだからだ。われわれは美の世界を取り扱う一方で、残念ながら俗の世界についても関わらざるを得ないんだ。……まあ、そのあたりについても、おいおい教えていくことにしようか──いま取り組むべき問題は顔料のほうだな。水辺の風景画の依頼だというのに、青を使わないわけにはいかないが、すくなくとも帝都が混乱しているあいだは、工夫しなくてはいけないようだ」

「帝都の混乱は収まらないのでしょうか?」

「どうだろうね、それはだれにもわからないよ。風の噂では、帝国諸侯も皇帝を退位させようと画策しているらしい。しかし、あの陛下がおとなしく引き下がるとも思えないからね。……もしかしたら、この帝国内で戦争が起きるかもしれないね」

「戦争ですか!」とマルジェンカは目を丸くする。

「可能性としては十分にあると思うよ。この国の歴史を見てみれば、『僭帝時代』も、『偽帝時代』も、もとは小さな内乱から始まっていたわけだからな。──さて、マルジェンカ。青色をすこしでも使わなくてすむように、構図を直そうかと思うんだ。手伝ってくれ──」

 この会話から数か月後、オルゴニア皇帝は処刑され、帝都を含むオルゴニア帝国西部は共和派に占拠された。諸侯の手勢は、帝都から追い出されるように撤退し、いま君主を失ったオルゴニア帝国は東西に二分されることとなった。

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